~クエスト~

第21話「ファースト・クエスト」

 さて、装備も揃ったことだし、依頼クエストでも受けに行こうかな。


 俺たちは、再びギルド本部を訪れていた。



 ギルド本部に入った時、他の冒険者たちが「また緊急メンテナンスかよ」「詫び石一個で済ませるつもりかよな」「召喚させろよ」などと嘆いていた。やれやれ、まるで召喚中毒者だ。あんな連中にマナが召喚されたかもしれないと考えると、やはり嫌気がさしてしょうがない。


 俺たちはそれを横目に受付へと足を運ぶ。


「——はい、いかがいたしましたか?」


「すみません。俺たちに丁度いいくらいの依頼クエストありますか?」


「Dランク冒険者様ですね? それではお調べいたしますのでしばらく——」


 その時、掲示板の向こう、転移門付近に異変が生じ始めていた。

 他の冒険者たちが騒ぐ中、俺たちの視界に入ったのは転移門に現れた傷だらけの冒険者の姿だった。

 ——たしか、冒険者試験の説明会に居た奴だ。


 傷だらけの新米冒険者ルーキーの男は、何かに怯えるようにしながらガクガク震えてしゃがみ込んでいた。それに対し、他の冒険者たちが心配そうな言葉をかけ、肩を貸してどこかへと運ぼうとしていた。


 肩を貸した冒険者や、周りで見守っていた冒険者たちから「何があったんだ?」と声を掛けられていたが、その新米冒険者ルーキーはただ、「怪物に……」「岩が……」「化け物だ……」と言う言葉しか吐かない。仕方ないので、冒険者たちは彼を落ち着かせるために療養室へと運んで行った。


「ありゃ新米冒険者ルーキーだろ? きっと、冒険者になって浮かれちまったんだろうさ。まぁ、毎年恒例よ。きっつい依頼クエストに挑んでボコボコにされたな、ありゃ」


 他の冒険者がそう言ったのが聞こえた。


 やはり、戦力は必要だ。さっきの男を見ればよく分かる。

 俺も昨日、冒険者になったことで驕っちまっていた。冒険者になったことを、自分の実力が上がったと錯覚してしまうのはきっと、新米冒険者ルーキー嵯峨さがってやつだろう。

 あのままブリトニーと旅を続けていたら、きっと後悔することになっていただろう——。


 ブリトニーのことを考え、装備をそろえた俺の判断は間違っていなかった。そして、今からしようとしていることも間違いではないはずだ。きっと——。


 俺は引き続き、受付から依頼クエストを紹介してもらった。



※ ※ ※


【採集:アオダケが欲しいの!】

~Dランク★☆☆~ 達成ポイント:10pt


[メイン依頼]

アオダケ×5の採集


[目的地]

指定なし


[報酬]

・100G

・薬草×1


[特殊条件]

・自生したアオダケのみ

・本日の18時まで


[依頼者:料理人の女]

 本日のメニューに必要なアオダケを切らしてしまいました。

 流通しているアオダケでは加工され、鮮度が落ちてしまっているものが多いので自生しているアオダケが好ましいです。しかし、自分で取りに行くには魔物が……。ですので冒険者の皆さま、どうかよろしくお願いいたします。


 アオダケはアルグリッド周辺の霧の森に多く自生しています。



依頼クエストを受注しますか?』


『▶はい

  いいえ』



※ ※ ※


★ ☆



 さて、そうこうしてまた霧の森に来てしまったが——。

 アオダケなんてどこに生えているんだ?

 それに、ところどころ獣臭いし——。


 お、こんなところに——これ結構丈夫そうな枝だな。鍛冶屋に持っていけば何か作ってもらえるかも。



※ ※ ※


「樫の枝」を手に入れた——


※ ※ ※



 俺はブリトニーと森の中を探索していた。


 心なしか、ブリトニーがビクビクしているように見えた。昨日スライムに襲われたのもここだったし、まあ仕方ないか。


 少し進んだところで、何かの植物の茎部分だけが残され、かじられた跡が周辺の木々に見られた。それに、獣の足跡とこの臭い……きっと野生の動物が植物を食い散らかしたのだろう。そう信じたい。

 しかしその中に、綺麗に残されたアオダケを一つ発見した。


「お、みっけ!」


「やったー!」


 俺とブリトニーは無邪気に喜んだ。……ただ、まだ一個目だということを忘れてはいけない。


 おそらく、あの茎はアオダケの——アオダケを動物が食い散らかしたんだ。そのせいで見つからないわけか……とほほ。

 しかたない、もう少し奥を探ろう。






 ——奥地に来たが、霧が一層濃くなったな。まあ当然か。

 ブリトニーは相変わらず俺の袖を引っ張っていた。怖いんだろうな。


 さて、結構歩いたがそれっぽいものは……ん? あの青いのはまさか——



 霧の森の奥地、少し湿気のあるその場所に、木々の根元を真っ青に染めるほどのアオダケがそこにはあった。


「こ、こんなにもたくさん……」


「探せばあるもんだね」


 俺とブリトニーは、そのアオダケを採取しはじめた。

 その時である。



 き、きゃぁぁぁぁああああ————!!!!



 やれやれまたかい。今度は何事——

 ってうわっ! なんだこれ気持ち悪い。



 俺たちがアオダケだと思ったそれらに紛れ込んでいたのは、それらに擬態したスライムの集団だった。


 そうか、ここは湿気が多い。菌類のアオダケが多く自生しているのはそのためだと思っていたが、それは水溶性のスライムにとっても同じなんだ。


 スライムはブリトニーが触れた途端ヌルヌルと動き出し、ブリトニーに襲い掛かった。

 ブリトニーは大きく尻餅をついていた。


 ブリトニーを助けに——と言いたいところだが、かく言う俺もスライムに腕を取られて動けない。それに、それじゃ彼女のためにもならない。


 ブリトニーは尻餅をつきながらガクガク震えて動こうとはしない。いや、動けないんだ。だが、それではだめだ。


「ブリトニー!!」


 俺は必死に叫んだ。

 霧の中、俺の声が反響し、ブリトニーの震えが一瞬にして止まった。


「……ブリトニー、落ち着いてよく聞いて。おまえには戦うための武器があるはずだろ? 冷静になって考えるんだッ!」


 ブリトニーは自分自身を確認した。

 腰の後ろ、小さなさやに収まったそれがそこにはあった。

 ブリトニーはそれを引き抜く。


「ナイフ……」


 光の差さない霧の中で、歪な形のそれは不思議な反射の光を放っていた。

 ブリトニーはナイフをギュッと握ると、それを見つめた。


「……できない」


「——え?」


「私には……できない」


 ナイフを両手に握りしめ、再び震えるブリトニー。


 生き物に手を挙げることに抵抗があるのだろう。その気持ちはわからなくもない。


 小さな子だ。それに異界の子だ。

 魔物と言う環境がないかもしれない世界で、他者の命を奪う行為に抵抗があるのは自然。だが、それじゃこの先を生きていくことはできない。


 魔法の概念はあるみたいだし、何ならこっちと同じ魔法だった。なら戦闘はできる世界の人物だということだ。


 ——相手はスライム。弱い魔物だし、なんなら普通の生き物とは造りが違うから血も出ない。もし仮にこれが、ウサギやイノシシのような魔物だったらどうなるのだろう。きっと血を見た途端に失神するのではないだろうか。



 あっちに構っているばっかりだったが、こっちもヤバくなってきた。これじゃあっちに気を張りながらだと——いよいよ本気でヤバいぞ。


 スライムが俺の体中を拘束して、身動きが取れない。たかがスライム相手に苦戦するとは——下手するとこのまま絞殺される。

 そう言えば、俺もそこまで強くなかったな。俺もやっぱりおごってたってことか……。


 それにこいつら、なんでこんなに俺に巻き付いてくるんだよ。

 スライムのくせになんちゅうパワーだよ、畜生——


「んご……ぎ……げ……」


 首元から上に巻き付かれ、声が絞られる。

 俺の声は次第に弱弱しく響いた。


 その声を聴いたブリトニーがこちらを振り返ったのが見えた。その表情は、弱弱しくてどこか悲しそう——。



★ ★



 温室育ちだった彼女にとって、このような状況は現実味がなかった。彼女の世界にも魔物はいたけれど、それはただのおとぎ話のようなイメージでしかなかった。


 それが、今では目の前にある——。



 尻餅をついたせいで立ち上がれない。

 けれど、クロムの声で心が少し落ち着いた。


 無理やり立ち上がり、ナイフを構えて応戦しようとした。

 ナイフなんて、果物の皮をむく以外に使ったことがない——。


 はたから見たらきっと情けない恰好をしていると思う。腰は引けて、足元も内股でガクガク震えて——けれど、今は彼女の力だけで何とかするしかない。

 クロムはクロムで、とっても大変そうだ。


「できない」


 そうは言ったものの、できないままではやられてしまう。

 このナイフは何のために与えられたものだ。この装備は何のために与えられたものだ。


 ——自分の身を自分で守るためだろう。



 彼女は構えたナイフをめちゃくちゃに振り回した。当然、狙いを定めていないそれらは空を切りまくり、多少かする程度の攻撃はあったものの、それらはみなスライムの再生能力でなかったことにされた。


 きっと脳裏によぎった「痛いだろうな」「かわいそうだな」と言う心の揺らぎや弱さが、攻撃に力を入れられない状況にしているのだと思う。


 そして、中途半端な力で刺したナイフはそのままスライムの体内に引きずり込まれ——



「もう……やめて……」


 彼女ではどうすることもできないのだろうか。そのような感情が彼女自身を押しつぶす。

 たかがスライムとおにいさんは言うけれど、私にとっては恐ろしい化け物なのだ。


 でも、「一緒に行く」「戦う」と言ったのは彼女だ。これは強要されたわけじゃない。彼女自身で決めたんだ。


 わけの分からない世界に来てしまって、怖い人たちに囲まれていた彼女を、クロムだけは助けたから。


 身分や立場に取り入って彼女に良くした人たちは多くいた。けれどそういう人たちは、彼女をただの道具としか見ていない。でもクロムは違った。


 この世界に来て初めて受けた優しさ。そしてそれは彼女の中で、今までの人生においても二番目・・・の優しさに感じた。嘘偽りのない純粋な優しさ——。


 この人は、自分のためではなく、他人のための行動を最優先する人なんだって、他人の心——特に弱者の心が分かる人なんだって、そう思えた。


 だからこそ彼女は、この人のために頑張りたいと思った。


 そう、クロムは元の世界の兄的存在であったエリクシード・・・・・・によく似ていた。だから彼女はクロムとエリクシードを重ねているのかもしれない。

 エリクシードが考えるであろうことを、クロムに重ねるとよく合うところが多いから……。


 もし仮に、彼女が戦わないという選択をしていたら、きっとクロムは彼女のことを考えて自分の旅の目的を永遠に果たせないと思う。仮に違ったとしても、エリクシードならそうする。


 彼女は戦わなければならない。

 弱くたってなんだって、自分を守れるくらいの力は自分で——。



 バキッ——グシュ——ッ!



 その時、クロムの方から何かがきしみ、折れるような音が聞こえた。


「んご……ぎ……げ……」


 スライム数匹に包み込まれたクロムの姿。その隙間から腕が伸びてはいたが、力が入っていないように見えた。


 嘘……でしょ……。


 それを見て心が、体が——。

 助けてくれたクロムが、今目の前でつぶされかけている。グシャ、グシャというむごい音とともに。


 握っていたナイフも、今ではスライムの体内に取り込まれている。



 ——私が、私がやらなきゃダメだ。

 ——今動けるのは私しかいない。



 全身を包む魔防具が、感情とともに熱を放ち始める。

 体が熱い。それ以上に心が燃えているようだ。


「う、うわぁぁぁぁああああ!!!!」


 必死で叫んだその声と、スライムに向けた手のひらに熱がこもる。そして、


「——メテアッ!!」


 彼女の手から放たれた火球は、詠唱を必要としないまま、以前よりも大きく燃え上がりながらとてつもない速度でスライムの体を焼き切った。

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