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 特進科の校舎は相変わらずだ。他の校舎のように明らかに避けて通る生徒はおらず、横目に通りすぎる生徒ばかりだった。これはこれで、過ごしやすいと、思わなくもない。

 3ーAの教室を覗くと、私から誰に呼び掛ける必要もなく、【菩薩】に声がかけられた。【菩薩】が苦い顔をして、こちらを確認した。みなの励ましを両肩に受けながら、【菩薩】は逃げずに私の元に来てくれた。そのまま話すには視線が多すぎて、私たちは移動した。

 影に隠れて、私は少なくなったリストを【菩薩】に手渡す。


「なんだよ、コレ」

「もらったリストを、厳選したの」


 【菩薩】は片眉を吊り上げながら、リストを捲る。


「どういう基準で?」

「張り込みで」


 条件ではなく行動で答えることで、私は自身の努力を訴えた。ただ仕事を回しているわけではないと伝えることで、彼を納得させるためだ。


「引き続きやれば?」


 まあ、そんな単純ではなかったようだけど。

 私は笑顔を繕う。


「私じゃ逃げられるから」

「今や俺も逃げられるんだけどな」


 まるでお前のせいでとでも言いたげに、【菩薩】は目を細めた。


「制服脱げば? 目印になってるの、制服なんでしょ?」

「お前は顔見ただけで逃げられるもんな」


 私でも、制服脱げば少しは紛れるみたいだけどね。なんて、最近着用しなくなったジャケットを思った。ジャージじゃ、私だと気づくまでに数秒かかるようだった。

 【菩薩】は嘆息1つでしんどさを引っ込めると、「分かったよ」と納得した。少なくなったリストを丸めてコンパクトにして持つと、「そういや」と何かを思い出したように言った。


「メアド、どうだった?」


 なんだ、そのことか。


「情報屋じゃなかったわ」


 立ち去ろうとすると、「おい」なんて呼び止められた。


「そこで終わらせるつもりじゃないだろうな?」


 丸めたリストで、肩を叩きながら【菩薩】は言う。


「送ってみろよ。返信があるかもしれないだろ」


 ついでに、【菩薩】は腕組みもしていた。

 答えずに視線を泳がせると、【菩薩】は目を眇た。疲れているのか、いつもみたいに頭が回らない自身に気づいた。


「なあ、もちろんだけど、元メンバーは、当たってみたんだよな?」


 【菩薩】はお構いなしに、言い責めてくるけど。


「知らないわよ。マッキーなら知ってるんじゃないの?」

「データになってないんだってよ」


 なんでまだ、アナログなのよ。リスト作成くらい、打ち込んで作りなさいよ。なんて。この前見たバッジ争奪戦のリストも、手書きだったことを思い出す。


「お前得意だろ? 重要機密、盗み見るの」


 簡単に言ってくる。監視カメラ、もとい防犯カメラがついたことで、侵入はより難しくなったというのに。


「勧誘締め切り、いつなんだよ」


 渋っていると、【菩薩】に追い討ちをかけられた。


「だからって、勧誘の手を緩めて良い訳じゃないわよ」

「望み薄だけどな」


 チャイムの音が鳴ると同時、【菩薩】は教室に戻っていった。私は二科に戻りながら、携帯を見やる。

 期限は、次の生徒会会議まで。約1週間。

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