西のほうから -3
係の仕事をはじめた『ヒヅメ』のところに、人がやってきました。
『ヒヅメ』は声を出しました。
「こんにちは」
「やぁ、こんにちは」
「(あなたは)何が、わからなかった?」
「このむらでは、おしっこを飲まないといけないの?」
「おしっこをキレイにした水だ。おしっこじゃないから大丈夫」
「本当にキレイ? おしっこの味とか、においがするんじゃないの?」
「しない」
「あなたたちは、おしっこの水を飲んでいるの?」
「ああ」
「う~ん、やっぱりヤだなぁ。他の水はないの?」
「あとは、湖に水をくみに行くしかない」
「じゃあそうするよ」
「でもメガミさまで作った水のほうが、キレイだ」
「そんなの信じるもんか」
「ああ、うん、そうか。ええと…水は湖でくんできても大丈夫だ。それに、湖から水をくんでくる仕事をしている人もいる。その人にわけてもらっても良い」
「はじめからそれを教えてよ。おしっこなんて飲みたくないんだ」
メガミさまがおしっこから作る水は、本当にキレイな水です。
でもこの人は、今までそんな水を飲んだことがありません。
そんなよくわからない水を飲むのはイヤだと、この人は思っています。
言葉で 「キレイな水だ」と、いくら教えてもらっても、イヤなものはイヤなんです。
イヤなものの話は、聞くだけでイヤなものです。
それが自分の知っていることよりも 「正しいことだ」 なんて言われるのは、もっとイヤなことです。
それはなんだか、自分が ばか にされているように思えるからです。
自分を ばか にしてくる人とは、話なんてしたくありません(本当は、誰も ばか になんてしていません。でもそれがわからないんです)。
言葉で話しても、わかってもらえないことは、たくさんあります。
『ウシどろぼう』のところにも、人がやってきました。
『ウシどろぼう』は、みんなと同じように目が見えないだけで、何も見えないわけじゃありません。
「自分の前に誰か来たな」くらいはわかります。
『ウシどろぼう』は声を出しました。
「こんにちは」
「やぁこんにちは」
「何かわからないことがあったの?」
「さっき、ここでは畑を作らないように、って言われたんだよ。畑を作らなきゃ食べるものが作れないじゃないか」
「畑は作っても良いよ」
「良いのかい? だってさっきの人は作らないように、って言ったんだよ?」
「その人の言いまちがいじゃないかな? 畑で食べものを作っても良いよ。ただそれは、わたしたち東の人の暮らし方じゃない、ってだけさ」
「あなたたちは畑を作るわたしたちを ばか にするのか?」
「しないよ。わたしたちとあなたたちの暮らし方はちがう、って言っているだけさ。魚は鳥の暮らし方を ばか にしたりしないさ。あなたたちはあなたたちが良いと思った暮らしをすれば良いよ」
「じゃあそうするよ。でも畑を作らないって、東の人たちは何も食べないのかい?」
「わたしたちだって食べものは食べるさ。でもたくさん食べなくて良いような体にしたんだ。あなたたち西の人たちも、昔はそういう体だったんだよ」
「わたしたちの体はそんなふうになってないよ」
「あなたは畑の世話をする?」
「もちろんさ。そうしないと野菜が育たない」
「わたしたちも体の世話をしないと、たくさん食べなくても良い体じゃ、いられないんだ。でもあなたたちのご先祖様は 「体の世話をしなくても良いから、自分が暮らしていた土地に帰りたい」 と言って、西に行ったんだ。あなたたちは体の世話を、もうずっとしていないから、たくさん食べなくちゃいけないし、病気にもかかりやすくなっている、かもしれない」
「体の世話をしているから、あなたたちは手をつないで話が出来るのか?」
「そうだね。でも、あなたもわたしと手をつなげば、話が出来るよ。やるかい?」
「イヤだ。でも、たくさん食べなくても良い体になるのは悪くないかも。どうやるんだい?」
「すぐには出来ない。あなたの生きているうちにはきっとムリだ。たくさん食べなくても良い体になるのは、あなたの子供か、その子供だよ。それでもやるかい?」
「どうしてそんなに時間がかかるのさ」
「今日畑に種をまいたら、明日には野菜が出来るかい?」
「出来るわけない」
「それと同じなんだ。ずっと世話をしていなかった畑をたがやして、良い土に戻すのには時間がかかる。体も同じなんだよ。でも今からはじめれば、あなたの子供か、あなたの孫はたくさん食べなくても良くなるよ―――ああでも、ダメだな。このむらには『お訳しさん』がいないんだった」
「なんだ、出来ないのかい?」
「うん。ごめんよ」
「いや、いい。やっぱり畑を作って野菜を作るのがいちばんさ」
「じゃあ畑作り、がんばってね―――ああ、それからひとつ聞きたいことがあるんだ」
「ん?」
「『つっつき棒』っていう名前の人を、どこかで見なかった?」
「いや、知らないよ。でも、もし見かけたら、あなたのことを話しておくよ」
「ありがとう」
『つっつき棒』。
それが『ウシどろぼう』の『見守り』の名前です。
あなたがもしこの先で、『つっつき棒』を見かけることがあったら、『ウシどろぼう』に教えてあげてくださいね。
『ウシどろぼう』はたくさんの人の話を聞くついでに『つっつき棒』のことを聞きました。
でも返事はどれも 「いいえ」 でした。
次から次へとたくさんの人の話を聞いて、その日の仕事は終わりました。
仕事が終わった『ヒヅメ』と『ウシどろぼう』は、寝転びしました。
寝転びながら歌ったり、おしゃべりしたりするのはたのしいことです。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます