62

 今日のテストを終えて帰ろうと昇降口に向かうと、見慣れた赤毛が目に入った。


「稔流、良かった。今日は来た」


 そういえば、最近はテスト後にすぐに帰ったりしていなかったか。

 まさか、待ち構えているなんて微塵も思わなかったけど。


「どうしたの?」


 脱力しながらも無視できる距離でもないので、問いかける。

 下駄箱に預けていた身体を起き上がらせて、安曇は真面目な顔をした。


「話がしたいんだ」


 安曇が聞きたいことなんて知れていた。


「悪いけど、テスト勉強しなきゃいけないから」


 安曇の前を通りすぎる。


「必要なの? 期末テストと範囲は一緒だよ」


 靴を取り出して、地面に叩きつける。

 私を畏怖する視線で遠回りに帰ってく生徒に混じって、私に話しかける安曇を物珍しげに見つめる生徒がいた。


「期末テストと同じ問題じゃないから」

「範囲は一緒だよ?」


 茶色いローファーに足を突っ込む。


「改めて話さなきゃいけないことなんて、何もないわ」

「俺にはあるよ」


 視線も合わせずにいるのに、安曇は一向に引き下がろうとしない。私は下駄箱に上履きをしまう。


「聞きたいことがあるんだ」


 わざと音を立てて下駄箱を閉める。安曇の視線は、変わらず私を刺し続けている。

 聞きたいことなんて、知れている。その質問に、私は答える気はない。なんて、言ってしまえば良いんだろうけど。

 このまま立ち去ろうとしても、追いかけてくるだろう。腕を捕まれて、さらに逃げるのが困難になるかもしれない。さらに執着心を掻き立てるのも、

得策ではないし。

 うまく誤魔化すことが、今の私にとっては良策だろう。だけど、そんな術、思いつかない。

 下駄箱の扉に手を当てたまま、私は俯いていた。


「大久保さん!」


 遠くから聞こえた明日香の声に、顔を上げる。見やれば、安曇の背後にハッとした顔をした明日香が居た。ジャマをしたかもしれない、なんて思ったのだろうか。私にとっては、渡りに船だけど。


「悪いけど、用事ができたから」


 私は素早く上履きに履き代えて、再び安曇の前を少し離れて通りすぎた。


「稔流! 俺は」


 伸びてきた手に、捕まれる前に腕を避ける。


「ごめん、急用みたいだから」


 念をおすために軽く顔を向けて、断りだけいれておく。それが効いたのか、安曇はそれ以上、追いかけては来なかった。

 なんだか今日の安曇は、おしとやかだったな。なんて、明日香を前にして気づいた。荒士に何かを言われたか。なんて脳裏を過ったが、すぐに振り払った。


「すみません。邪魔でしたか?」


 明日香が申し訳なさそうに言う。


「いいえ、その逆よ。それで、どうかした?」


 明日香は苦笑したあと、はいと頷いた。


「ステッカーが納品されました」


 やっぱり、飛脚部を使ったか。まあ、きっと密書扱いではあったのだろうけど。直接のやり取りは、危惧するのよね。この学校、密会できる場所がないから。明日香に頼んで正解だった。


「分かった。ありがとう」


 私は頬を緩め、用意していた報酬を渡した。

 やることが出来た安堵感は、安曇の姿を脳内から消し去ってくれた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る