~蜘蛛~

第10話「友達《フレンド》」

 二日目——


 現在は午前六時ごろ。

 早朝、早々と目を覚ました俺は、それよりも早くから目を覚ましていたであろうファルコを横目に、「こいつ寝たのか?」と言う疑問が心の内をよぎりまくっていた。


 そんなこんなで、俺たちは朝早くから目的地方面へと歩き始めていた。






「……そう言えばクロム、昨日試験官と何話してたんだ?」


「ああ、あれは……」


 道中、ファルコが何の前触れもなしに、ふと話しかけてきた。

 昨日、俺は転移の方法を教わった後に、個人的に試験官のヴァイオレットと話していた。おそらく彼はそれを見ていて、気になったのであろう。


 俺は、その時に話した内容を簡単に話した。


「……なるほど。——で、さっき言ってた『友達フレンド』ってのは? どうやってやるんだ?」


 俺は魔導書を開き、もう一度詳しく説明をした。


※ ※ ※


「ファルコ」と「友達フレンド」になった——


※ ※ ※


 ——もうそろそろ昼だというのに、一向にほかの受験生と出会わない。魔物はそれなりに遭遇するものの、周りには受験生の気配すら感じられない。


 広大なフィールドに50人だ。確かに遭遇率が低いのもわからなくもないが、これはさすがに出会わなすぎだ。もしかして、他の受験生たちはもうとっくに通過したのか? そうだとしたらさすがにやばい。


「まあ落ち着けって、そんなに焦っても仕方ないし、気長に待とうぜ」


 ファルコに慰められた。

 やっぱり相当焦っているように見えたかな。

 自分でも焦っていると思うから、そりゃ当然か。


 俺は一つ、大きなため息をついた。その時だった——



                    バサバサバサ————!!!!



 木を揺らし、大きな羽の音を辺りにまき散らして飛び去る鳥たち。それは空気の異常性を察知して飛び去ったようで、今は、俺たちですらその空間に対する違和感を覚えていた。

 何かが近くにいる。目には見えないし、どこにいるかすらもわからない。けれど、それが相当に「ヤバイ」存在だということは、本能的な直観で理解ができた。


 俺は一切身動きが取れなくなっていた。

 ファルコの方を向くことはできない、が、荒い息遣いから、恐らくファルコも同じ状態なんだろう。


 俺たちは、凍り付いたその空間から、一歩も動くことができなかった——




  ぎゃぁぁぁぁああああ————!!!!



                     バサバサバサ————!!!!


「————ッ!」



 誰かの叫ぶ声がすぐそばの、木々の奥の方から聞こえた。

 同時に、そちらの方から、またしてもついさっきと同じような羽ばたき音が耳を刺した。


 そこで、俺たちの金縛りは解けた。


 しかし、いやな予感がする。俺がファルコの方を向くと、彼もまた俺の方を向いていた。額にはびっしょり汗をかいている。だが、二人の考えが一緒だと、彼の反応を見て理解した。


 俺とファルコは、お互いに顔を見合わせ頷くと、そのまま声の聞こえた方向へと走った。



★ ☆ ☆



 ひどい異臭だ。


 そこに近づいた時、最初に感じたことはそれだった。

 生ものが腐ったような腐敗臭、それに混じったようにして腐卵臭ふらんしゅうが漂う。あいにく血の臭いはしないが、そのひどく鼻につく臭いは、俺たちの恐怖心と警戒心を一層強めた。


 そして、俺たちは、惨状があったであろうその場所へとたどり着いた。


「なんだ、これは……」


 木々に囲まれた空間に、ポツリと一つ、誰かがさっきまで着用していたであろう青色の衣服が落ちていた。そして、その下には、草が人の形のように黒っぽく変色していた。どうやら臭いはここからきているモノらしい。

 ……まさか、死んでいるのか?


 よく見ると、衣服の背中に当たる部分には、直径5センチメートルくらいの縦長の穴が開いていた。それはまるで、ナイフのような刃物で貫かれたような——。


 その景色から一つ引っかかることがあり、俺は深く考えた。そして、もう一つ、俺は重大なことに気づく。


「この服って、確か……」


 俺は、その衣服のポケットに当たる部分を漁った。

 そしてそこには、角の欠けた魔晶石が一つ、入っていた。


「なあファルコ、こいつって——」


 ブゥンッ————!!!!



 振り返ろうとしたその時だった。

 俺は後頭部に強い衝撃を受けた。


 だんだんと意識が遠のいていく。一体何が起こったのだろうか、と、考える暇もなく俺の意識は完全に途絶え——


「わるいな、クロム——」


 遠いどこかで、その声が聞こえた気がした——。



★ ★ ☆



 頭が、痛い。

 それに臭いがキツイ。


 俺の意識は、それらの要因によって呼び起こされた。


 俺はゆっくりと体を起こし、周りを観察した。

 ……隣には、さっき見た青色の衣服と人影、相変らず臭いはキツイが、そのおかげで魔物は寄ってこなかったのであろう。

 そして、アイテムは——一応リュック含めその辺はあるみたいだが、記憶の最後に拾ったであろうアレ・・だけが見当たらなかった。


 それに、そばにあったはずのファルコの気配すらない。

 最後に聞こえたあの声は、おそらくあいつの——。


 俺は、一つ大きなため息をついた。

 やれやれ、とそのまま諦めようと思った時、ふと、何かの足跡が複数目に入った。確かあの位置に、さっきまで足跡はなかったはずだが……。それに、この足跡は……。


 俺は再び状況を整理した。

 一体どれだけ眠っていたのだろうか。木に阻まれて陽の位置がはっきりとわからないから、そこから時間を予想するのも無理だし、何ならそこから正確な時間がわかるほどの知識俺にはない。

 それからファルコはどこに行ったのだろうか。


 今はその二つの情報だけが欲しい。


 俺は取り敢えず、地図を開いた。

 やはり、周りの様子からもわかる通り、俺はさっきの場所から動いていない。


 あ、そうだ。時計だ。時計を確認すればいいじゃないか。

 俺はすかさず「時計」と唱えた。



 ……ふむ、どうやらまだ15分くらいしか経過していないようだな。と言うことは、ファルコが移動していたとしてもそう遠くへは行っていない——いや、あの足の速さなら、どのみち時間による推理は無意味か——。


 俺はまた、深く考え込んだ。



 何か方法があるはずだ。考えろ。ファルコの動向を知る方法が、なにか。……数打ちゃ当たるか。

 そして、いくつか適当に唱えている最中、「友達フレンド」と唱えた時、魔導書は不思議な表示を示した。



『近くの友達フレンドを、地図に表示させますか?

 はい:いいえ』



 ビンゴ!


 指を鳴らし、心の中で叫んだ


 俺はすかさず「はい」をタッチした。すると地図には、黄色い●が表示され、その上には「ファルコ」と名前が記されていた。やっぱり、まだ遠くには行っていないな。

 地図を拡大すると、それは異常なスピードで縦横無尽に動き回りながら、徐々に移動しているのが分かった。


 この動き方からして、恐らくこれは最初に見た「駆け回り戦法」だ。と言うことはやはり・・・何かと交戦中ってことか。


 俺は何も考えずに、その方向へと走った。



★ ★ ★



 地図を確認しながら、とにかく走り続けた。

 その途中で、地図に表示されていた●が急に動きを止めた。

 戦闘は終わったのか? と考えながら走っていると、その●は黄色から赤へと変化した。

 直感的ではあるが、この色の変化、しかも赤、何か危機を感じた。

 それにさっきから蜘蛛の糸がうっとうしい。どれだけあるんだよこれ……。


 ——そんなことしている場合ではない。急げ俺。とにかく走れ。マズいかもしれない。頼む、間に合ってくれ——。


 俺はひたすら走った。目的地はもうすぐそこに見えていた。






 俺がそこに到着して、まず目に入ったのは「焚火たきびの跡」だった。おそらくここは、他の受験生の住処なのであろう。


 小さくキシキシと音が聞こえ、何か生温かい液体が頬をかすめた。その音の方を向くと、そこには——空中で張り付けにされ、どこからか血を流すファルコの姿であった。同時に、頭上に別の何かの気配を感じ、俺は咄嗟にかわした。


 そしてドゥンという鈍い音とともに、俺の目の前にそれは立っていた。



 すらっとした長身につり目、蛇のような長い舌を伸ばしながら、指先にナイフをひっかけてクルクルと回している気味の悪い男。確かこんなやつもいたっけ。

ファルコと戦っていたのはこいつに違いないであろうが、まさか、こいつがあの青い服の受験生を?

 いやしかし、最初に感じたあの異様な寒気は感じないが……。


 男は突然、表情はへらへらと、しかし残念そうに語り始めた。


「あらら、かわしちゃうかー。かわしちゃだめでしょー。かわすかー、あーかわしちゃまずいよなー、あー……。それは多分きっとそう、ダメだと思うんだけど、まさかかわしちゃうとは、あー……」


 発言がいまいちはっきりしていない。

 支離滅裂しりめつれつなその言葉と、男の態度。かわされたことに対してイラついているのか、ショックなのか、男は依然悲しそうだ。

 俺は、男のそんな態度に呆然としていると、男の表情が急に変化し、


「かわすなよッ!!!!」


 と大声で激高した。

 やはり、この男の考えが理解できない。


 俺は、あっけにとられて返す言葉が浮かばない。だが、それでも現状はファルコが危険だということ以外、変化はない。

 すると、男が今度は目を見開いて、再び先ほどのようにニヤつきながら口を開いた。


「おーっとおっと? おっとっと? 誰かと思えば、さっき気絶させられてた人だよねー? 違うかなー、違ったらごめんだけどさー……。多分きっとそうだよねー?」


「…………ッ!」


「驚くってことはさー? 図星ってことかな???? でもそうだとしたらさー、なんでここへ来たわけー? それは多分きっとそう、仕返しにきたんだよねー?」


「…………」


 この男の言葉は、すごく嫌な気持ちになる。

 ねっとりとした回りくどい言い方も、それに話の内容も——。

 ————「仕返し」、か。


「ねえ、聞いてるかなー? 聞かなきゃまずいよねー? なんで聞かないのー? なんで答えてくれないのさー。それとももしかして気づいてなかったー? それなら教えてあげるよー」


 そして男は上を向き、大声で言い放った。


「おーい、起きてるよねー? さっきから話、聞いてるでしょー? 自分で話したらー? ねえ、聞いてるー? おーい……」


 ……ファルコは、一切動かない。

 だが、


「おいッ!! 何か言ってみろやッ! この裏切者がよッ!」


 その一言が辺りに響き渡った途端、宙に張り付けにされていたファルコは、ゆっくりと目を開けた。その表情は、何かを見下すような、冷徹なモノのように感じた——。

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