第09話「ハヤブサ」

 鳥のさえずりや、風で樹木の枝葉が揺れるざわめきが耳に届く。

 俺は森の中、少し開けた所にいた。


「えー、聞こえるか?」


 俺が辺りを確認し始めてすぐのこと、魔導書から声が聞こえた。

 ヴァイオレットだ。


「気づいてはいると思うが、貴様ら全員、ランダムに森の中に転送されたはずだ……」


「ま、せいぜい頑張れよ。健闘を祈る。アデュー」


 そこで声は途切れた。


 さて、まずは現在地の確認だ。どれどれ……。

 なるほどな。森の中の割と南端側か。目的地は森の中央だから、そこに向かいながら魔晶石を集めなきゃならないけれど……。


 俺はリュックの中を漁った。取り敢えず現状を整理するために、それから作戦を練るために——と、そんなことを考えての行動であったが、それは予想外の出来事に気づくきっかけとなった。


「あれ、ない。ない……!」


 リュック脇の小さなポケット。そこにしまい込んだはずのソレ・・が、そこには入っていなかった。



★ ☆



 で、現在に至る、と言うわけだが——


 おいおいおいおい、どうなっているんだよ。よりにもよって「魔晶石」を無くした? そんな馬鹿な……。

 通過条件のアイテムなのに、無くしたなんて……。ここからどうすればいい……。


 この森には魔物が湧く。だから魔物を狩りまくれば、相当運が良ければ魔晶石の一つや二つ、落としてくれるかもしれない。だが、通過条件に必要な魔晶石は、最初に配布された石、しかも二つ。だから、魔物が落とした天然物じゃだめだ。

 それと、仮に魔晶石を持参していたとしても、それを通過に使うことは不可能だろう。


 さて、どうしたものか……。

 目的地まではそれなりに距離もあるし、なおかつ魔晶石を二つ集めなければ——つまり、受験生二人から魔晶石を奪わなければならないってわけだ。


 俺は魔導書を片手に、とぼとぼと歩き始めた。






 それなりに歩いたけれど、まだ誰とも、ましてや魔物にすら遭遇していない。

 近くで誰かが戦っている気配すら感じないし、俺ってやっぱり相当辺境に飛ばされた……のか?


 何かにつけて運がない。地図を頼りに歩いてはいるが、まったく目的地に近づく感じがしない。んー……。

 取り敢えず、俺はそのまま歩くことにした。

 そして、その道のりの途中、木々の隙間から光が差し込む神秘的な場所へと足を踏み入れた時のこと——。


 ザザザザザザザザ…………!!


 俺の回りを囲う木々が突然ざわめきはじめ、線描の何かが、俺を中心にして高速で駆け回った。それに呼応する形で、木々もまた、一層強くざわめく。


「な、なんだ……?」


 俺の視界には、その姿がただの線のようにしか見えず、その姿をはっきりととらえることはできなかった。だが、何かが高速で飛び回っている、異様な状況だということは、直感的に理解できた。そう、それはまるで「ハヤブサ」のような——


 そして、俺の回りを飛び回っていたそれは、俺が息を呑み込んだ瞬間、俺の体の上に重圧としてのしかかっていた。

背負われていた荷物は吹っ飛び、近くに散乱している。


「へへ、やっと見つけた。俺以外の受験生」


 それは、一人の少年だった。こいつも受験生の一人か。


 俺が体を起こそうとしたとき、俺の首元には冷たく輝く金属具が当てられていることに気付く。その金属具がナイフだと分かった途端、俺は、自分の首元からくる痛みにようやく気付いた——。


「お、よく見たらおまえ、昨日めちゃくちゃ目立ってたやつじゃん。しかも今日徒歩できたとか……。まあいい。さあ、命が惜しければ——ってのはルール違反だから、これ以上ケガしたくなかったら、おまえの魔晶石よこしなッ!!」


 やっぱり俺悪目立ちしていたんだなあ……。はぁ……。

 だがあいにく、俺はお前の欲しがっているモノを持っていないんだよなあ。それで俺もめっちゃ焦っているわけだが。


「……へっ、残念だけど、俺は魔晶石を持っていない」


「は? ——んなわけねえだろ!」


 信じてもらえないよなあ。

 そりゃ、このタイミングのこの発言は、ただの逃げでしかないからな。うーん……。

 仕方ない、か。


「おいおまえ! 本当にケガさせるぞ——」


「信用できないってんなら自分で確かめろよ。ほら、そこに転がってるだろ、俺の荷物。好きに漁っていいからさ」


 俺は、上の重圧に耐えながら、散乱する荷物を指さした。正直、本当にモノを持っていない俺には、こう言うしかない。

 でもやっぱり、俺の上に乗る少年は、その対応に対して多少困惑気味だ。


「お、おい、おまえ!そんなこと言って、スキを見て逃げるつもりだろ……」


 本当、魔晶石を持っていたら、嘘をついてでも逃げていたところだ。でも、本当に持っていないんだよ。

 この場合、抵抗したり逃げ出したりしたら、逆に怪しまれて追い回されることになるだろうし、今はそんなことをしている暇はない。


「逃げれるもんなら逃げたいさ……。けど、おまえが欲しがっている魔晶石を持ってないのに、俺が逃げ出したりしたらおまえ、また追いかけてくるだろ。俺としては無意味な争いなんだよ、それ」


「——……確かにな」


 このような状況でも、冷静に返す俺に、少年は納得する素振りを見せた。そして少年は、俺に当てていたナイフをしまい、俺の上から離れた。


 少年は、俺の方を少しだけ警戒しながら、散乱した俺の荷物を物色し始めた。そして、「なんだよこのアイテムの量!」とかブツブツ文句を言いながら、しまいには「本当にないじゃん」と、無表情で驚いていた。


 少年は俺の方を振り返る。

 俺はすかさず両手を広げ、無抵抗であることを証明しつつ、


「なんの真似まねだ——?」


「いやだって、おまえ、調べるんじゃ——」


 彼が物色しやすいような姿勢を取った——。


「ぷっ、ふっはっはっはっは……!」


 少年は突然大笑いをし始めた。

 何かおかしなことをしたか、俺。


「どうした——?」


「俺の負けだよ。素直かよ、おまえ。信じるよ。信じてやる」


「え、なんで——」


 少年は、なぜかとても笑顔だった。

 俺には、その理由と、彼の言う言葉の意味があまりわからなかった。


「だって、他の受験生相手にそんな潔くいられる奴なんてそうそういねーぞ。それに、おまえには逃げるチャンスもあったはずだ。——と言うよりわざと逃げるチャンスを与えた。それなのに、おまえは一切逃げる素振りを見せなかったし、挙句自分から『調べてください』だなんてさ、もう笑うしかねーよ。まあ逃げたところで、確実に捕まえてたけどな」


「だから、本当に魔晶石持ってないん——」


「わかったわかった、わかったって」


 少年は、今もなお笑い続けていた。



★ ★



 不思議なことに、成り行きでこの少年と行動を共にすることになった。


 少年は、名前を「ファルコ」と名乗った。


 職業は盗賊で、さっきも見たように足がとてつもなく速い。そのため、先ほどのような「駆け回り戦法」を得意としているようだ。しかし、あれほど豪快に騒音を立てた戦法を見せておきながら、不思議なことに、足音はとてつもなく小さい。きっと盗賊としてのスキルか何かだろう。


 見た目は俺より背が低い、およそ165センチメートルくらいだと思われる背丈からは想像もできない重圧で押さえつけられたがあれは一体……。髪は銀色で瞳は紅がかった黒。

 それと、身軽そうな服装に、肩には「鳥」のような模様が刻まれている。そして最も特徴的なのは、なんといってもそのマフラーだ。首元に赤い色のマフラーが巻き付けられており、素早い動きに乗って宙をなびいている。


 そんな少年、ファルコが、先ほどの一件の後、俺の後をぴったりとくっついてきた。 


「おい、なんでついてくる」


「だってクロム、面白そうだし」


 だそうだ。まあ、何を考えているのかはわからないが、感覚的に悪い奴には見えないし、まあ良しとしよう。


「そう言えばクロムよー、なんで魔晶石無くしたんだ?」


「ああ、この森に入ってすぐ、気づいたらなかった」


「ん? それは誰にも会わずにってことか?」


「そう、だからどこかで落としたか、転移中に手違いで消えたのかなって」


「……ちょっと待て、こっちに転移する前、誰かと接触したか?」


「うーん、どうだったかな……。——あ、接触ってほどでもないけど、飛ぶ前に『青い服の受験生』とぶつかったっけ」


「そいつだな。クロムおまえ、試験始まる前に石盗まれてるぞ」


「……は? それマジ?」


「ああ、同業者の勘だけど」


「うーん……」

(でも確かに、言われてみればそれが一番しっくりくるかな)


「まあ、ドンマイドンマイ!」


「……そうだな。あっ! スライム。倒すか——」


「いやまって、まずは様子を見てから……」


 と、このように俺たちは、道中他愛もない会話をしつつ、魔物と遭遇したら魔物を倒し、しかし他の受験生とは一切遭遇しないまま、気が付くと陽が落ちていた。




 森の中の、大木たいぼくの根元に若干の空洞がある、少しだけ開けた場所。今夜はここを寝床にしよう。

 俺たちは焚火たきびを囲い、それぞれ持ち物をまとめた。

 よし、それじゃあまずは腹ごしらえだ。


「なあファルコ、何か食い物持ってきていないか?」


「いや、持参はしていない。道中狩った物で食いつなごうと考えていたし、そもそも今夜は何も食べるつもりはなかったから……」


「じゃーいいや」


 なんだよこいつ、断食でもしているのか。

 まあ、どちらにせよ食料は多く持ってきていたし、問題はない、か。

 俺はリュックから、植物の種を数粒取り出した。


「ん? 種なんか食うのか?」


「まあ見てろって」


 そして、近くの土を持っていたクワで軽く耕し、手に持っていた種をそこに蒔いた。そして、またまた持参していた水を数滴だけ垂らした。


「え、まさか——」


「その『まさか』です——」


 すると、たくさんの植物が見る見るうちに成長し、たくさんの果実を実らせた。

 それにはファルコも驚いて、目が点になっている。


「光もないのに……、しかもこんな一瞬でこんなにたくさん……。種だって数粒しか蒔いてないでしょ?」


「俺の『スキル』は、光なんて関係なく植物を育てる。それに、種一粒で数個の植物が生えるし、水だって数滴で足りる」


「それが、さっき言ってた『農家のスキル』ってやつか……」


「そう」


 俺は、実った果実を一つ一つ手に取ると、それらを近くに落ちていた木の枝にさした。そしてそれを焚火であぶり、そのまま頬張る。


「…………うん、やっぱり野菜はそのまま炙って食った方がうまいな」


「…………」


 俺がうまいうまいと頬張っていると、ファルコがもの惜しげにこちらを凝視していた。


「ん? 食いたい? やろうか?」


「いや、俺は——」


 グ————…………


 俺の言葉を拒むのとは裏腹に、腹は正直なようだ。なんだ、やっぱりほしいんじゃん。ファルコは赤面していた。

 俺はそんなファルコの姿を見ながら、微笑んだ。

 そして俺が「はい」と渡すと、ファルコは無言でがっつき始めた。相当腹が減っていたようだ——。


 食事も終え、時間もいいくらいになったし、そろそろ眠るとしようか。


 俺たちは焚火たきびあかりを消した。

 昼間遭遇した魔物の雰囲気からして、ここに生息する魔物はそれほど強くはなさそうだ。だから、寝込みを襲われてもきっと対処はできる——と思う。


 問題は他の受験生だが、こういう場合、奴らも同じことを考えて動けないだろう。なら、それに乗っかって俺は寝るとしようか。


 ……と言う持論をファルコに話したが、彼は警戒心が強いようで、「安心して眠れるかっ!」と言い返されてしまった。それもそうか。仕方がない。ならいいさ、俺だけ眠るとしよう。

 俺はそのまま瞳を閉じた。



………


……




 ……やっぱり眠れないや。


「ねえ、ファルコ。起きてる?」


「ああ、起きてるよ。どうした?」


 ファルコはしっかりと起きていた。さすがだ。


「ファルコさ、おまえ。俺についてきた理由、面白そうだからってわけじゃないだろ?それだけの理由でついてくるなんて、普通おかしいだろ」


 俺はファルコの方を見て話しているわけではないので、ファルコがどんな顔をしているのかわからない。けれど、きっと悩んだ顔をしているんだろうな、と思う。


「『普通おかしい』か。……確かにおかしいかもしれないね。……そう、クロムの言う通り、それだけの理由でついてきたわけじゃないよ。——と言っても、面白そうだなって思っているのは事実だけどね」


 ファルコの声は、以前よりも落ち着いているように感じた。

 俺はそれに対し、質問を繰り返した。


「じゃあなんで?」


「それは、クロムがとんでもなーく仲間想いなんだなって——信用できるかもしれないなって、そう思えたからだよ」


 俺は彼が何を言っているのか理解ができなかった。

 彼と会話をして、最初からずっと思っていることだが、一回一回理解ができなくなることがある。俺はその真意を確かめるとともに、再度質問した。


「どういうこと?」


「ほら、説明会の時。クロムって、あのごっつい試験官に、『仲間を試験に出させてほしい』って懇願してたでしょ?」


「挙句最後は吹っ飛ばされてたけど……諦めてなかったじゃん。あんな強そうな、怖そうな相手にさ。……まー実際強かったし怖かったけど、自分のことならまだしも、他人のことであれだけ必死になれるってすごいよ」


 そうか、そういうことか。

 でもあの時は必至で、自分でもそれどころじゃなかったし……。


「それに今日だって、最初集まった時はただの馬鹿だと思ってたけど、実際対峙たいじしてみて、クロムはとても素直で真っ直ぐな人なんだなって、そう思った」


 そんなことを言われたのは初めてだ——


 昨日と今日を振り返って、俺はただ必死で食らいつこうとしていただけだ。それは、「冒険者になる」ため。妹を見つけ連れ戻すため。そのために、そのためだけに、必死になって食らいついていただけだと思っていた。


「だから、俺はクロムを信じて——、クロムについて行こうって決めた」


 俺は★★で「農家」だ。

 普通冒険者になろうって奴は、★★★以上かそれ相応の職業についている奴だ。だけど、俺はそのどちらにも当てはまらない。


 電照板で個人情報ステータスが載った時、受付の女が困惑した顔だったのは、おそらく俺が弱かったから。でもだからこそ俺は、弱さを隠し、カバーしながら、常に必死に生きていた。


 それが、巡り巡って、こんな形で自分自身に繋がるなんて。



 俺は、ファルコに背を向けながら、ひっそりと涙を流した。


(仲間、か……)


 そしてファルコもまた、心の内で何かを思うのであった——

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