59
「わかった」
渋々と返事する柳の姿を見るのは、本日2度目だ。
豪快にいつもの宿り木に戻る柳を見送って、私はA邸を後にした。
柳は正義感が強い。真っ直ぐだし、女性に対しても だ。だから私がケンカの仲裁に入ることを、心の底から嫌がっている。松ちゃんはなんとも思ってないけど。
そして、女性が傷を負うことにも敏感だ。
私はどうも思っていなかった頬の傷を、柳はまだ引きずっていたようだ。だからこその今回の騒動を、厄介者の耳に入らなければいいと思うけど。
「【幹部】」
そうは行かないわよね。さっきすれ違わなかったのは奇跡に近い。
振り向いた先いた風紀委員の委員長様は、とても疲れた顔をしていた。
「柳なら、いつもの場所よ」
「さて、それがどこか、皆目検討もつかないな」
一対一で話す気がないだけでしょ。なんて言葉は呑み込んだ。口にすることは、私にとって有益ではない。
「事情聴取なら、さっさと終わらせてくれる?」
「話が早くて助かるよ」
テスト時間中だものね。他の委員の姿が見えないところをみると、委員長として気をきかせたってとこだろう。良い長だこと。
「原因は?」
「強奪犯を見逃せなかったから」
「見張ってたのか?」
「いいえ、たまたま見かけただけよ」
「強奪犯の顔は見たのか?」
「いいえ、見てないわ」
拾ったであろう覆面をちらつかせて、委員長様様は笑った。
「彼じゃないって叫んでたってきいたけど?」
「さあ? 聞き間違いじゃない?」
「じゃあ、なんて叫んでたんだ?」
「柳を止めようとしただけよ。こんな時期に騒動を起こしたんじゃ、彼のためにならないでしょ?」
私の答えを、委員長は鼻で笑った。
「答えになってないだろ?」
「咄嗟のことだったから、細かいことは覚えてないわ」
「今回のことは騒動じゃないって?」
「事前に防ぐことができたでしょ? 強奪事件。それは表彰ものよね?」
「【頂】が脅していたように見えたって証言があるけどな」
「それは相手をちゃんと見てなかったからでしょ? 強奪犯相手に柳が脅しをかける理由はどこにもないわよ」
「奴らのボスなら話は別だな」
なんだ、ボスって。陳腐な言い方。
「柳にそんな頭はないわよ。なにより、柳はそんな発想に及ばない」
「ただの能力不足か、ただのでくの坊か。どっちを信じるべきなんだろうな?」
「どっちも認められないわね。どっちも間違いだから」
「どういう意味だ?」
「そのままの意味よ」
彼はただ、正義感が強いだけだから。
静かな廊下で睨み合う。もうそろそろ、チャイムが鳴る頃だろう。
たぶん木村友也は、どこかのスタートラインに立とうとしていた。それは、なにかを見計らっていたと言っても良い。どこかで、なにかを、待っていた。恐らく、チャイムが鳴った後、ターゲットが1人になるのを、待っていたんだ。
「それで? 警備部は何していたの?」
委員長の顔にわずかな影が落ちる。
「覆面が堂々と歩いていたのに、発砲はなかったの?」
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