第14話「小さな約束」

 円形を描き、軌道に乗って回転した銀色の武器。

 それは、「刃のブーメラン」だった——。



 「遅くなってすまなかった」と、クロムは言った。

 その彼の表情は、イタズラ小僧がイタズラに成功したときのような、そんな無邪気な笑顔だった——。



★ ☆ ☆ ☆



 体勢を崩し、片膝を崩す男。無理な体勢から後ろに飛びのいたことと、予期せぬ事態が発生したことへの動揺が原因であろう。

 男、ヒドラは、そんな不安定な状態から、顔を上げて俺を睨んでいた。


 糸が切れ、上空から落下したファルコもまた、地面に叩きつけられた反動で一瞬ひるんではいたが、今は立ち上がりこちらを見つめていた。

 俺とファルコが、ヒドラを前後で挟んでいる状態だ。全てうまくいった。よしっ!


 その時ちょうど、さっき投げたブーメランが手元へと——


「——いつから気付いていたのでしょうか」


 ヒドラは見上げながら問いかけた。

 その表情に対し、俺はポケットに手を突っ込みながら得意げに説明を始めた。


「はじめに違和感を感じたのは、ここに向かう途中の蜘蛛くもの糸——」


「糸?」


「そう、だ。巣ではなく糸が大量に絡みついてきた」


「なるほど——」


「ファルコが空中で身動きが取れない状態、それとお前の動き方から、お前が糸を使っているのではないか——と言う推論が立った」


「————」



 俺は左奥の燃えカスの方を指さした。



「そして、この場所。かすかに焚火たきびをした跡がある」


「——それで?」


「それで、俺の中でまたしても推論が立った。ここはお前が寝泊まりしていた場所——つまり、お前が罠を張りまくれた場所だったのではないのか、と。……そう、糸の罠をな——」



 俺は天を見上げた。



「目を凝らしたらよく見えたよ、白い線みたいな糸が」


「————で?」



 再び彼の方を向き、一つ深呼吸をした。



「はじめお前は、あの青い服の場所でファルコと対峙たいじした。その後、何らかの方法でファルコをここへおびき出し、そして自分があらかじめ張っていた罠に、ファルコをハメたんだ。素早い虫が、蜘蛛くもの巣に引っ掛かるみたいにな」


「————」


「そして、俺と戦った時、お前はその糸を足場として使い、スピードを上げて攻撃をしてきた」



ヒドラはただ無言だ。しかし、俺はさらに追い打ちをかけた。



「……お前、マジになると背後ばかり狙う癖があるだろ?」


「————」


「あとは簡単だ。お前に攻撃を当てるふりをして、ファルコを縛る糸を切る」


「————」



 俺は、片手に持つブーメランをその場でジャグリングのように投げながら、続けた。



「お前の行動は、明らかにファルコを救い出されることを嫌っていたからな。あからさまにファルコを救おうとコレ《・・》を投げたりしたら、お前に止められる可能性もあった。だから、俺から見ておまえとファルコが一直線上になる時を待つ必要があったんだ」


「——しかし、私が後方へ飛ぶなんて保証——」


「ああ、『後方へ』飛ぶ保証はなかった。……ただ、お前が空中に飛びあがる可能性は高かった」



 ヒドラは少し考えた。

 そしてすぐに、何かをひらめいたような表情を見せた。



「——土属性魔法……ですね?」



 そう、土属性魔法だ。


 この世界において、土属性魔法とは、我々が立つ地面に干渉することが多い魔法である。例えば、地面に大穴を空けたり、土柱を生やして対象を貫いたり……中には、石つぶてを生成して投げつけたりするものもあるっちゃあるが。

 と、このように、地面に触れていると被害を被る魔法が多いのである。そのため、土属性魔法に対する最も有効な回避方法は、やつが取ったように、「空中に飛ぶ」というものになる。

 ただ——



「そう、土魔法だけど——実は俺、魔法が一切使えないんだよね」


「————ッ!? と言うことは、つまり……?」


「さっきのは確かに『土魔法の詠唱』だけど、魔法は発動しないよ。まあ、『詠唱モドキ』……ブラフってやつだ」



 魔法は詠唱によって発動するものである。中には、術名だけで放てる者もいるが——。


 幼いころ、農家だという理由から、ひいばあ様に「土属性魔法の一つぐらい唱えられるようになりなさい」と言われ、半ば強制的に叩き込まれたことがあった。

 ——まあ結果的に、俺が魔法を発動することはなかったけど、その時に叩き込まれたことがきっかけで、俺は土属性魔法の詠唱を記憶していた。そしてその時に、土属性魔法の特徴と回避方法も教わっていた。


 その経験が今、役に立ったのだ。


 最も、これは相手が土属性魔法の存在を知っていて、なおかつ土属性魔法の詠唱を聞いて、それが何の魔法なのかを理解できなければ、成功はしない。

 だが、こいつが分析家で几帳面な戦闘をし、なおかつ冒険の書を持つ冒険者であった、と言うことを踏まえ——



「土魔法の詠唱で飛ぶかどうかはわからなかったけど、俺はお前を『信じた』」


「なるほど——ブラフで私を——。でもやはり、それでは私が『後方』へ飛ぶとは——」


「それで、お前に力をかけた……と言うより、力で飛ぶ方向をコントロールしようとした、の方が正確だな」


「————っあ」



 ——そう、あの時俺はこいつに力をかけて、こいつが飛ぶのと同時に吹っ飛ばした。それはただ吹っ飛ばしたのではなく、飛んでほしい方向に飛ばすため、だ。


 こいつ、最初から思っていたが攻撃がとても浅かった。初めはただ力を抜いているのかと思っていたが、「本気モード」に入っても、ただスピードが上がっただけでダメージはそれほど増えていなかった。実際、何発か食らったのに、俺は立てていたし——。

 つまり、だ。こいつはスピードがあっても、力はそんなにないってことだ。


 で、競り合いになった時に、力だけで押し飛ばしてやろうとも考えた。しかし、本当に力がないって保証はなかったし、俺自身ダメージの蓄積で最大限の力が出せる気もしなかった。

 だからこそ、こいつ自身に飛んでもらって、あとは俺が力をかけて、方向を微調整したってわけだ。地に足ついている奴を吹っ飛ばすより、空中に浮いた奴を吹っ飛ばす方が簡単だからな。



 それと——



「それと、俺が力をかけたのには、もう一つ理由がある」


「——それはどういう——」


「お前、俺に吹っ飛ばされたって感覚、あっただろ?」


「————ッ! まさか、私の注意を引くために——?」


「その『まさか』だよ」



 こいつの注意を引くために、背後のファルコを救おうとしていることを、気取られないために、俺は、誘導したんだ。



「お前が飛んだ時……まあ偶然にもお前は後ろに飛んでくれたが、俺はわざと、力を込めてお前を吹っ飛ばした。それはお前が飛ぶ方向を調整するためであり、お前から注意を引くためでもあった」


「————」


「俺が力をかけた時、お前はきっと『空中に飛ばすことが狙いか?』と思ったはずだ。そして、その後俺はお前に、わざと見えるようにしてブーメランを取り出した。それを見たお前はどう思った?」


「————それは——」



「それはきっとこうだ。『空中で身動きが取れない私を狙って、ブーメランで確実に攻撃するつもりか』と」



「————」


「となるとお前は、必然的に回避のことしか考えられなくなる。まあ、さっきから不死身っぽい雰囲気出してるけど、痛みは感じるようだしな」


「————」


「そして、俺がわざと『お前に当てることを狙っていたかようなセリフ』を吐けば、作戦は大成功。お前は回避のこととブーメランに意識を取られ、無事にお前の背後に吊るされたファルコを救えるって計算だ」



 決まった。

 計画していた作戦が、こうもうまく決まるとは。


 俺は、超が付くほどのどや顔で、静かに大喜びしていた。まあ、これを全部話して、相手にマウントを取るまでが作戦だったんだけどな。



「——ふふ」



ん?



「———ふふふふ——」



 なんだなんだ?



「——ふはははははははッ!」



 突如、ヒドラが大声で笑い始めた。


「——ふぅ、いや失敬。これは一杯食わされましたね。いや、お見事お見事——」


 やつは笑顔で、手を叩きながらこちらの方を向いている。

 この雰囲気、どうもイライラしてならない。


 その狂気じみた雰囲気に、俺とファルコは武器を構えた。やはりこの男、何か恐ろしいものを感じさせる。ただ者ではない——。


 だが、いつの間にか立ち上がっていたその男は、片手に広げた黒い冒険の書をパンッと閉じると、


「それでは、またどこかで出会える日を——」


 と言いながら、みるみる光となって消えていった——。


「あ、そうそう。これは褒美です。素晴らしい戦いでしたよ——では——」


 男が消える寸前、何かを落としていった。

 それは透明色の——紛れもない、初めに配られた魔晶石だ。


 そして、その男が完全に消えるまで、俺たちは一切動くことができなかった——。



★ ★ ☆ ☆



 ヒドラとの戦闘後、少しの間を置いた頃。


 俺が持参した包帯で、お互いの傷を手当てする。しかし、ファルコは依然として無口だった。


 彼が、手のひらに魔晶石を乗せて差し出してきた。それは、角の欠けた石だった。俺のものだ。

 それを受取ろうとしない俺に、彼は無理やりそれを押し付けて、その場を去ろうとする。しかし、俺は彼の腕をつかんでいた。


 彼はその手を振り払うと、険しい顔で怒鳴った。


「——クロム、クロムは何で、こんな俺なんかに、普通に接してくれるんだ?」


 その瞳のふちには、涙が溜まっていた。


 ああ、それか。

 それはさっきから言っているだろう。


「だから、さっきも言っただろ。ファルコは俺が、一緒に行動しようって決めた『仲間』なんだって。——それに、あの時戦場を変えるよう促したのはファルコだろ? 倒れた俺をそれ以上傷つけないようにするために。俺の回りを庇うようにして、ファルコの足跡がついてたからさ——」


「それは……」


 ファルコは、少しだけためらっていた。


「——で、でもっ! でもさ……。俺はお前を……クロムを裏切ったんだぞ?」



 ああ、確かにお前は俺を裏切ったな。

 俺から石を奪い、逃げた。けれど、



「だけど……だけどさ、俺はファルコから言われた言葉がすごく嬉しかったんだ」


「それは、俺がクロムをハメるために——」


「例えそうだったとしても、ファルコの発した言葉が——その言葉が、俺にとっては嬉しかったんだ。だから、俺はお前を——ファルコを『仲間』だと思っている」


「————ッ!」



 俺の言葉に嘘偽りはない。

 これは恥ずかしくて言えないけれど、俺はファルコの言葉で涙を流した。今まで必死だったことを、初めて認めてくれた言葉だった。だから俺は、あの言葉を、あの言葉を放ったファルコを信じた。そして見捨てることはできなかった。


 ファルコは、俺の言葉を聞いた途端、ワンワンと泣き始めた。そしてその泣き声で「ごめんなさい、ごめんなさい」と、俺に繰り返し謝るのであった——。



★ ★ ★ ☆



 日が落ちた。



 焚火たきびの炎がメラメラと燃え、火の粉と煙が宙を舞う。


 今日も一日疲れた、と、俺は心の中で、大きく深呼吸をした。

 ファルコも泣き疲れてしまったのか、ぐっすり眠っているようだ。


 俺が今日は起きて、見張るべきかな——まあ疲れたし、寝てしまおうか。そんなことを考えてウトウトしていたら、「ねえクロム」と声が聞こえた。

 俺は「ん?」と眠気混じりに返事をした。

 ファルコは「俺の話を聞いてほしいんだ。俺の昔の話を」と言った。俺は、その言葉に優しく返した。

 そしてファルコは、「アルー村の悲劇」を語り始めた——。






「——そうか、そんなことが」



 俺は、彼の心の内を知った。

 彼がなぜ、「仲間」と言う言葉を嫌ったのか。俺はその話を聞いて、心が痛くなった。

 そんな過去があれば、確かにその言葉を嫌うのだってわかる。一緒に行動をするものを信用できないのだってよくわかる。——いや、よくわかるなんて言葉を使っては、いけないかもしれないな。


「——でも」


 ん?


「でも、クロムと出会って、そういう奴ばっかりじゃないんだって、そう思えた」


 そうか、それは良かったよ。


「だからさ」


「————?」


「もし——もし良かったら」


「なんだよ——」


「これからも一緒に居てくれますか——?」



 なんだそんなことか。

 俺は盛大に笑った。



「——なに『あたりまえ』のこと言ってんだよ!」


 俺は歯をむき出して、ニッコリ笑いながら、


「これからも、よろしくなッ!」


 ファルコと、右手と右手でがっしりと、顔当たりの高さで握手をした。ファルコは相変わらず泣き虫顔だった——。






 「あ、そう言えば」と、ファルコが口を開く。


「クロムは冒険者になった後、どこに行くかもう決めてる?」


 ああそれか。

 一応決めてはいるが——


「この大陸をすぐに出るつもりだよ。そのために冒険者の資格が欲しくて、この試験受けてるみたいなもんだし」


 俺たちのいる大陸は、魔物が湧いてもたいして強くはなく、人々が安全に平和に暮らせるようになっている。しかし、海の向こうの大陸は魔王の影響で魔物が強く、この大陸を出る船に乗るには冒険者の資格が必要であった。

 俺は、妹が「外の世界」にいると考え、外の世界に行くために冒険者試験を受けに来たのだ。


「そうなんだっ! 俺も海の向こうに用があるから、よかったら冒険者になった後も一緒に行かない?」


 そうか、冒険者になった後のパーティを一切考えていなかった。

 ファルコほどの実力者が同行してくれるのであれば、こちらとしてもありがたい。


 俺は、その言葉に、割と強めに同意した。

 そして、ここに「小さな約束」が結ばれることとなる。



 ああ、長かったな。

 やっぱり今日はぐっすり眠ろう。



 こうして、長い長い二日目が、ようやく幕を下ろすこととなる——。



★ ★ ★ ★



 時は少しさかのぼり、二日目の夕時。

 三人の受験生が、それぞれ二つの石をもって、目的地に到着した。


「ここにセットするのか?」

「へへ、案外チョロかったな」


 彼らは一切疲れていない様子だ。


 石の置かれた台が、それに合わせて光始める。

 ピコピコと言う不思議な音とともに、その機会には——


 ——大きな『×』が表示された。


「——は? なんだこ——」


 突然、彼らの持つ魔導書が光始め——そこには、第一試験の説明をした「ヴァイオレット」の姿があった。


「——え、どういうことですか」


「お前たちは全員『失格』だ」


「——は? なんでだよッ!」


「『配布した魔晶石以外での通過は不可』と、そう伝えたはずだが?」


「は? ちょ、どこにそんな証拠が——」



 その瞬間、彼らはどこかへと飛ばされた。


「——ふう、やれやれ。……ったく、偽物で通過できるほど甘くしちゃいねえよ」


 ヴァイオレットは、一人、大きくため息をつく。

 そして、元居た場所に帰ろうと魔導書を開いた時、彼女のインカムから声が聞こえた。


「——はい、ヴァイオレットです。……は? それは本当ですか——?」


 それは、別試験会場からの緊急の連絡だった。

 ヴァイオレットは険しい顔で考え始めた。


「——一体、この森・・・で何が起こっているんだ……」



 星者の森の静けさが、逆に恐怖心を煽っていた——。



※ ※ ※


【現在】

・一次試験通過者:0人

・クロム:魔晶石2個所持

・ファルコ:魔晶石1個所持

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