西のほうから -5


うんちは、穴の外に続いていました。

穴の外に出ると、ぼうしをかぶった人が、草の根っこをかじっています。


『ヒヅメ』はとつぜん、すごい勢いで走りだしました。

ぼうしをかぶった人がそれに気づいたときには『ヒヅメ』はもう、ぼうしをかぶった人の首ねっこをつかんでいました。


『ヒヅメ』は、ぼうしをかぶった人を地面に引きずりたおしました。

そして、ぼうしをかぶった人が逃げられないように、おなかの上に座ってしまいました。

ぼうしをかぶった人のぼうしが、地面の上に落ちました。


「ぐええっ。なんだ、なにをするんだ!」

「(あなたは)うんちを道でしたな?」

「そうだけど! ちょっと! おなかに座られたら重い!」

「(あなたは)うんちを『うんちの穴』に捨てろと教えてもらわなかったのか?」

「知らない! わたしは昨日ここへ来たばかりなんだ!」

「なら、おぼえておいてほしい。ここではうんちは『うんちの穴』に捨てるんだ」

「わかったわかった! わかったから、もうどいてくれ!」

「(あなたに)もうひとつ聞きたいことがある」

「なんだい?」

「(あなたは)人の服と、クモをぬすんだか?」

「さぁ? なんのことだか、わからないな」

「この人は知らないそうだ。どうする?」


『ヒヅメ』は振り返って『ウシどろぼう』を呼びました。

『ウシどろぼう』は、『ヒヅメ』の声のするほうに歩いてきます。


今はぼうしをかぶっていない人は、『ウシどろぼう』を見ても平気な顔をしています。

そればかりか、まるではじめて会ったような顔をして『ウシどろぼう』に声をかけます。


「あなたは誰だい? すっぽんぽんみたいだけど、どうかしたのかい?」

「わたしはあなたに服をぬすまれた人だよ」

「どうして? あなたは目が見えないのに、どうして服をぬすんだのがわたしだと思うのさ?」

「あなたはわたしの目のことを、誰から聞いたの?」

「え? あ、ああ、そんなの見ればわかるさ」

「そうなんだね」

「ああ」


「『ヒヅメ』、ごめん。わたしのかんちがいだったよ。この人はわたしの服をぬすんだ人じゃなかった。はなしてあげてくれないかい?」

「そうか。わかった」


『ヒヅメ』は、今はぼうしをかぶっていない人の、おなかの上から、どきながら言いました。


「(わたしの)かんちがいだった。すまない。でも昨日ここへ来たばかりなんだったら、ここでの決まりごとはちゃんと守ってほしい。決まりごとは他にも色々あるからな。たとえば、人をだまして、ものをぬすむのもダメだ」

「わかったよ、もう」

「さぁ、(わたしの)手につかまって?」


『ヒヅメ』は、今はぼうしをかぶっていない人のほうへ、手を伸ばしました。

今はぼうしをかぶっていない人は、『ヒヅメ』の手をにぎって立ち上がります。


「あ、あぁ―――よっこいしょ、っと……って、うわ? な、なんだなんだ? あれ? ここじゃないどこかが見えるぞ? ここはどこだ? あれ、あれれ?」

「そこに行けば、ここでの決まりごとを教えてもらえる」

「え? なんだこれ! 頭の中で声がする! ―――これ、あなたがやっているの?」

「ああ。そこへ行って、話を聞いてきてほしい」

「あ、あぁ。そうするよ……」

「それじゃあ。気をつけて」

「ああ。それじゃあ」


聞こえると思っていないところから、とつぜん声がするのは、とてもびっくりします。

それが頭の中だったら、なおさらです。


今はぼうしをかぶっていない人は、自分の手をしばらくながめていました。

そして、今はぼうしをかぶっていない人は、ぼうしを拾うと逃げるように近くの穴の中に入って行きました。


『ヒヅメ』は『ウシどろぼう』と手をつなぎました。


「(あなたの)服をぬすんだのは、あの人でまちがいない」

「そうか」


『ヒヅメ』は今さっき、ぼうしをかぶった人と手をつなぎましたよね?

それは、決まりごとを教えてくれる場所を伝えるため、だけじゃありません。


手をつなげば、相手の考えていることや思っていることが見えるんです。

相手がウソをついていることなんかは、とってもよく見えます。

ウソをついて隠したいと思っていることほど、よく見えるんです。

だから、ぼうしをかぶった人がいくら口でウソを言っても、『ヒヅメ』には本当のことがわかるんです。


『ウシどろぼう』が『ヒヅメ』に聞きました。


「それで、わたしの服は今、どこにあるの?」

「市場だ」




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