~黒マント~
第15話「星者の遺跡の小さな住人」
プルプルっ! ボク、悪い
この星者の森は、小さな遺跡を取り囲むようにして木々が生え広がっている地形になっている。ボクは、それら遺跡を住処にするスライムの一匹だ。
ある日、空からお星さまが降ってきて、それがこの森に落っこちた。ボクはその落っこちたお星さまがとても綺麗だったから、それを拾って宝物にした。
その日から、ボクの体は白くなって、人間の言葉が分かるようになったんだ。そのせいで、仲間のスライムたちからも気持ち悪がられるようにもなったけれど——。
最近、冒険者ギルドとかいうところの人間が、この森にたくさん来るようになった。そして、森に大きな壁を作ったんだ。それからのこと、ボクたちの平和は脅かされ始めた。
そして、今年もまたこの時期がやってきてしまった。
ボクたちの仲間が、イタズラに殺されてしまう、この時期が——。
今日もまた、ボクは薬草や木の実を拾いに森を歩く。怖い人間たちに合わなければ良いのだけれど……。
★ ☆ ☆ ☆ ☆
三日目——
昨日の疲労がまだ抜けきってはいなかったので、俺たちは割と遅くまで休んでいた。身を隠しながら休んでいたためなのか、運が良かったのか、他の受験生に襲われることがなかったのはラッキーだった。
そして、大体10時くらいかな、俺たちは移動を開始した。
なぜだろう、ファルコが以前よりも嬉しそうに見えた——。
さて、今日はどんな物語があるのだろうか、とても楽しみだ。
流石に食事が野菜ばかりなのも飽きてしまうので、本日は食材集めを中心に行動することにした。きっと、石が残り一つあれば合格ラインに届くから、と言う心の余裕が、俺たちの行動に影響したのだろう。
今は完全に、一次試験を長期戦として考えていた。
そりゃ、早いうちに石を集めてゴールした方がリスクも少ない。だが、きっと強敵との戦いやその時の傷で、心も体も疲弊していたんだと思う。今はとにかく、休むことに専念したい。
ファルコは俺に、「クロムは石を二つ持っているのだから、先に目的地に向かいなよ」とも言われた。きっと気遣いでそう言ってくれたんだと思うが、その考えは俺の中にはない。一度一緒に行動するって決めたんだから、最後まで一緒に戦うさ。だから安心してほしい——と、直接そうは伝えなかったが、遠回しにファルコに答えた。
ファルコはすまなそうな顔をしたが、その中にはやはり喜びを感じられた。
そして俺たちは、森に住む動物やら魔物やらを刈ったり、木の実を採取したり、森を流れる川で魚を捕まえたりして、食料を集めていた。その間、面白いほどにほかの受験生に会わなかった。——もしかして、他の連中はもうみんな通過してしまったのだろうか?
——そんな、若干の不安がよぎった頃の出来事である。
舗装されたように土がむき出しになった道の途中で、白い色をしたそれは俺たちの目の前を横切ろうとした。そして、俺たちがそれに気づいた時、それも俺たちに気づいたようで、それは道のど真ん中で立ち止まった。
チラッと俺の方を向くそれ。俺はそれと目が合う。
——少しの沈黙が訪れた。
そしてそれは、ハッと何かに気づいたかのようにして大きく飛び上がり、それが来た方向——木々に囲まれた草木が生い茂るけもの道へと、すごいスピードで引き返していった。
俺は、ファルコと顔を見合わせ、
「見たか——? 今の——」
「白い——スライム——?」
そして、俺たちは、お互いにニヤッとし、それが逃げた方向へと走った。
★ ★ ☆ ☆ ☆
まずいまずいまずいまずい——。
人間が、人間に見つかってしまった。
どうしようどうしようどうしようどうしよう————。
とにかく逃げなくちゃ、殺されちゃう——ッ!!
ボクは、ひたすらに走り続けた。
拾った木の実も薬草も、そんなもの全部落っことしても、そんなの一切関係なしに、ただひたすらに走った。仲間が殺された。今度は僕の番か——僕には仲間のように戦う勇気がないから、逃げることしかできない。
速く、速く逃げなくちゃ。隠れなくちゃ——。
ボクはただ走っていた。後ろからは——ああやっぱり追いかけて来ているみたいだ。素早いスピードの魔力が、ボクの方へと走ってきているのを感じる。
満身創痍になりながらも、ボクは走り続けていた。
そして、気が付くとボクは、ボクのよく知る隠れ家に到着していた——。
ここまで来ればと肩を撫でおろす。おろす肩もないけれど。
取り敢えず、ボクは石が重なって空洞になっている場所に隠れた。
★ ★ ★ ☆ ☆
な、なんて速さだよ、あのスライム——
俺たちは、あのスライムが通ったであろうルートを追いかけていた。その姿はとっくに見失ってしまったのだが、おそらくスライムが通ったであろう場所だけ、草が分かれていた。
やはりあの素早さ、それにあの「色」——あれは噂で聞く「メタルスライム」なのではないだろうか——。
メタルスライムとは、超レア級のモンスターと言われている。体は未知の魔金属でできており、倒したときにそのスライムの体組織を採取し、薬にして取り込めば、絶大な魔力を手に入れることができると言われている。
そのため、かつては多く繁殖していたとされるメタルスライムだが、その性質のせいで冒険者に狙われ、今ではごく稀にしか目撃されなくなった。
そのせいもあって、臆病な性格になり、逃げ足が速くなったなど、いろいろな説が浮上している。
——で、俺たちは今、それを目撃したかもしれないってなったので、欲に刈られてそのスライムを追いかけているわけだが……。
やはり、とんでもない速さだ。
この速さには、さすがのファルコも疲れているように見えた——まあ、昨日の疲れもあるし仕方ないか。そう言えば、いつもは必ず最初に「悪い魔物じゃないかもしれないから、まずは観察しよう」と言うファルコだが、今回は何も言わずに走っているな。というより、目がキラキラと輝いているのが、まあ面白いが。
そんなこんなで走っていると、俺たちは白っぽい灰色の、長方形の石が無造作に突き刺さった場所へとたどり着いた。
さっきまで草でおおわれていた地面も、一部一部はげて土が露出していた。それに、この石の直方体、恐らく人工的に造られたものだ。しかし、それらはどれもこれも、欠けたりひびが入ったり、植物に侵食されているものばかりだった。
「なんだ——ここ——」
「——たぶん、遺跡の一部……」
ファルコは、一瞬ためらった表情を見せ、答えた。
遺跡——? ああ、確か魔導書にもそんなことが書いてあったような気がする。昔栄えた宗教の神殿が、今は遺跡となって遺っているって。
俺は、その場所の、なんだかわからないが神秘的な何かに魅了されかけていた。そして、無言のままそれらの石の一つに近寄り、それに触れた。
——よく見ると、そこには文字のようなものが書いてある。どうやら、どの石にもそれらの文字は書かれているようだった。
「古代文字かなにかか?」
一切読めないその文字は、俺にとっては古代文字か何かに感じた。ファルコもまた、その文字を見てもわからないような雰囲気だ。
——と、そう言えばスライムを探している途中だったな。
俺たちはそのまま、その場所の探索を始めた。
奥へ進むと、先ほどの石——石碑と呼ぶ方が正しいかもしれないな。で、その石碑がより一層増えて散乱していた。そして、それらは一つの場所を囲むようにして配置してあった。その周りには、先ほどまでには見られなかった、石造りの柱のようなものもあり——とにかく、ごちゃごちゃとしていたが、その中心に何かがあったような雰囲気を醸し出していた。
そして、それら石碑の一部に、石碑同士で囲まれた空洞のような場所を発見し、俺たちはその中へ入っていった。
高さ3メートルくらいの空洞で、周りの壁にはぎっしりと文字が彫られていた。やはり、先ほどと同様、それらの文字は読めなかった。
俺は若干暗かったその空洞の雰囲気が嫌で、軽く中を見てからすぐにその場を離れようとした。しかし——
「アルファ……ベット——?」
ファルコがそれらの文字の一部に触れ、そう言ったのを、俺は確かに聞いた。かすれて、つぶれているであろう文字の一部に触れながら彼は——
その時だ。ゴオオオオという低い音が、遠くから聞こえた。
★ ★ ★ ★ ☆
うわ、目の前にさっきの人間が来ちゃったよ! どうしよう……。
ボクはじっと、空洞の奥で、石柱の陰に隠れながら、その人たちのことを見ていた。早くどこかに行ってくれないかな——。
そう思っていた時のこと、どこかから低い音が聞こえた。
これは——地震だ! 地震が来るぞ、それも結構おっきめの!
速く、速く逃げなくちゃ! ……でも。入口にはさっきの人たちが——。
そんなことを迷っていると、それは次第に近づいてきて、途端に大きな振動となった。
そして、詰まれた石碑がバランスを崩し、その人たちの頭上から——。
その時、ボクは咄嗟に、その人たちを押し飛ばしていた——。
★ ★ ★ ★ ★
ファルコが言葉を放ち、壁に向かって魔導書を向けていた。
しかし、どこからかそれは——
なんだ、この音——。
低く唸るようなその音は、次第に大きくなっていった。
そして、ふとした瞬間、それは巨大な揺れへと変化を遂げ——
俺たちは足元の不安定さから体勢を崩し、中腰のまま身動きが取れなかった。そして、頭上から——
「あ、さっきのスライム——」
その時、俺の視界には、さっきの白いスライムが、俺たちの方へ飛んでくるのが見えた。そしてそのまま俺たちは、空洞の外へと押し出され——。
揺れが収まり、後頭部を軽くぶつけた俺は、頭をさすりながらファルコの方を見た。ファルコも少し痛そうにしていたが、まあ平気だろう。
そして、俺は、先ほどの空洞の方に目をやり——
——そこには、白いゼリー状のバラバラになった物体が、倒壊した石碑を中心に散らばっていた。俺はそれを見て、それが先ほどのスライムの残骸であると悟った。
俺の後に、ファルコもそれに気づき、とても辛そうな表情を浮かべていた。きっと俺もこんな顔しているんだろうな。
心が、胸が締め付けられるような、そんな感覚に陥った。
まるでマナの時のような、ロゼッタの時のような、そんな感覚に——。
だが、それらはみるみるうちに集結し、気が付くと先ほどの白いスライムの形へと戻っていた。
俺たちは、その姿を見て「ふう」と一安心した。そう言えば、スライムは再生能力が高いから、たとえバラバラになっても、長時間かけて元に戻るっけ。
——と言うより、さっきまで追いかけまわしていた相手を、今は「生きててよかった」って一安心してて、少し不思議な感じだな。
俺がニコニコしていたところ、ファルコが横から口をはさんだ。
「なあ、メタルスライムって言っても、こんなに再生速いもんなのか? それに、よく見たらメタルスライムと若干色が違うような——メタルスライムってもっと銀色っぽくて光ってるよな?」
確かに、言われてみれば再生が速すぎる。
スライムと言っても、さっき言ったみたいに再生にはそれなりの時間を必要とする。復活したことへの喜びで完全に忘れていたが、言われてみれば確かにおかしい。
それと、色合いに関しても。
確かに似てはいるが、図鑑で見た時はもう少し銀色っぽくて、金属光沢があった。
俺は、首を傾げた。
その時、ファルコが魔導書を手に取り、「映写」と唱えた。そしてそのスライムを魔導書越しで写した。
「なにやっているんだ?」
「え、知らないの?」
俺はそれを知らなかった。
どうやら、ヴァイオレットが言っていた「伝達文言」には、複数の魔導書に関する操作方法が記載されていたらしい。「転移」の方法を直接教えてもらったため、完全に確認するのを忘れていた。
その伝達文言の中には、「転移」のほかに「検索」や「時計」など、俺が初めに自力で見つけた操作方法が書かれていたらしい。そして、この「映写」もその一つ、と言うことだ。
「映写」とは、魔導書越しに見えている景色を映し、それを一枚の画像として保存することができる操作方法のようだ。そして、その「映写」によって映し出された景色の中に、何かの生き物が写っていたら、それを「検索」してくれるらしい。
つまり今、ファルコはこの機能を使って目の前のスライムを調べてくれていると言うことだ。
※ ※ ※
『操作方法:映写』を覚えた——
※ ※ ※
——で、肝心の検索結果はと言うと……
『未知の生物』
と言う結果が得られた。
???
なんだこの生き物は、と、二人は顔を見合わせた。
しかし、この世界は広く、まだ知らない生き物がいてもおかしくないという結論に至り、俺たちはそれ以上の深堀をしなかった。
まあ、さっきから見ているけど、このスライムに敵意はなさそうだし、ましてや俺たちを助けてくれたわけなので、あまり悪いようにはしたくなかった。
俺は、プルプルと震えるスライムに、そっと手を伸ばした。スライムは、怯えて逃げようとしたけれど、俺の中に「敵意がない」と言うことを見せ、その手をスライムの頭の上に乗せた。そして、優しく撫で、「ありがとう」と一言添えて、
俺たちはその場を後にした——。
「——ア……ルス————?」
「——ん?」
「……あ、いや、なんでも——」
こうして、俺たちの三日目が幕を閉じる——。
(あのアルファベットは……あの「文章」は一体……。文末の「アルス」ってのは人の名前だろうか……? ——それと、何度も書かれていたあの『A』『Q』ってなんだ……?)
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