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「なんの騒ぎだ」


 階段を戻ったとき、冷静な顔をした風紀委員長がいた。


「あんた文一でしょ?」

「騒ぎがあったら、連絡がくるんだ」


 群衆の後ろで教師が狼狽えているのが見える。彼らが手を出せない以上、事態を終息させる別の者が必要だ。教師より、コイツの方がが都合が良いか。

 学ランを着た気弱そうな男子生徒が寄ってくる。


「あの」


 気弱そうな彼は私を見て、口をつぐんだ。どうやら私の処罰について、委員長に問うているらしい。それを察した委員長は軽く頷く。


「念のために、部室につれていこうか」

「わかりました」

「抵抗するなよ」

「ダメよ。保健室が先よ」


 「しないわよ」と返すより先に、美樹が割って入ってきた。美樹が珍しく、睨みをきかせている。委員長は美樹ではなく、私を見ているが。


「借り1つ、ここで使う?」

「冗談でしょ。非はむこうにあるんだから」

「私が連れていくわ。だから、先に手当てさせて」


 美樹がここまで粘るなんて。委員長もどうするか考えあぐねている様子だ。委員長は委員に他の処理に回るように指示をだす。委員は従順に従った。


「かすり傷、だよな?」

「そうね」


 答えると、次期委員長は辺りを伺い、なにかを見つけて手をあげた。その後ろで生徒たちは風紀委員にされるがまま、教室に押し込まれていた。視線はコチラを向いたままのようだが。


「保健委員、手当てを頼む」


 妥協点を提示した委員長に、美樹はさらに食って掛かろうとしていた。それを私は制する。これ以上押し問答するだけムダだ。


「大丈夫よ。それより、美樹にお願いしたいことがあるの」


 心配する美樹に、苦笑混じりに話しかける。


「手当てが先よ」

「分かってる」


 なおも念を押してくる美樹に首を縦に大きく振って答え、生徒手帳を千切った。簡単に指示を記して、【菩薩】に届けるようお願いした。

 美樹と入れ代わりで、保健委員が来た。頬の擦り傷を、手当てし始める。頬より肩の方が痛いんだけどね。でも、時間が割かれるのは勘弁して欲しい。とりあえず、氷だけは貰っておこう。


「ねえ、あなた、佐山先生に連絡できる?」


 救急箱の中から消毒液を取りだした、保健委員に問う。


「委員会の携帯になら、連絡先、入ってますけど」

「悪いけど、貸して貰えるかしら? 救急車を呼んでしまったから、直接謝りたくて」

「分かりました」


 保健委員は携帯を取りだし、治療を終わらせて青山の方へ向かった。


「こんなときにまで企みごとなんて、大変だな。【幹部】は」

「気楽そうね、待ってるだけなんて」


 今まで首を長くして待っていたくせに。あともう少し静かにしてれば良いものを。

 睨み付けると、委員長は首を傾げて笑った。

 イラつきに視線をそらすと、担架で運ばれていく青山が目に入った。「ねえ」と委員長に呼びかけ、視線で青山を指す。


「あいつ、後輩に知り合いいる?」

「いないんじゃないか? 【頂】に負けてから評判は地に落ちたからな。取り巻きもいなくなったし」

「そう」


 揃いも揃って同じことを口にするってことは、少しは信憑性があるのかしら。


「白樺 ゆず季を突き落としたやつだけど、誰か見てた?」

「【幹部】は見てないのか?」

「私はね。柳なら見てるかも」


 振り返ったとき、彼女はすでに宙に浮いていた。もっと注意を払うべきだったと、思う。懸念が小さすぎたのだ。彼女を名指しした噂に対して。

 情報屋の線を確信しすぎていた。情報屋じゃないなら、大して気を張ることもないだろうと思っていた。


「なら【頂】に聞くしかないな。【幹部】にも同席を願うよ」

「そうね、良いわ」


 知っておくべきだ。これから先2年間の、平穏な高校生活のためにも。

 白樺 ゆず季を突き落としたヤツの、素性を。

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