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「わかった」


 渋々と返事する柳の姿を見るのは、本日2度目だ。

 豪快にいつもの宿り木に戻る柳を見送って、私はA邸を後にした。


 柳は正義感が強い。真っ直ぐだし、女性に対しても   だ。だから私がケンカの仲裁に入ることを、心の底から嫌がっている。松ちゃんはなんとも思ってないけど。

 そして、女性が傷を負うことにも敏感だ。

 私はどうも思っていなかった頬の傷を、柳はまだ引きずっていたようだ。だからこその今回の騒動を、厄介者の耳に入らなければいいと思うけど。


「【幹部】」


 そうは行かないわよね。さっきすれ違わなかったのは奇跡に近い。

 振り向いた先いた風紀委員の委員長様は、とても疲れた顔をしていた。


「柳なら、いつもの場所よ」

「さて、それがどこか、皆目検討もつかないな」


 一対一で話す気がないだけでしょ。なんて言葉は呑み込んだ。口にすることは、私にとって有益ではない。


「事情聴取なら、さっさと終わらせてくれる?」

「話が早くて助かるよ」


 テスト時間中だものね。他の委員の姿が見えないところをみると、委員長として気をきかせたってとこだろう。良い長だこと。


「原因は?」

「強奪犯を見逃せなかったから」

「見張ってたのか?」

「いいえ、たまたま見かけただけよ」

「強奪犯の顔は見たのか?」

「いいえ、見てないわ」


 拾ったであろう覆面をちらつかせて、委員長様様は笑った。


「彼じゃないって叫んでたってきいたけど?」

「さあ? 聞き間違いじゃない?」

「じゃあ、なんて叫んでたんだ?」

「柳を止めようとしただけよ。こんな時期に騒動を起こしたんじゃ、彼のためにならないでしょ?」


 私の答えを、委員長は鼻で笑った。


「答えになってないだろ?」

「咄嗟のことだったから、細かいことは覚えてないわ」


「今回のことは騒動じゃないって?」

「事前に防ぐことができたでしょ? 強奪事件。それは表彰ものよね?」

「【頂】が脅していたように見えたって証言があるけどな」

「それは相手をちゃんと見てなかったからでしょ? 強奪犯相手に柳が脅しをかける理由はどこにもないわよ」

「奴らのボスなら話は別だな」


 なんだ、ボスって。陳腐な言い方。


「柳にそんな頭はないわよ。なにより、柳はそんな発想に及ばない」

「ただの能力不足か、ただのでくの坊か。どっちを信じるべきなんだろうな?」

「どっちも認められないわね。どっちも間違いだから」

「どういう意味だ?」

「そのままの意味よ」


 彼はただ、正義感が強いだけだから。

 静かな廊下で睨み合う。もうそろそろ、チャイムが鳴る頃だろう。

 たぶん木村友也は、どこかのスタートラインに立とうとしていた。それは、なにかを見計らっていたと言っても良い。どこかで、なにかを、待っていた。恐らく、チャイムが鳴った後、ターゲットが1人になるのを、待っていたんだ。


「それで? 警備部は何していたの?」


 委員長の顔にわずかな影が落ちる。


「覆面が堂々と歩いていたのに、発砲はなかったの?」

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