第11話「ファルコ」
ファルコは、頭上から見下していた。それは、恐怖で助けを求める表情とかではなく、単純に俺を見下す視線だ……。
「さあ答えろよッ! ほらッ!!」
男が再び、その荒々しい口調で煽る。
だが、ファルコは表情一つ変えない。一切動じていない。
しかし、完全に無視しているかのように思えたが、実際はそうではなかった。ファルコは宙につるし上げられた状態で、血を垂らしながらゆっくりと口を開いた。
「クロム、おまえを気絶させて、その後、おまえから石を奪ったのは俺だよ」
その言葉を聞き、男は、先ほどと同様、またニッコリと微笑んだ。俺は、その言葉にではなく、男の反応に対して苛立ちを覚えた。
男が拍手をしながら、上を見上げて言う。
「そう! すばらしい! そうだよね、うん! キミが正解だよ! それであってる!」
そして今度は俺の方を見ながら、
「そしてキミは、行動を共にした『仲間』に裏切られたってわけさ!! うん!」
男の言葉は、さっきから耳障りだ。
いちいち現状を解説する奴の行動は、ただの煽りにしか思えない。
「……おまえ、さっきからうるさい——」
「なあ、クロム、おまえは俺を『仲間』だと思っていたのか?」
「…………」
男に対し、発言をしようとすると、そこへ割って入ってきた声があった。ファルコだ。
「思っていたし、今でも思っている」
「そうか? 俺は最初から『仲間』とは思っていなかったけどな」
ファルコはそのまま続けた。
「俺は、『仲間』『仲間』って言葉を多用するやつを信じちゃいない。そういうやつは、必ず最後に、その『仲間』って呼んだ相手を裏切る」
「おまえが『仲間』って言葉を使って試験官に言い寄った時から、ある程度目星は付けていた。そして、一次試験の割り当てでまさかおまえと一緒になるとはな。——夢にも思わなかったよ」
「で、試験が始まって一番初めに出会ったのがおまえだった。——嬉しかったよ。まさかこの手でおまえを痛めつけ、おまえから石を奪うチャンスが、こんなにも早く来るなんてさ。……そう思って喜んだのも束の間、おまえは石を持っていなかった」
「『この期に及んで嘘で逃げようとしてんのか』『やっぱりクズだな』って思ったら、本当に持ってないし、なんなら無抵抗で『調べろ』だ? 笑わせるなよ——」
「……だから、俺はお前が石をゲットしたら、その石を盗んで逃げようって、そう考えた。————その結果が今だ」
ファルコは、表情一つ変えずに言葉を続けた。
そしてその言葉が終わると同時に、目の前の男はゲラゲラと笑い始めた。
「だーって、だってそうだよねー!?
狙っていた獲物を、目の前で
男の笑いは、一層狂気じみていた。
俺は、そんな男の姿に対し、無言で斬りかかった。
クワによるひっかきは、動きが遅いものの、リーチはそれなりにあり、男は一切動かないまますんなりと斬れた。
……おかしい。こんなにすんなりと攻撃が当たるはずがない。しかも一切よける素振りを見せなかった。
男は、首から下へ斜めに、クワのひっかき傷がついており、そこからじわじわと出血していた。男は、笑いながらそのままそこへぶっ倒れた——。
★ ☆
俺の心の中で、何かが渦巻いている。
もやもやした何かが、心の中で、ずっと。それをどのようにすれば開放できるのか、俺にはわからない。
ただ、「ファルコの言葉」には、何かが感じられない。そう、ここで使うのは違うかもしれないが、「真剣さ」が感じられない——。その違和感が、俺の心をモヤモヤさせていた。
俺は、ファルコに視線を合わせた。
「なんだよ、クロム——」
「俺は、おまえを信じている」
「——は? 何言ってんだよ」
「おまえは、俺の『仲間』だ」
「だからその言葉を——」
「待ってろ、すぐ助けてやるから」
俺は、ファルコのもとへ向かおうとした。
ファルコがそれを遮るように口を開く。
「……なあ、一つ聞いてもいいか?」
「なんだよ」
「なんでおまえ、ここに来た————さっきあいつが言っていたみたいに俺に仕返しに来たのか? それとも、何も知らずにノコノコとここへやってきたってのか?」
俺は一つ、大きなため息をついた。
「おまえが俺を裏切ったのは、最初から知っていた」
「じゃあ——」
「けど、仕返しをしに来たわけじゃない」
「……え?」
「……はぁ、俺はファルコに石をくれてやってもよかった。それはファルコとともに行動するようになって、初めから思っていたことだ」
「俺だって考えなかったわけじゃない。二人で初めて石を手に入れた時、どういう風になるのかを」
「……石を一つ持っていたファルコにとって、二人で協力して一人を倒し、石を獲得した後、俺から奪った方が楽だろう? だから、俺は石を奪われることくらい、覚悟していた——」
「なら……ならなんでここに来たんだよ」
「足跡だ」
「………は?」
「俺が倒れていた場所に、
「————そんなの、どうやって俺の足跡じゃないって見分けたんだよ。それと足跡だけじゃ来る理由に——」
「——……つま先歩きするだろ、ファルコ。昨日から足音が小さいから気になってさ、歩き方観察していたんだよ」
「それで、俺の見た足跡がかかとまでベットリついていたから、ファルコの足跡ではないな、って」
「俺が気絶していたのは数十分、その間に、あれほどほかの受験生に合わなかった森で、あの場所に大量の足跡があるなんて不自然だろ?」
「それに、折れた枝が周りに散乱していたし————」
「それで、気絶した俺を物色しに来た受験生か……あるいは、俺が気絶した後にファルコが誰かとここで戦闘になり、そのまま別の場所に移動したのか、と考えた」
「……それで俺を追いかけてここまで来た、と。ならなおさら——なおさらどうしてここに来た……」
「はじめは来るつもりはなかった。奪われただけならそのまま諦めた」
「じゃあ——」
「けど、『仲間』が——一度『仲間』だと思った相手が、戦闘でやられているかもしれないのに、助けに行かない理由なんてないだろう?」
「————ッ!」
な、
なな、
なんだよ、これ————
その時だ。倒したはずの男がむくむくと起き上がり、こちらをじっと見つめてきた。先ほどとは、何か様子が違った。
男はうっすらと笑みを浮かべ、そして口を開く。
「どうも、お初にお目にかかります。私は『ヒドラ』と申します」
その声、その雰囲気は、明らかにさっきまでの男とは違っていた。
★ ★
幼き頃、俺はこの世界に召喚された——。
もともとはこことは違う「別の世界」に住んでいたのだが、気が付いたらここにいた。この世界での初めての記憶は、知らない言語を話す斧を背負った男の姿だった。
そしてその後、売りに出され、結局買い手がつかずに捨てられたのは、幼い彼にも理解ができた。
幼い彼にとって、知らない世界の知らない言語、なぜこんな場所に来てしまったかすらもわからない状態で、知人すら誰もいないのは、心の底から不安でしかなかった。
そんな時、身寄りのない彼を拾ってくれたのが、「アルー村」の人たちだった。
「アルー村」は、「ハントラントの丘」辺境にある、魔物や魔獣と共存する、森の中にある村だ。そして、この村に住む多くの人々は狩人を生業としている。
魔物や魔獣の中には人語を理解し、手を貸してくれるものもいる。だからこそ、魔物や魔獣だからと言って、すぐに攻撃するのは良くないのだ。
村の風習として、髪を白銀に染め、ハヤブサのような足の速さから「ファルコ」と言う名前を与えられ、村の一員として認められた。
そして、成長し、言葉も理解した彼は、狩人として生きることを決意する。
師匠であり育ての親でもある「ホーク」は、兄弟子で彼の大親友でもある「ラビット」とともに、彼に狩人のイロハをたたき込んでくれた。……しかし、彼は狩人としての才能があまりなく、二人をがっかりさせることが多かった。
足音が小さいのも、歩き方の癖も、きっとその時の影響だろう。
そして、彼が修行の一環で外に出ていた時のことだった。
村の方から黒煙が上がっているのが見えた。
何か嫌な予感がして、そのまま村まで走った。
そこに広がる光景は、正に地獄絵図だった。
木々は燃え、家は崩壊し、魔物や魔獣たちは皆殺されていた。
中には、村の人の死体も——。
気が狂いそうになった。そして思いっきり吐いた。
一体何が起きたのか。別の魔物が荒らしたのか——にしては被害の特徴が複雑すぎる。と言うことは、誰か人間の仕業——
周りは火で囲まれ、よく見えなかった。
しかし、彼の目は確かにその姿をとらえていた。火の影に向かって矢を向けるウサギのフード、あれは間違いない、ラビットだ。
その時、ラビットは矢を放った。そしてその矢が飛んだ先の火が割け、そこに見えたのは——心臓を矢で貫かれた師匠の姿だった。
それからはよく覚えていない。
大親友だと思っていたラビットが、師匠を射抜いたこと。その後、奴が姿を消し、一連の騒動がラビットによる犯行だという話を、生き残った村の者から聞いた。
そして、ラビットが彼に対して「仲間」と言う言葉を連呼し、挙句最後は村そのものを崩壊させたということ。
彼は、「仲間」と言う言葉を憎むようになった。
この世界に来て、何もわからず不安の中、初めてできた「友達」がラビットだった。彼に言葉を熱心に教えてくれたのもラビットだった。
彼よりも圧倒的に、狩りの才能に秀でていたにもかかわらず、決して驕ることはなく、平等に接してくれた。
それなのに、それなのになぜ、ラビットは彼らを裏切り、しかも恩人であり二人の師匠でもあった「ホーク」を殺したのか。
彼は、何も信じられなくなった。
こうして彼は、ラビットに復讐を果たすため、それからどんな生き物でも蘇らせるという「賢者の石」を探すため、冒険者を目指すこととなる——。
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