第20話「鍛冶場のバカ」
今、俺たちは鍛冶屋を訪れている。
なぜならそれは、新しく仲間入りしたブリトニーの装備をそろえるためだ。
——え? なぜかって?
そりゃ決まっているだろう。
戦うためさ——
★ ☆ ☆
戦闘を強要するつもりはなかったんだ。
召喚された人間が、だれしも戦いたいとは限らない。ましてや、こちらの勝手な都合で呼び寄せて、むごい殺しを強要する方がおかしいと思う。多分そう考えるようになったのは、マナの件からの影響だろうが——。
それもあって、俺は召喚もしたくなかったし、仲間は旅の途中で、意思の合った奴を迎え入れると決めていた。しかし、現状は全く反対なわけで——。
てなわけで、俺はこの子に戦いを強要する気はない。ただ、この子を庇いながらの旅になると、俺がふがいないせいでもあるが、やっていける気がしないのも事実。
それで、ブリトニーに返事を聞いたわけだが、彼女は「戦う」と言ってくれた。この子は賢い子だ。俺に気を遣ったのかもしれない。しかし、今はこの子の言葉に甘えよう——
こうして、俺たちは朝を迎えたわけだが——
「ログインボーナス?」
俺が冒険の書を開いた瞬間、異様な光とともに一つのページが勝手に開いた。そこには、『ログインボーナス:1日目』とテキストが表示されており、そのページから1000
確か、受付のマーサさんがこんな説明をしていた気もしたが、まあいいだろう。いただけるものはいただいておこう。
——それと、もう一つ「お知らせとお詫び」と言うテキストとともに、魔晶石が一つ送られていたな。街の人たちの話じゃ、アルグリッドの召喚場が一時的に閉鎖されたとか。
まあ、「フェス」だとか「ピックアップ」だとか、そんなの召喚されるかもしれない側からしたらたまったもんじゃないわけで、そんなことばかりしていたからバチが当たったのだろう。
で、臨時収入も入ったわけなので、今は鍛冶屋に来ている、ってところだ。
宿屋の主人の話によると、ここは街の中で一番腕の立つ鍛冶屋らしいが、実際はどうなのだろうか。
店内は
俺たちが店内をウロチョロし、並べられている武具を適当に拝見していたところ、店の奥からいかつそうなおっさんが出てきた。
「おう、にいちゃん。新顔だな。さては
どうやらこの男は店主兼鍛冶職人らしく、この時期になると
「今時金属具をお探しとは、中々わかってるねぇ!」
違う違う。金がないから銃器なんて買えやしないんだよ。
「で、お探しの装備は……」
「1000Gで、この子に合う装備を一式貰いたいんですけど」
俺は袋に入った金を押し付けるようにして言った。
しかし、おやじさんは少し困り顔だ。
「うーん……実は最近素材の物価が高騰していてな。これだけだと皮の一式すらも揃えてやることは難しいぞ」
そうか、それは困ったな。
正直、武器は二の次として防具は揃えてやりたかったが、防具の中で最弱の皮ですら揃えられないとは。
俺は深く考え込んだ。
ズゴォォォォオオオオン————!!!!
その時、工房から大きな音が聞こえた。
「ぐぉるぁぁぁぁああああ————ッ!!!! ヘトス——ッ!!!!」
おやじさんはその音を聞くや否や、振り返り大声で怒鳴りつけた。
そして、一人の男が、隅で顔を真っ黒にして、奥から現れた。
「へへ、すまねぇオヤジ。水の配分間違えちまって……」
軽そうな赤髪の青年、と言う印象を受けた。
おやじさんはまだがみがみ怒っていたが、彼はそれを無視して俺に話しかけてきた。
「あれ? 見ない顔っすね。オヤジの新しいお客人で?」
「そうだ——お前は奥で片付けでも——」
「へぇーっ! もしかして冒険者っ!? どんな装備をお探しでっ?」
結構グイグイ来るな——。
「……だから、俺のお客様だ。お前はあっちで——」
「オレッ! ここで鍛冶職人やらせていただいておりやす、ヘトスって言いますっ! どうぞごひいきによろしくお願いしやすっ!」
「……ったく」
おやじさんは、やれやれとした顔で首を振っていた。
ヘトスは、俺が突き出していた袋に目を向けて、それを勝手に奪う。
「コラッ! ヘトスてめぇお客様のモンを勝手に——」
「ちょっと拝見させていただきやすね。どれどれ……ひー、ふー、みー……、全部で大体1000Gってところですかね」
あれ、この人意外に硬貨を数えるのが早いな。
「で、どんな装備をお探しなんすか?」
「この子に合う装備を一式……それで足りる程度の——」
「あーなるほど。それならこのオレにお任せくだせえ! きっと最高の装備をお造り致しやすよっ!」
なに? この人が作ってくれるのか?
それって——
「それって、皮ですか?」
「いやいや、皮なんてとんでもない。もっと良いモン造らせていただきやすからっ!」
それはありがたい話だ。
俺はその話に乗ろうとした。
そこへおやじさんが割り込む。
「お客さん、こいつぁまだ見習いでして、大した装備も打てやしねーんですわ。以前もそれで他のお客さんにとんでもねぇモンを掴ませちまって散々な目に……」
まあ、話の流れ的にも見習いだろうとは思っていたが。
「いえいえっ! お客人っ! ——いや大将っ! ここは一発ドーンと俺に任せてみてくださいよっ!」
「おいっ! だからてめぇは——」
——ふう。
負けたよ。この人の押しには。
「——乗った」
「——え?」
「乗った。任せるよ、おにいさんに」
「————ッ!?」
「ほ、ホントっすか!?」
「おい
「いや、もう決めたんで。任せますよおにいさんに」
「っしゃ! そうと決まればやりやすかっ!」
そして、俺たちはヘトスに連れられて、工房へと足を運んだ。
埃っぽさと油臭さが一層増し、熱気でムワッとする薄暗い一室。
どうやらここが工房のようだ。
ヘトスは奥でガサガサと何かを漁ると、こちらへとそれを持ってきた。どうやら何かの鉱石のようだが。
「はい、銅鉱石」
オレンジ色っぽいそれは銅鉱石のようだ。
どうやらこれで装備を作ってくれるらしいが、本当に1000Gで足りるのか?
「あの……もしアレだったら少しくらい金額足すけど」
「いや、これで十分っすよ。それよりお嬢ちゃん、魔法は使えるかい?」
ヘトスは銅鉱石をブリトニーに差し出して問いかけた。
ブリトニーは小さく頷く。
「お、そりゃ手っ取り早いや! じゃあ
ヘトスは銅鉱石を指さしながら言った。
ブリトニーは首をかしげながらも、それに従った。
「そう、それから手先に魔力を集中させて——そうそう、魔法を放つときのイメージっす」
ブリトニーは言われるがままに力を込め始めた。
一体何をしているのだろうか。俺もブリトニーと同じく頭に「?」を浮かべていると——
ブワワワワァーン————
銅鉱石の回りを、何かオーラのようなものが包み込み、その周りにはオーロラのようなものができていた。そして、銅鉱石は茶色っぽいオレンジ色から、鮮やかな紅色へと変化を遂げた。
「——よしっ! 成功っす! やっぱり魔法を使える子は勘が良いっすね!」
ヘトスは嬉しそうに言った。
「一体何を——?」
「ん? あーこれっすか? これは鉱石に魔力を流し込んで『魔鉱化』させたんすよ」
魔鉱化って確か、普通の鉱石を魔鉱石に変えることだよな。でも、それって相当な技術が必要って聞いたことがあるけど——。
「ねえごめん、やっぱり魔鉱石なんて、相当値が張るんじゃ——」
「いやいや、大丈夫っすよお客人。それに俺、
ならいいんだけどさ……。
「——ところで、鉱石が赤に変わったってことは……お嬢ちゃんもしかして炎の魔法が使えたりするっすか?」
ブリトニーはコクリと頷く。
「おっ! それは最高っす! 銅は鉄よりも熱を伝えやすいんで相性も抜群っすよ! さて、それなら少し手伝ってもらいましょうか」
そう言うと、ヘトスはその鉱石を炉に投げ入れた。
「さあお嬢ちゃん、魔法で炉に火をつけて——」
そして、ここからヘトスとブリトニーの共同作業が始まる。
★ ★ ☆
「炎の精霊よ、我に力を与えたまえ。——メテアッ! メテアッ! ……メテアッ!」
炉に火を送り続け、そこから液体状の銅が流れ出す。
ヘトヘトになったブリトニーを横に、ヘトスはそれを
「ねえ、なんでブリトニーに魔法を使わせた?」
「ああ、そりゃ、自分の魔力を流し込んだ鉱石を、自分の魔力で生み出した炎で溶かせば一番装備が
そう言えばさっきもそんなこと言っていたな。なるほど、魔装備は造る段階から装備者の魔力を使った方が良いのか。
でも、そうなると全てオーダーメイドになるよな。それってやっぱり高いんじゃ?
「——本来ならそうっすね。でも、俺の場合は『装備の素材を依頼者に持って来させたり』、『制作工程を依頼者に手伝わせたり』するんで、その分値段が抑えられるんすよ。で、唯一値段が付く部分と言えば、製作者の名前——『ブランド』ってやつっすか? その部分で値を付けるんすが、俺はそこまで有名でもないですし、なんなら悪評の方が目立つんで——」
ヘトスは黙々と打ち続けながら語る。
俺はそれを、ただ静かに聞いていた。
「ま、依頼者がほぼゼロの俺にとっちゃ、1Gでも1000Gでも嬉しいってもんっすよ!」
それは、笑って言える話ではないのでは——と少し不安になった。だが、そんな笑顔とは裏腹に、ヘトスは一つため息をついた。
「——普通の金属もまともに打てれば、少しはマシなんすけどね……」
「さっきから気になってたんだけど、それってどういうこと?」
「ああ、俺って『魔鉱加工』——つまり『魔鉱石が打てる』ってスキルを生まれながらに持っていたんすよ。それってここいらじゃちょっとしたレアスキルで、普通の人じゃ魔鉱石を打っても形一つ変えることができないんす。ただ、それは『魔鉱石が打てる』ってだけで、『装備が造れる』とはまた別物でして——。俺には鍛冶職人としての才能が有りやせんでした。そのため、魔装備はおろか、普通の装備でさえまともに造ることはかなわなかった——」
「…………」
「そんな俺を、オヤジは拾ってくれたんす。でもこんな俺なんで、工房ではいっつもヘマばっかり……。挙句オヤジからは『鍛冶場のバカ』なんて呼ばれたりして散々っすよ。それについこの前、久しぶりに入った依頼だと思って張り切って造った魔装備が、戦闘中に溶けたとか爆発したとか……。渡した瞬間に燃え始めたこともありやした」
おいおい、そんなもの掴まされたらたまったもんじゃないな。
——って、今回の装備は大丈夫なのか?
おやじさんのあの表情と発言はこのことだったのか。
俺が不安そうな顔をしていると、ヘトスは「でも、今回は絶対大丈夫っすよ!」と慌てながら言った。
……まあ、金もないし、何なら同情もしている自分もいるし、ここはもう引けない。彼を信じよう。
そして、ある程度叩いたそれを水につけたヘトスは——
「——こ、これは……」
美しい紅色を発したそれは、どことなく暖かく、不思議な力を感じさせていた。
ヘトスはそれを慌てるようにしておやじさんのところへと持っていく。
おやじさんは、それを見るなりさっきまでとは全く違う驚き顔を見せていた。
「お、おまえが……これを?」
その反応は、どこか意味深で——
どうやら、大成功したみたいだ。
★ ★ ★
それから数十分。
細かい装飾を施されたその金属は、全身を包む装備と化した。小さなローブ調の服にブーツを合わせ、一部一部金属が組み込まれた装備。動きやすいように、軽めな造りにしてくれたようだが、見た目に反してがっしりと丈夫だ。装備には、「ヘトス・ファイトス」と彫られていた。
その装備を着用したブリトニーは大喜び。帽子までつけてもらって、子供らしく喜んでいるのが分かった。
※ ※ ※
「魔銅装備一式」を手に入れた——
※ ※ ※
俺たちは、装備を受け取ると、礼を言いそのまま店を後にしようとした。しかし、そんな俺たちをヘトスが呼び止める。
「おい、待ってくれよ、お客人!」
「——ん?」
「これも何かの縁だ。良かったら俺と——『専属契約』を結ばないっすか?」
「専属契約?」
「そうっす! 今後装備が必要になった時、素材さえ持ってきてくれれば無料でお造り致しやす!」
なんだと? それはありがたいが。
「ただ、俺からもちょいちょい素材集めの依頼を出しますんで——もちろん! 報酬はその都度お出し致しやすよ!」
なるほど。素材の在庫を安定させる代わりに、俺たちの装備を作ってくれるのか。ウィンウィンの関係ってやつだな。
俺は喜んでそれに同意した。
「へー、クロムさんって言うんすね! ——いや、クロムの
小さく、
こうして、俺はヘトスと契約を結んだ。
今後は冒険の書に依頼を送ってくれるそうだ。どんな依頼が来るのか楽しみだな——
※ ※ ※
「ヘンテコナイフ」を手に入れた——
ヘトスと『専属契約』を結んだ——
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