第12話「速さの先に——」

 まるでゾンビのように起き上がった男。

 「ヒドラ」と名乗ったその男は、明らかにさっきまでのソイツとは雰囲気が違った——。

 確かに、倒したとは思っていなかったが、さっき与えたはずの傷がなくなっているのはどういう事だ。


 俺は沈黙を浮かべ、少し考えた。


 と、頭上から大声が聞こえた。


「クロム——ッ! そいつは……そうなった・・・・・そいつはやばいッ!」


 さっきまで無表情で、俺に対し暴言に近しい言葉を吐いていたファルコとは打って変わって、彼の表情は恐怖でこわばっていた。



 男は依然、丁寧な態度で俺にお辞儀をする。

 さきほどまで長い舌をベロベロと出していた姿はなく、今は冷静沈着な面持ちだ。まるで別人のような——



 ヒュッ————



 風を切る音が耳に届いた時にはすでに、そいつは俺の間合い数センチメートルの距離にいた。

 咄嗟に俺は、身をひるがえして距離を取ろうと努力する。しかし、その行動の先には、奴の姿があった——。



 なんと言う速さだ————



 このスピードはおそらく、ファルコ以上だ——。


 目視ではとらえられない。

 かと言って、別の方法で動きをとらえることは難しいだろう。

 しかし、ヒドラが攻撃を仕掛けてこようとする素振りは見受けられない。ただ単に、スピードで俺を翻弄しているような、もてあそばれているような感覚だ。


 やつは顎に手を当てて頷きながら、俺を物色している。

 そして俺が動こうとすると、途端に嫌な顔をする。


「あ、まってまって、あまり動かないでほしいですね」


 どうやら俺を観察することに専念している様子だ。目的は一体何だ——。

 俺はすかさず、武器を構えた。


 さっきまでとは違い、異様な空気だ。

 そう、まるで、青い衣服を見つける前に感じたあの感覚・・・・に近い。あのおぞましい、体が動かなくなるくらいのぞっとした感覚——。

 そしてやつは、またしても不敵な笑みを浮かべ——


 ジャギンッ————!!


 瞬間、俺は背後から攻撃を仕掛けられた。

 今まさに、正面に見えていたはずの影は残像となって、一瞬で背後に回り攻撃を仕掛けたのだ。俺は本能的と言うか、奇跡的にそれを察知し、背後の攻撃をクワで防いだ。


「すごいですね。今のは当てるつもりの攻撃だったのですが——」


 言葉を吐きながら、しかしその言葉の途中で姿が再び消える。

 そしてまた、今度は左方向から攻撃を仕掛けられる。


 い、いってぇ…………


 ——今度のはしっかりと食らってしまった。左腕に、ナイフで切り傷が——しかし、傷口は思ったよりも深くはない。


「ふむ、『三分の二だと当たる』、と——」


 そして再び攻撃が——


 ジャンッ————!!!!


 しかし、今度のは防ぐことに成功した。


「『二分の一』なら防がれる……と。

 ある程度あなたのことが分かってきました——」


 こいつ、俺の身体能力をテストしているのか——?

 さっきから攻撃を当てに来ても、その傷は致命傷にすらならないかすり傷レベルだ。こいつは俺を殺す気が、ない……のか?


「それでは、次は『耐久』です——」


 そう言うと、やつは先ほどの「一瞬速くなる状態」ではなく、「常に高速移動」を始めた。その動きはまるで、ファルコの「駆け回り戦法」の地上版ようだ。



★ ☆ ☆ ☆ ☆



「さあ、いつまで耐えられますか?」


 高速移動を繰り返し、俺の回りを駆け回る。そして、持っているナイフで俺にダメージを与えつつ、それを繰り返す。しかし、やはりそのダメージのすべては致命傷にならない程度のものばかりだ。


 だが、それらのダメージが蓄積すると、さすがのかすり傷でも体に限界は来る。

 それにさっきやつが言っていた「二分の一」と言う言葉。あれはつまりその倍のスピードまで出せるという意味を込めた発言だ。そして、今のスピードはきっと「二分の一より少し速いくらい」だろう。ギリギリのスピードで体力の消耗を抑えつつ、俺のギリギリを調べに来ている。

 こいつ、戦闘慣れしていやがる。


 俺の体は血まみれでボロボロだ。

 そんな満身創痍の状態で、俺はファルコの方を見上げた。

 ファルコの表情は依然、泣き出しそうな、こわばった表情だった。


「——なんで、なんで逃げようとしないんだよッ!」


 逃げる? そんなことはしないさ。


「俺はお前を裏切ったんだぞ!?」



 ああ、知っている。

 でも、俺は逃げるつもりはない。


 俺は攻撃を受けながらも、身構えて上を向き続けた。

 そして、その攻撃は一層強さを増し——



 俺の体は、身構えるのをやめた。






 力が抜けていく。

 どうやら限界が近いようだ。


 遠くからファルコの声が聞こえるけれど、ノイズが入っているようで何を言っているのか分からなかった。耳のよさには自信があるのに、少し残念だ。


 俺の意識は、一本の線のようなもので繋がっていた。それは少しの衝撃で、プツリと切れてしまうような、そんな曖昧でもろいものだ。


 俺はここで死んでしまうのだろうか。そんな感情と、マナに対する後悔、それからロゼッタの分まで頑張ると誓ったことへの罪悪感が、心の内を覆った。

 にぃちゃん、だめだめだな——。心の中に、その言葉が浮かんだ。


 そして俺は、朦朧もうろうとする意識の中、頭上を見上げ、


「お前からもらった言葉のすべてが——『嬉しかった』」


 俺の表情は、全てを捨てきったような、安心しきったものだった——。



★ ★ ☆ ☆ ☆



 視界が真っ暗だ。


 どうやら俺は意識を失っているらしい。いや、もしかすると死んでいるのかもしれない。まあどちらにせよ、あまり良い状態ではないってことに変わりはない、か。


 そう言えば、今思えばやり残したことが多いような、そんな気がしなくもない。よわい16の俺にとって、「死ぬの速すぎじゃね」っていうこと以外の後悔と言えば、やっぱり妹のことかな。


 正直、妹はもうすでに死んでいるんじゃって、そんなことを考える時もあるっちゃある。そりゃ、考えるなとか、不謹慎だとか、そういう気持ちはもちろんあるけれど、俺だって弱音を吐くことはある。だからこそ、この先の道に妹が、マナが居ないといいのだけれど——。


 それから、ロゼッタ。

 俺のせいでケガをしたあいつに、試験を受けられなかったあいつに、どう返そうか迷っていたけれど、結局俺も合格できずに死ぬんじゃ、本当の意味でなにも返せそうにないな。


 村のみんな、それから母さんにひいばあ様、妹を連れ戻せなくてごめんなさい。あの日、妹を連れ帰ったあの日から、俺と村との時間は止まったままだった。結局、その時間は動き出すことなく、終わっちまうのかな——。


 思えば、案外後悔が多かった。

 やりたいことも、かなえたいことも、まだまだたくさんある。

 ……死にたくないなあ。まだ戦いたい。


 俺は、その意識空間の中で、食いしばりながら涙を流した。



 ——ドクン



 なんだろう。



 ———ドクン——



 これは……



 —ドクン———ドクン————



 胸元が、なんだか熱い——



 —ド———クンッ!————ドックンッ!——



 それに、体もジワジワと痛みが——



 ——ドックンッ!—ドックンッ!—ドックンッ!——



 視界が——明るく————



「……ロム……。…クロムッ——!」



 俺を呼ぶ声が——

















      —————————聞こえた。



★ ★ ★ ☆ ☆



 体の上には何かが乗っかっている。

 それに何だろう、血の臭いがする。


 そして、俺の視界に入ったモノは——


 ——俺の上に、馬乗りにまたがるヒドラの姿だった。



 胸元が熱い。何かの力を感じた。

 わかる、これはただならぬ力。そしてこれは、村で預かった「お守り」だ。形見だ。妹を、マナを見つけた時に渡してあげるように、と、二つほど預かったきんちゃく袋のお守りだ。

 こいつが俺を呼び起こしてくれた。そうに違いない。


 ありがとう、「父さん」——


「さあ、どうしますか!?」


 あとはこいつをなんとかする方法だが、何か手はあるか——。

 くそ、寝起きみたいに頭がすっきりしていないからすぐに思いつかない。もたもたしていると今度は確実にやられてしまうぞ。


 どうする。考えろ、俺。

 走馬灯なんか呼び起こしている暇があったら考えろよ、俺。


 その時、記憶の中で俺の名を呼ぶ声を思い出した。

 俺はその存在の方に、目を凝らした。


 ああ、俺の方を見て叫んでいる。

 何かを訴えるようにして、叫んでいる。


 俺を呼び起こしてくれたのも、俺をここへ連れ出してくれたのも、もしかしたら彼の声だったのかもしれない。

 この状況、ここまで来るのも、彼との出会いがあっての結末だ。

 俺一人じゃない。彼も、ファルコもいたから——


 ——そうか、俺は一人じゃなかった。

 一人で戦っていたわけじゃない。


 彼に無碍な扱いをされ、ひどい言葉を投げられたが、俺も彼の存在をないがしろにしているではないか。自分が情けない。


 でも、彼がいてくれたから、俺はこいつに勝てるかもしれない。

 この最悪な戦況を、彼の力込みならひっくり返せるか——その手段があるか——




 ——あった。あるじゃないか、あの方法が。

 近頃覚えたばかりのあの方法が、あるじゃないか。


 アレ・・ならおそらく、こいつを出し抜いて一矢報いることができる。あとは、ファルコに伝わるかどうかだが——ここで信じなくてどうするんだ、俺——ッ!



 そして、俺は、大声で叫んだ。


「——『ゲート開放』だッ!」


「————ッ!」


 俺の上にまたがる男は、一瞬動揺した。

 だが、俺の言葉に応じ、ファルコは——


「いっけぇぇぇぇええええ————ッ!!!!」


「な、一体何を——」


 一冊の本をこちらに投げつけていた。


 俺は耐え切れず「ニヤッ」としてしまった。だが、関係ない。

 俺はそのまま再び、大声で唱えた・・・——。



「『出でよ:転移:ファルコ』————ッ!!」



 やつの背後に投げ込まれたファルコの魔導書が、俺の言葉によって輝きを放ち、そして——

 やつが咄嗟に振り返りそこを確認したが、時すでに遅し。


 俺はやつの背後から、強烈な一撃を食らわしてやった——。



★ ★ ★ ★ ☆



「転移ってどういう仕組みなんですか?」


 それは、特に意味を持たない質問だった。

 女試験官のヴァイオレットが、通達をしっかりと読んでいなかった俺に、丁寧に転移の方法を教えてくれたついでにと、何となく聞いた話だった。


「それを聞いてどうする?」


「いや、どうするって、特には——」


「と言うより、なんで気になった?」


「それは——」


 転移先、「首都アルグリッド」で見た場所には、何か文様のような、魔法陣のようなものがあった——確か転移門って呼ばれていたか。けれど、第一試験場に飛んだ時は、そのようなしるしのようなものがなかったから、と言うちょっとした疑問と好奇心だ。


「——なるほどな。で、おまえはどう思っている?」


「いや、どうって——。アルグリッドの場合は『転送陣』みたいに、決められた移動先として魔導書に『登録』されているけど、ここみたいな辺境の場所は、何か別の方法で……そう、マーキングしてあるというか、即席の『転移門』を作ったとか——」


 ヴァイオレットは、それを聞くと大笑いし始めた。


「貴様、頭の出来が悪いサルかと思っていたら、案外キレるじゃないか。そう、貴様の予想した通り、ここに『即席の転移門』を作った。そして貴様らの魔導書には、この場所をマーキングしてある」


「となると、今度はどうやって『即席の転移門』を作ったのか、気になるよな?」


 確かに、それは気になる。

 どうやってやるのだろう。


「——気になります、どうやって——」


「まったまった、自分で考えないと意味がないだろう。——まー、ヒントくらいならやろうか。ヒントはー、んーそうだなー……そうだ、これにしよう。ヒントは『私にも貴様らにも作れる』だ。実際、ここの転移門は私が作った——と言うより『開いた』——」


 俺は少し、考えた。

 俺と試験官に共通し、俺たちにもできる。ここにきて、俺たちと試験官の共通点と言えば、試験官が現役の冒険者であり、俺たちが冒険者試験の受験生であるということ。つまり、「冒険者」と言うキーワードで共通している。

 それ以外の共通点はないか。

 考えろ、俺——。


 そしてふと、自分の手元を見た。

 魔導書——


 ——そうか! これだ。これを使えば何かができる。きっと。


「『魔導書』……ですね?」


「——やるな、正解だ。さすがだぞ。じゃ―褒美にそのやり方を教えてやろう」


「本来ならばこれは、受験生に教えてはいけない内容だが、貴様は自分でその方法に近づいた。だからこれは特別だ——」


 こうして俺は、「転移門の作り方」を教わった——。


※ ※ ※


『操作方法:ゲート:開放』を覚えた——

『操作方法:友達フレンド』を覚えた——


※ ※ ※


 そして、本日の少し前に戻る——。


「……そう言えばクロム、昨日試験官と何話していたんだ?」


「ああ、あれは……」


 俺はわかりやすく丁寧に、ファルコに説明した。


「——ってことはつまり、魔導書を持っている者同士なら、それぞれの場所に移動できるってことか?」


 簡単に言うとそう言うことだ。

 魔導書の所持者が「ゲート:開放」と唱えれば、一定時間その魔導書を軸に転移門が発生するのである。


 この機能は、知らないと絶対に損をする、と、聞いた時めちゃくちゃ思った。でも、こんな便利な機能、ポンポンと使えては困ってしまう。


 例えば、悪い冒険者がほかの冒険者に戦闘を仕掛けようとしたとき、相手の背後に転移して斬りつけたりとかもできてしまうわけだから、だ。

 そのため、この機能にはある一定の制約がある。


「——移動したい相手とは、『友達フレンド』になっている必要がある、か」


 そう、つまり、冒険者同士が有効の証である同意、すなわち「友達フレンド交換」をしなければ、これは使えないのだ。

 まあ、今の俺たちの魔導書——冒険の書は(仮)だから、運営が自由に改造できるらしく、ヴァイオレット試験官とは勝手に友達フレンドになっていたわけだが——。



★ ★ ★ ★ ★



 ——つまり、だ。

 俺が今食らわせた一撃は、これを応用した瞬間移動技——ヒドラの速さの先に到達できる技だ。


 そして、この技を使うには、






『お互いが友達フレンドである』






—————————————————————————————必要がある————

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