第22話「気配」
スライムの隙間から見えたその姿は、異様な熱気とオーラを放っていた。そのオーラは視界を遮る霧を払い、その姿がはっきりと見える。
赤茶色の魔銅装備は、不思議なオーラに包まれて一層強い赤色を放っていた。
俺の首元を覆い隠していたスライムは少しひんやりしていたが、それとは真逆の熱気を感じ、そしてそのスライムはぐずぐずに溶け落ちる。
輝く魔銅装備以上に真っ赤な火の玉が、彼女の防具のオーラを集めるようにして手のひらに生成されていた。どうやらその火の球が、俺の頬付近をかすめ、スライムに命中したようだ。
この一帯が焼けるように熱く、俺たちの回りに居たスライムのほとんどは一瞬にして縮こまった。俺に巻き付いていたスライムも、だ。
やつらめ、強く締めつけやがって。おかげでさっきこっそり拾って懐に入れておいた木の枝が台無しだ。
※ ※ ※
「樫の枝」を失った——
※ ※ ※
彼女は、自分の放った火の玉の反動で再びバランスを崩している。だが、スライムたちも怯えて縮こまっている。
——よし、これなら何とかなるぞ。
俺はすかさずその隙をついて、スライムにクワで殴りかかった。
……よし、効いてるぞ。
クワで殴りつけられたスライムはぐちゃぐちゃに潰れ、再生する様子を見せない。よし、このまま押し切るぞ。
「ブリトニーッ! お前もナイフで……って、お前ナイフどうした?」
「スライムの……スライムの中っ! さっき攻撃したけどそのまま飲み込まれちゃって——ッ!」
「えっ!? マジで——?」
どうやら俺が視界を奪われている間にナイフで応戦をしたが、そのままナイフを奪われてしまったようだ。
ともかく、彼女はナイフで戦ってくれたみたいだ。
先ほどは動揺し、抵抗していたが——
スライムが再び体勢を立て直し、こちらに襲い掛かる。
このスライムたち、思っていたよりも強い。
「じゃあブリトニー! さっきの魔法を頼む!」
「わかった……」
彼女は再び力を込め始めた。
そして、
「メテアッ!」
火の玉が、手から解き放たれ、スライムたちをぐずぐずに溶かす。
あれ、先ほどよりも小さく見えたが——それに、いつの間に詠唱をせずに撃てるようになったんだ。
と言うより、これはやばい——
俺は咄嗟に、落ちていたアオダケを必要な数だけ回収し、その場から離れた。そして、
火の玉「メテア」はスライムたちを貫通し、そのまま木々をかき分けて飛んでいく。そして、軌道に合わせて火が燃え移り、森の一部が若干焦げた。その中には、周りに生える雑草や木々のほかに、アオダケも混ざっていた——。
俺は残ったスライムを叩き潰し、そのうちの一匹から例のナイフを取り出し、そしてようやく——俺たちの目の前に立ちはだかった最弱と思しき恐怖は、これを境に消え失せた——。
ブリトニーは、その安心感からか、糸がプツリと切れたようにしてフラっと倒れ込んだ。
★ ☆ ☆
おいブリトニー、大丈夫か——
返事がない——が、意識はあるみたいだ。
確か
冒険の書の
で、ポンッと報酬が出てきたが——
※ ※ ※
【採集:アオダケが欲しいの!】 クリア!!
~Dランク★☆☆~ 達成ポイント:10pt獲得
[報酬]
・100G
・薬草
また連動で、
【討伐:恐怖!!~アオダケに潜む青い悪魔~】 クリア!!
~Dランク★★☆~ 達成ポイント:30pt獲得
[報酬]
・500G
・魔力の実
【現在のクエストポイントは40pt。
次のランクアップまで残り960ptです】
※ ※ ※
600Gを手に入れた——
「薬草」を手に入れた——
「魔力の実」を手に入れた——
※ ※ ※
「クエストヲタッセイシマシタ。
クエストヲタッセイシマシタ」
どうやら俺たちは、条件付きの討伐依頼を知らないうちにクリアしていたみたいだ。通りで、あのスライムが強かったわけだ。思わぬ臨時収入が——って、こんなことしている場合じゃない。
おい、大丈夫かよブリトニー。
取り敢えず薬草を細かくして水に溶かして飲ませてはみたものの、効いている感じがまったくしない。
※ ※ ※
「薬草」を使った——
※ ※ ※
——うなされているみたいだが、もしかして魔力の使い過ぎか?
そういえば、今魔力の実を手に入れたっけ。
※ ※ ※
【魔力の実】
魔力を帯びた木から成る木の実の総称。食べれば消費した魔力を回復できる。ただし、魔力の最大値が上がることはない。
※ ※ ※
俺は今手に入れた「魔力の実」をブリトニーに食べさせた。
※ ※ ※
「魔力の実」を使った——
※ ※ ※
意識がはっきりしなかったブリトニーは、それを飲み込むと次第に表情が軽くなり、そして目を覚ます。
「あれ……どうして」
目が覚めてよかった。
「魔法使いすぎて倒れたんだよ。
だからあんまり無理しないでね」
お姫様抱っこをしている状態で、ブリトニーを見ながらそういう。ブリトニーはその言葉で自分の現状を把握し、少し照れながら飛び降りて立ち上がった。
「なんだよ、このまま運ぶのに」
「いいの」
彼女の頬が少し赤みがかって見えた。
来た道を少しだけ戻った。
若干日も暮れはじめ、本当はもう少し別の
ブリトニー自身、自分で歩いてはいるがどう見ても疲れている。無理しているがそれを悟られないようにしている——。
森の中を歩きながらそんなことを考えていた時だ。
最初に感じた獣臭が、一層強さを増した。
そして、霧の向こうに何かの気配を感じる。
グルルルル————…………
それは、低い声で唸っていた。明らかにこちらを威嚇している。
俺にはその存在が見えなかったが、これは一つじゃない、複数の威嚇だ。
この感覚、俺には覚えがある。
「なに……何の声……?」
「しっ! ……静かに——」
俺はゴクリとつばを飲み込むと、冷静に辺りを分析し始めた。その分析が明らかになると同時に、俺のトラウマが次第に蘇る。
ダメだ、今はダメだ。
なんで寄りにもよってこんな時に——
俺は、恐怖心に自らを支配されかけられていた。
しかし、それを振り切って覚悟を決める。
「走るぞ」
「え——」
俺はブリトニーの手を引き、振り返らずに精いっぱい走った。
ただひたすらに、来た道をまっすぐ必死に。
途中、ブリトニーの「なんで? どうしたの?」と言う疑問が飛んだが、俺は一切なにも返さずに走った。
冒険の書の転移機能を使おうとも考えたが、緊急時以外の使用は控えるようにマーサから言われているからな——。
周りに感じた気配や音も、次第に強くはなったがある時を境に消えた。それは霧が晴れた瞬間、アルグリッドの門がうっすらと視界に入った頃合いである。
俺は安心しきって、それを機に汗がゾッと出て息が切れた。ブリトニーも、膝に手を当てて息を切らしている。
「ここまで来れば……多分……大丈夫かな——」
「——ねえ、なにが……あったの?」
ブリトニーは息を切らしながらこちらに問いかけた。
「雰囲気で感じたかもしれないけど、強い魔物の——嫌な気配がしたから」
「…………」
あの感覚、それからあの獣臭や、行きに見たアオダケのかじり跡。これらの証拠から、おそらくあれの正体は——
俺の心に刺さるあの感覚。命を奪われるという恐怖。それらすべてを一瞬にして感じさせる存在。かつての記憶に残る、俺にとっての忌々しい記憶。全ての始まりにも等しいあの存在。
俺はただ、恐怖で逃げることしかなかった。ただ——ただ走ることしか——できなかった……。
日が落ち切った今、俺たちは飯を済ませ速攻宿に潜る。そしてそのままブリトニーを寝かしつけた。
今日は疲れただろう。ただでさえ幼い少女なのだから無理はさせられない。
ブリトニーは少し寂しそうに「怖いから隣で眠ってほしいの」と甘えた。今日の戦闘が精神に来たのだろう。俺はブリトニーの隣で横になり、ブリトニーが完全に眠るまで優しく撫で続けた。
「今日は無理させちゃってごめんね」
「ううん、大丈夫。明日は倒れないように頑張りたいな——」
そして、彼女が完全に眠りに落ちた時、その瞳の端からはうっすらと涙が流れ、そしてその右手は俺の手をぎゅっと握りしめていた。
★ ★ ☆
「あら、こんな時間にいかがいたしましたか?」
個人的な事情で雑貨屋に立ち寄った後、現在は日の暮れた夜のギルド。俺は一人そこに足を運んでいた。
それは、明日以降の
この時間帯だというのに、冒険者はちらほらといるようだ。どうやら、夜にしか湧かない魔物などもいるらしく、それを対象にした
俺もそのうちの一人に声をかけられたが、
そして受付へ。
「あら、こんな夜更けに——。今朝方連れられていたお連れのお嬢さんはいかがいたしましたか?」
「あの子なら疲れて寝てるよ。それで、手ごろで弱い、
俺がそう言うと、マーサは少し不思議そうな表情になって調べ始めた。そう言えば、この人ずっと受付に居て、こんな時間にも受付やっていて、いつ休んでいるのだろう。まあ、それはいいか。
そう思っていると、マーサはすぐに手ごろな
※ ※ ※
【討伐:ウーサーラビットの角】
~Dランク★★☆~ 達成ポイント:20pt
[メイン依頼]
[目的地]
アルグリッド平原帯
[報酬]
・200G
・加速薬
[特殊条件]
・回数クエスト(何度でも受けることができるクエスト)
・依頼の品を直接依頼者に届ける。
[依頼者:薬屋の老人]
あらゆる薬の材料として重宝する一角兎の角を持ってきてもらいたい。報酬は、その素材からできる薬の一つ、加速薬を付ける。それから、機械には少々疎いので、素材を直接薬屋に持ってきてもらえるとありがたい。
『
『▶はい
いいえ』
※ ※ ※
俺はそのまま依頼を受けると、その足でギルドを後に——その途中、ふと
★ ★ ★
霧の森の隣、アルグリッド領に大きく広がるそこは、アルグリッドの名前にちなんで「アルグリッド草原帯」と呼ばれていた。
そして、草原帯に生息する弱小の魔物「ウーサーラビット」。角の生えたウサギのようなそいつ。肉は食用として扱われ、毛皮は装備に織り込まれたりする。
俺は草が生い茂るだだっ広い草原地帯に足を踏み入れていた。
月明かりが輝く夜空。星々はそれぞれがひとしきりに輝く。
さて、この辺にいると聞いたんだが、あっ——
そこには話の通り、ウーサーラビットの群れがいくつかあった。
数にしておよそ数十匹——なかなか多い。
夜の闇に身を潜め、慎重に近づく。
どうやら奴らには気づかれていないようだ。
そしてそこで俺は、懐にひそめた刃のブーメランを勢い良く投げた。それに気づき、こちらに顔を向けるウーサーラビットもいたが時すでに遅し。
ブーメランはやつらの首を掻き切った。
首は吹き飛び、遠方へ——
首のあった場所からは血が吹き上げていた。まるで馬車で見たあの光景のようだ。
咄嗟に身をかわした数匹は、そのまま全速力で駆けて行った。
——さて、回収するか。
※ ※ ※
「ウーサーラビットの毛皮」×3を手に入れた——
「ウーサーラビットの肉」×3を手に入れた——
「ウーサーラビットの角」×3を手に入れた——
※ ※ ※
ふう、こんなものか。
それにしても、やっぱり冒険の書は便利だな。
回収した素材なんかも、本を持っていない方の手で触れながら「収納」と唱えれば簡単に収納できる。どうやら別の次元に飛ばして補完するらしい。
しかも、放置すれば腐敗する生ものなんかも、この中に入れておけば一切変化しないとか。
これは全くすごいことだ。木の枝の話をマーサに愚痴ったらこんなことを言うものだから、「先に説明してくれよ」とつい言いそうになった。
おかげでこれまで担いでいた大荷物も、今では本の中だ。
武器なんかも収納しておけば、不意撃ちに使えるのかな。
それに聞いた話通り、このウーサーラビット、獣系の魔物にしては特段弱い。明日以降のブリトニーの修行にはこいつを使うことにしよう。
さてと、欲しいものも揃ったことだし、結構時間も遅いし、今日はもう帰って寝るとしようか。
俺はそのままの足でアルグリッドへ、そして薬屋で
今日感じたあの気配、それから
いつか必ず乗り越えて見せる。「ワーウルフ」の壁を——
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