みずうみを守る人たち -7


次の日。

『じいさんキツネ』は子供たちといっしょに、畑の世話をしていました。


『ウシどろぼう』はまた、『ヒヅメ』に手を引いてもらって、穴の中を歩き回ります。

『お渡しさん』に話を聞いてほしい人のところを、順番に回るんです。

穴の中には何かを勉強している人、何かを作っている人、何かに困っている人がたくさんいます。


みんなの困っていることを助けてあげて、みんなのやりたいことを手伝ってあげる。

そういうのも『お訳しさん』や『お渡しさん』の仕事です。




『ヒヅメ』は、ある人のところに『ウシどろぼう』を連れて行きました。

そして『ヒヅメ』は、自分の仕事に戻りました。


ある人は、くもり空の向こうがどうなっているのかを、ずっと考えていました。

その人は自分が考えていることを、『ウシどろぼう』にみんな伝えました。


空の向こうについて考えている人は、あちこちのむらにいます。

『ウシどろぼう』は、他のむらの人たちの考えを、その人に教えてあげました。

その人は 「なるほど」 と言って、新しいことをまた考えはじめました。


他の人の考えを聞くのは、とっても勉強になります。

その人は 「良い考えが浮かびそう」と、よろこびました。

『ウシどろぼう』はついでにその人に 「はぐれた『見守り』を見なかった?」 と聞きましたが、返事は 「いいえ」 でした。

その人は、別の人のところへ『ウシどろぼう』を連れて行きました。




ある人は、もっと楽な穴の掘り方を試していました。

その人は、自分がやっている穴の掘り方を『ウシどろぼう』にみんな伝えました。


それを教えてもらった『ウシどろぼう』は、自分が知っている穴の掘り方を、頭の中から探しました。

でも、この人の穴の掘り方よりも良い穴の掘り方は、ありませんでした。


そこで『ウシどろぼう』は、穴の掘り方ではなくて、土のこと、水のこと、重さのこと、硬さのこと、空気のこと、穴を掘るのにぜんぜん関係ないことを、その人に教えてあげました。

その人はその中から自分で『穴掘りに使えそうなこと』を見つけ出して 「なるほど」 と言いました。


ぜんぜん関係ないことを聞くのも、とっても勉強になります。

その人は 「これでもっと楽に穴が掘れそうだ」 とよろこびました。

『ウシどろぼう』はついでにその人に 「はぐれた『見守り』を見なかった?」 と聞きましたが、返事は 「いいえ」 でした。

その人は、また別の人のところへ『ウシどろぼう』を連れて行きました。




ある人は、自分がすぐに ばかなこと を考えてしまうのが悩みでした。

その人は、自分が思いついた ばかなこと を『ウシどろぼう』にみんな伝えました。


でも ばかなこと を思いつくのだったら、『ウシどろぼう』も負けてはいません。

『ウシどろぼう』はその人に、自分が今までにやった ばかなこと をみんな教えてあげました。


その人はそれを聞いて 「あなたは おばかさん だなぁ」 と言って笑いました。

『ウシどろぼう』もいっしょになって笑いました。

それから2人でたくさん ばかなこと を考えました。


ばかなこと を考えるのは、とっても面白いです。

その人はたのしそうでした。

『ウシどろぼう』はついでにその人に 「はぐれた『見守り』を見なかった?」 と聞きましたが、返事は 「いいえ」 でした。

その人は、また別の人のところへ『ウシどろぼう』を連れて行きました。




ある人は、このむらのお医者さんでも治せない、重い病気にかかっていました。

『ウシどろぼう』はその人に触って、体の中をよく見てみました。

そして『ウシどろぼう』は 「これなら治る」 と言いました。


すると、その人はこたえました。


「長生きしたいから病気を治してほしいんじゃないんだよ。でもこのままじゃ、痛くて苦しいんだ。それだけなんとかしてくれないかい?」


『ウシどろぼう』は、その人の病気を治しませんでした。

でもその人の痛みをとるやり方を、お医者さんに教えてあげました。

お医者さんは、その人が痛くないようにしてあげました。

『ウシどろぼう』はついでにその人に 「はぐれた『見守り』を見なかった?」 とは聞きませんでした。


それからしばらくして、その人は死んでしまいました。

その人は、とっても長く生きたおばあさんでした。




『ウシどろぼう』はそれから毎日、『みずうみを守る人たち』の話を聞きました。

『みずうみを守る人たち』は、『ウシどろぼう』のところにやってきては 「あれが困っている」「これがしたい」 と言いました。


『ウシどろぼう』は、みんなにやり方を教えてあげるだけです。

『ウシどろぼう』の話を聞いてどうするかは、聞いた人が考えることです。

『みずうみを守る人たち』は考えることが得意です。

『ウシどろぼう』から知りたいことを教えてもらえば、あとは自分でなんとか出来ます。


『お渡しさん』はこうやって、色んなむらの色んな人のことを知ります。

このむらで知ったことがいつかまた、どこかのむらで役に立ったり、立たなかったりします。


そんなふうにして『みずうみを守る人たち』の困っていることは、ひとつずつくらいは片付きました。

でも『ウシどろぼう』が困っていることは片付きませんでした。

『ウシどろぼう』はまだ、はぐれた『見守り』と会えないままでした。


それに『みずうみを守る人たち』の困っていることも、全部は片付きませんでした。

『みずうみを守る人たち』は『西からにげてきた人たち』のことで、頭を悩ませていました。


昔、死んでしまいそうになった人たちは東に『かえるところ』を作りました。

なんとか死なずにすんだ人たちは、『かえるところ』の周りで暮らしました。

でもずっと昔、西に住んでいた人たちは 「自分たちが住んでいた土地に帰りたい」 と言って、『かえるところ』から はなれて、西で暮らすようになりました。


西へ行った人たちは『かえるところ』にたよらないで、自分たちの力で暮らしはじめました。それが西の人たちです。

西の人たちは、東の人たちとはちがう生き方を、するようになりました。

でも、西の人たちの暮らし方じゃ生きていけない、と思う人たちも増えました。

そんな人たちが少しずつ、西から東へと逃げてくるようになったんです。


『みずうみを守る人たちのむら』はちょうど、東と西のあいだにあります。

『西からにげてきた人たち』 は、『みずうみを守る人たちのむら』の周りに住むようになりました。

その『西からにげてきた人たちのむら』で、 困ったことが起きているようです。




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