冒険者試験 ~開幕~

第08話「星者の森」

 マズった、どうしよう——。


 一次試験が始まってまだ数分しかたっていないけれど、俺は窮地きゅうちおちいっていた。一次試験の通過条件である「魔晶石」を、開始早々紛失した。


 まだ誰とも接触していない……ましてや、こんな広大な森の中、始まった瞬間にほかの受験生とエンカウントする方が珍しい。盗まれた訳じゃないってことはつまり、俺は最初に配られたはずの魔晶石を、開始早々無くしたってことになる。


 やばい、どっちにしろこれは完全に詰んだ——。



★ ☆ ☆



 宿泊棟、203号室——


 俺は疲れが溜まっていたのか、ぐっすりと眠り、気がついたら日が昇っていた。

昨日ポールに頼んでおいてよかった。ポールが起こしに来てくれなかったらまず間違いなく寝坊していたところだ。


 時間はまだだいぶある。俺はのんびりと身支度を済ませた。


 昨晩、冒険の書(仮)に伝達があった。俺はBブロックに分けられて、試験会場は確か「星者の森」だったか。

 それと驚くことに、昨日ポールの冒険の書(仮)にも伝達が来た時に中身を見せてもらったが、そこにはまっさらなページしかなかった。つまり、自分以外には読めないようになっていたんだ。すげー。

 まあ、その後どのブロックか聞いたら、ふつーに別ブロックでショックだったけどな……。


 確か地図も同封されていたはずだけど、えーっと……、


※ ※ ※


『首都アルグリッド郊外、冒険者ギルド保有区画、「星者の森」……、所在地は……。また、他の者に試験会場を口外することを禁ずる……』


※ ※ ※


 おっと危ない危ない。

 試験会場の場所は口外厳禁だったな。ポールが昨日言っていたっけ。取り敢えず、この場所だと歩いてそこそこの距離だし、そろそろ出発するとしよう。


 俺はポールの部屋へ行き、暢気に準備をするポールに声をかけ、一人、先に目的地を目指した。あの時のポールの不思議そうな顔が、まさかこんな展開を生むとも知らずに——。






 結構遠いな……。

 街を抜け、けもの道を進む。そして俺は今、猛烈に後悔していた。


 張り切りすぎて荷物を多くしたことが裏目に出た。と言っても、食糧と植物の種、それから、説明するのがめんどうくさいものがたくさん——まあ色々とだ。

 これでも荷物を少なくしたつもりだったけれど、やはり初日は馬車だったから余裕に感じてしまった。

 歩きと言うことを想定してがっつくのを抑えた方がよかったな。


「はぁ、星者の森……遠くないか……?」


 弱音のつもりでポロリとこぼれた言葉のつもりだった。

 しかし、それが思いもよらぬ事態を呼び寄せる。


「セイジャノモリ……! セイジャノモリ……!」


 俺のリュックに入っていたはずの、

 宝石の付いたその本は、突然大声を上げ始めたのであった。



★ ★ ☆



 冒険の書(仮)は、何かと多機能なようだ。


 俺は声を発し始めたその本に驚きつつ、それを開いてみた。するとそこには「星者の森」に関するありとあらゆる歴史、情報が記載されていたのだ。


 どうやらそれは、俺の「星者の森」と言う単語に対して反応したようだった。考えてみれば、「口外の禁止」と言うワードに縛られて、俺が「星者の森」と言う単語を発したのは今が初めてだ。まさかとは思うが、これも運営の策略か……。だとしたらとてつもなく意地くそ悪い。


 だが、まあ、情報が収集できることはラッキーなので、ありがたく頂戴しておこう。


 ふむ、なになに……、



※ ※ ※


【星者の森:歴史】

 かつて隕石が落ちたと言われる場所。

 その隕石を天からの贈り物と考え、かつての人々は「星空せいくう教」と呼ばれる宗教を信仰した。これは、現在多くの地域で信仰されている「正教」の前身となる宗教である。


 そして、この場所には神殿が建てられ、それは時代とともに廃れ、今では遺跡として遺っている。その遺跡を円形に囲むようにして、木々が広範囲に自生し、今の形となった。


 現在では、野生の魔物が住み着くようになってしまったため、冒険者ギルドによって管理されている——


※ ※ ※



 なるほど。

 つまりは聖地と言うわけか。それに魔物も湧く——。

 説明の下には地図が描かれており、俺はそれに触れた。すると、


『保存しますか?』


 と言うテキストが浮かび上がった。

 俺は恐る恐るそのテキストに触れると、浮かび上がったテキストが消え、代わりに『保存資料から閲覧できます』と言うテキストが浮かび上がり、すぐに消えた。


 まさかと思い、俺は「保存資料」と言葉を発した。すると冒険の書(仮)のページが切り替わり、そこにはさっきまで見ていたはずの地図が、「星者の森:地図」と言う言葉がつづられた状態で描かれていた。


※ ※ ※


【星者の森:歴史】と【星者の森:地図】を手に入れた——

『操作方法:保存資料』を覚えた——


※ ※ ※


 こんな便利機能があるなんて聞いていないぞ。

 運営め、知識の有無と運の有無も試験の判断材料にしているということか。こんなんなら昨夜のうちにもう少しいじくりまわしておくべきだった——。


 と、まあこんなことは良しとして、もう一つ気になることがある。さっき星者の森が突然、冒険の書(仮)に表示されたことだ。あれは一体なぜだ? まさかと思い、次は「アルグリッド」と言ってみた。

 ……しかし反応はない。もう一度「星者の森」と言ってみよう。……しかし、反応はない。


 ——は?


 どうなってんだよ。なんだよ、これ。

 なんでさっき出てきたのに出なくなったんだよ。


 俺は言い方の問題かと思い、色々な言い方に変えてみた。今思えば、はたから見たらあの姿はとてつもなく恥ずかしいものだったと思う。




 ……ぜぇ、ぜぇ。



 何をしても無理なようだ。


 一回限定だったのか……いや、そんなことはないはずだ。俺は考えた。そしてふと、あることを思い出す。さっき地図の絵を保存し、それを再び閲覧したときは「保存資料」と言った。つまり、この本で何かをするためには、まず始めに目的となる「コマンド」が必要となる……のだと思う。


 俺はいろいろと試した。「アクセス」「調べる」「探せ!」など……。しかしどれも、それっぽい変化を見せない。だが、その中で「検索」と言う言葉を放った時、本に明らかな変化が見られた。

 俺はその反応に手ごたえを覚え、「アルグリッド」と続けた。するとそこには、アルグリッドの歴史やら地図やらが描かれ始めたのだ。


 成功だ。やっぱり予想は間違っていなかった。



 俺はこうして、またしても新たな「操作方法」を覚えた。


※ ※ ※


『操作方法:検索』を覚えた——


※ ※ ※


 冒険の書(仮)の操作方法を探るのに夢中になりすぎて、すっかり時間を忘れていた。

 そう、ちょうど操作方法の「時計」に気づいた時に、本に時計が表示されて、今の時間に気が付いた。もっとも、体内時計には自信があるのでこの機能はそこまで重要ではないが……無いに越したことはない。


 それと、もう一つ。時計が表示されたのと同時に「『常時』にしますか? はい:いいえ」と言うテキストが表示された。そのテキストの「はい」に触れると、全部の見開きページ右上に「時計」が表示された。


 俺はもしかしてと思い、「時計:常時:解除」と言う。すると、全てのページから「時計」が消え、最初のページだけとなった——。


※ ※ ※


『操作方法:時計』を覚えた——

『操作方法:常時』を覚えた——

『操作方法:解除』を覚えた——


※ ※ ※


 やっぱりそうか——って、こんなことしている場合ではない。


 俺はその本を無理やりリュックにねじ込むと、そのまま目的地へと走っていった。



★ ★ ★



 定刻2分前——


 けもの道を抜け、開けた道を進むと、舗装された道へと出た。そして、巨大な石造りのバリケードが見えてきて、それに沿ってぐるりと回る。そこでようやく俺は、目的地となる入口に到着した。


 危なかった。思ったよりも遠いし、何より荷物が多かったのと、道中で好奇心に負けた。俺はもう、試験が始まる前からヘロヘロだった。


 周りにはすでに多くの者たちが集まっていた。当然か。遅刻する奴なんているわけないよなこんな日に——。でも妙だ。ここにいる誰ともすれ違った気がしない。結構早めに出たはずだぞ、俺。


 何人かに追い越されたとしたら気づくはずだ。こいつら、一体どんなルートでここへ来たんだ。


 どうやら、周りの奴らは俺のことが気になるみたいだ。俺がここへ来た瞬間、周りの視線が一斉に俺に集まった。きっと、昨日ので悪目立ちしすぎたな。ポールにも言われたし。はあ……。


 そんなことを考えていると、例の定刻が訪れた。


 そして、俺たちの目の前には、さっきまで気配すら一切感じなかった、巨大な大剣を持つ、高身長で筋骨隆々な、胸元が大胆に露出したセクシーな格好の女の姿があった。


「時間だ——これ以降、ここへ来た者は失格とする」


 その見た目に反し、声は可愛らしかったのが印象的だった。

 どうやら第一試験の試験官はこいつのようだ。どのような人なのだろうか。何となく「アマゾネス」感もあるが、面倒でなければ良いのだが。


「まずは自己紹介から。今回、貴様らの一次試験の監督を務める、ヴァイオレットだ。職業は……一応戦士で通している、よろしく。さて、それではさっそく説明を——ん?」


 女、ヴァイオレットが口を開いたかと思いきや、突然歩き出した。

 一体何が起きたのかと、その動向を追うと、それは俺の目の前でぴたりと止まった。


 ——え、俺?



「貴様、なぜそれほど疲れている……?」


 俺がびっしりと汗をかいて、息を切らしている様子を不思議に思ったのか?

 なぜかって、そりゃ遅れそうになったから——


「遅刻しそうになったので……走ってきました」


 ヴァイオレットはその発言を聞くと、一瞬不思議そうな顔をしたが、すぐに納得した表情を見せ、大笑いしだした。


「はっはっは! 貴様、さてはバカ《・・》だな?」


「…………は? それはどう言う——」


「まあいい、あとで魔導書・・・を読み込んでおけ」


 ヴァイオレットは、呆れ顔と笑い顔を混ぜたような表情で、元の場所へと帰っていった。

 俺は、訳も分からず煽られただけか——。まあ、今のであいつの印象が最悪になったことだけはわかった。



※ ※ ※


【一次試験】

・受験生全員には「魔晶石(レプリカ)」を一つ、配布する

・自分以外の受験生から、魔晶石(レプリカ)を一つ以上奪う

・期間を、本日の正午から五日後(8月21日)の正午(五日間)までとし、魔晶石(レプリカ)を二つ持った状態で指定された場所に到達することが、一次試験の通過条件

・配布された魔晶石以外での通過は不可能

・五日目を過ぎ、条件を達成できなかった者は失格


※ ※ ※



 魔晶石を二つ、しかも配布されたコレ・・を、か。

 つまりこの試験は、受験生同士の戦闘を誘発している。と言うよりそれが醍醐味、と言うことか。


 魔晶石とは、この世界において最も貴重とされる宝石の一種で、これは世界の常識となっている。これは観賞や装飾品の素材としても美しいのだが、もう一つ別の使い方がある。それは、魔法の媒介にする、というものだ。


 簡単に例を挙げて説明すると、「強い魔法を唱えられなかった人が、この石を持つことでその魔法を唱えることができるようになる」というものである。そのため、この石は魔法使いを中心に多くの武器や防具、あるいはアクセサリーに組み込まれ、価値の高いものとされている。


 また、もう一つの特徴として、「持つ人によって次第に色が変化する」というものがある。つまり、所持者によって魔晶石の色が変わるということだ。そのため、盗難されたとしても、色を判断することで足が付きやすい。


 そして、これほど有用性が高い宝石のため、取引でも重宝される。噂だと、どこかの貴族か金持ちが独占しているとかしていないとか。


 ……だが、俺自身、この石にはもう一つ別の用途が存在しているため、それを理由にあまり好きではない。


 ——が、今回の試験では魔晶石を使うらしい。「高価なものをよく使わせるな」と思いきや、やっぱりレプリカ、偽物だ。本物の石で、これほど透明なものはまず出回らないし、価値もバカみたいに高いしな。


 しかもよく見ると、俺に配られた魔晶石、角が少し欠けている。これを理由に通過できないとか言われたらたまったもんじゃないぞ——。



 それとこの女試験官、さっきから気になってはいたが、仮冒険の書のことを魔導書と呼んでいる。最初てっきり何のことなのかぴんと来なかったが、やっぱりこの本は魔導書と呼んだ方が適任かもしれない。現に、運営もこの呼び方をしているわけだし。


 と、そんなこんなで説明は終了し、いざ試験会場に向かう流れに——と思いきや、ヴァイオレットが青色・・の魔導書を手に取り、大声で言い放った。


「それでは、各自ここへ来たように——」


 そこで、ヴァイオレットは俺の顔を見た。俺は「なんかしたか? 俺」と言うよう雰囲気であからさまに動揺した。


「そっか、貴様だけ知らなかったんだな」


 ヴァイオレットは再び笑い始めた。


「いかん、思い出し笑いをしてしまったぞ……」


 思い出し笑い、だと?

 全員知っていて俺だけ知らないっていうさっきの話か。

 俺だけはじき者にされているこの感覚、めちゃくちゃ不愉快だ。


「まあいい、貴様のためだけに、私が丁寧に初めから説明してやろう」


 この含みのある恩着せがましい言い方も、イライラする。が、聞いた方が俺のためになりそうだ。


「昨日の伝達文言の一文に書いてあったとは思うが、この魔導書には『転移』機能がある」


「え、それはどういう——」


「取り敢えず、まだ試験開催まで時間があるから、魔導書を手に取ってから『転移:アルグリッド』と唱えてみろ」


 俺は言われた通りに実行してみた。すると——


 体から白い光があふれ、それが線となり、体が上空へと引っ張られた。そして、気が付くとそこは、冒険者ギルド本部の転送陣の中だった。いや、正確にはその隣の、 もう一つ別のよく似た場所だ。


「おう、ついたか?」


 その時、魔導書から声が響いた。

 俺はあっけにとられ、唖然とする。しかしヴァイオレットはそんなことお構いなしに、次から次へと指示を飛ばす。


「いいか? そこはギルドの転移門・・・だ。何かあった時に、さっきみたいに唱えりゃそこに着く。緊急時にはそれを生かせ。……さて、そろそろ戻って来てもらおうか。次は『転移:第一試験会場』だ」


 俺は、言われるがままにそれを唱え、さっきと同じ工程を踏んで、元の場所へと戻っていた。


 はあ、つまりこういうことだ。他の全員は一切歩くことなく、転移で試験会場に来ていたわけだ。さっきのポールの不思議そうな反応と、来る途中にほかの奴らと会わなかったこと、俺が会場に来た時に集めた視線も、つまりはそれを裏付ける証拠。俺が無駄に疲れただけじゃないか……。


 俺のそんな反応を見て、ヴァイオレットは「やっと気づいたか、バーカ」と言わん 顔で涙混じりの大笑いを見せた。

 あーあ、はっずかしいなあ——。

 俺は赤面し、歯を食いしばって俯いた。






「——あ、それとこれは冒険者になった後に配布される魔導書では乱用不可能なので注意するように」




※ ※ ※


『操作方法:転移』を覚えた——


※ ※ ※



 とまあ、ちょっとした茶番劇を終え、そしていよいよその時が訪れた。


「じゃあ、全員魔導書を開け」


 俺たちは、片手に魔導書を開き、準備をした。

 その時後ろから「おっとすまねぇ」と青っぽい服の受験生が軽くぶつかってきた。俺はそこまで気にせずに、そのまま指示を待つ。


「よし、開いたな。それじゃあ各自ここへ来たように『転移』と唱えろ。そして、鐘が鳴ったら『星者の森』と……おっと、焦って唱えてもいいが、まだどこにも飛ばないから注意しろよ」


 そして言われるがままに俺たちは「転移」と唱えた。


 一人の受験生が早とちりをし「星者の森」と唱えたが、ヴァイオレットはすかさず警告に入るし、やっぱり見透かしていやがる。


 ほんの少しだけ、沈黙が流れる。片手に魔導書を広げ、その体制で立つ俺たち。風の音がよく聞こえた。緊張が走る——。



ゴーーーン————!!!!



 その瞬間、試験開始の鐘の音が、大きく鳴り響いた——


「はじめッ!!」


「「「星者の森ッ!!」」」


 俺たちの体は、先ほどのように、それぞれが光となって、そして消えた——。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る