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「てめぇ!」


 騒ぎに教室から生徒が覗く。振り返ると、柳の怒声の向こうに、青山がいた。

 どうやら私は、呑気に構えすぎていたらしい。

 早すぎる。いや、校舎中をしらみ潰しに探し回れば、あるいは。そこまで拘るのか、【頂】の名に。


「ぶっ飛ばす!」

「柳!」


 怒りに我を忘れたか、柳が青山に飛びかかる。青山の手には鈍く光るステッキが握られている。警棒だ。あんなもの、どこで手に入れた。

 単調な青山の攻撃を腕で受け止めて、柳は拳を繰りだす。かわされた。

 柳は避けることが苦手だ。いつも正面突破。警棒の攻撃をその都度受け止めていたら、柳が先に膝をつくことになりかねない。打たれ強いといっても、限界はあるものだ。

 うしろで騒ぎが大きくなるのを感じて、振り返る。同じ階で授業を受けていた生徒たちが、廊下に飛びだしてきていた。咄嗟に白樺 ゆず季を探す。姿は見えないが、遠くで声が聞こえる。


「下がって!」


 彼女に向かって叫ぶ。届いたかは分からないが、最前列にいる生徒たちは怯んだ。

 ケンカを見やる。柳が攻撃を防ぐたび、重く鈍い音が響く。青山先輩は、柳の突進を警戒しながら、警棒でばかり攻撃している。

 明らかに、誰かが入れ知恵している。


「柳!」


 ダメだ。声が届いてない。

 このままじゃ分が悪い。青山は、どうあがいても汚名返上をしたいらしい。自身の力だけではなく他者の知恵を借りるなんて。しかも武器まで。

 汚名返上もなにも、自業自得なんだけどね。本当は。

 一旦退かせるべきか。当初の計画通り、ひとまず校舎外へ。

 なのに、今、柳に声が届かない。

 使命感から群衆から飛びだして来た風紀委員を睨んでいなす。被害が出た時点で、柳の立場が危うくなる。名が売れている分だけ、柳に批判が集中しかねない。

 いつの間にか、彼女が人混みの隙間を縫って、顔が見える場所まで近づいてきていた。しかも、彼女のいる場所は、逃げるためのルートの近くだ。


「階段から離れて!」


 群衆に叫べば、びくついて、誰からともなく、戸惑いながら階段から離れていく。

 あとは柳をコチラに振り向かせるだけだ。

 奥の手だが、現状、使わずにはいられない。

 空気を吸い込んで、命一杯の声で叫ぶ。


「雛!」

「名前で呼ぶなっ!」


 柳は即座に振り返る。こっちに向かって駆けだしてくるまでが計算内だったが。いや、声が届けば問題ない。逃げるわよと叫ぼうとして、固まる。

 大きく見開かれる柳の目。そのうしろで、青山が警棒を大きく振りあげる。

 気づけば、柳がこちらに向かって走ってくる。


「危ねぇ!!」


 柳は私の真横を走り去る。目で追えば、階段から落ちる寸前の彼女に気づいた。

 息を呑む。

 空中で、柳が彼女を抱え込む。そのまま視界から消えた。


「邪魔すんじゃねぇ!」


 叫び声と人が転がる物音が轟く。

 その隙を、ナニかに狙われた。

 視界が生徒たちの足で埋め尽くされたとき、初めて両肩に痛みを感じた。

 顔をあげると、青山が階段に向かおうと私を通りすぎようとしていた。


「稔流!!」


 人混みのむこうから、美樹の声が聞こえる。そうか、彼女も英語科だった。

 頭が冷静さを取り戻してきた時、私は立ち上がり、青山の肩に手を乗せていた。

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