シシのアゴを走るヒヅメ -8


彼女は『お渡しさん』に 「これからどうするんだ?」 と聞きました。

『お渡しさん』は 「『見守り』を探す」 と、彼女に伝えました。

彼女は 「それなら(わたしの)むらに来ると良い」と、『お渡しさん』に伝えました。


彼女は『お渡しさん』に、この辺りの地図を見せてあげました。

目が見えない人でも頭の中に見せてあげれば、ものは見えるものです。

そして彼女は 「むらはここにある」と、『お渡しさん』に教えてあげました。


彼女のむらのそばには『西からにげてきた人たち』が、たくさん暮らしています。

もしかしたら『見守り』も、そこにいるかもしれません。

そんなようなことを、彼女は『お渡しさん』に教えました。


『お渡しさん』は、彼女のむらに行くことにしました。

『お渡しさん』がむらに来てくれるのは、良いことです。

『お渡しさん』に、むらの外の色々なことを教えてもらえるからです。


『お渡しさん』は彼女に 「わたしの名前は『ウシどろぼう』だ」 と伝えました。

彼女は 「そう」と、それきりです。




彼女は名前を持っていません。

彼女のむらの人はみんな、名前を持っていません。

それは言葉がなくたって、手をつなげば話が出来るからです。

言葉がないから名前もありません。


それはおかしなことでも、かわいそうなことでもありません。

ただそういうことなんです。


『ウシどろぼう』は 「あなたに名前をあげても良い?」と、彼女に聞きました。

『ウシどろぼう』のむらには、女のお客さんには名前をつける決まりがあります。

『ウシどろぼう』は彼女に命を助けてもらいました。

彼女がいなければ『ウシどろぼう』は、空から落ちて骨を折って死んでいたかもしれません。

彼女は『ウシどろぼう』の、お客さんです。


でも彼女は別に、名前なんかほしくありません。

それに彼女は 「わたし」 とも 「あなた」 とも言いません。

彼女のむらの人たちは『わたし』と『あなた』をわけて考えていないんです。


『わたし』は『あなた』で、『あなた』は『わたし』って考えています。

『わたし』が困ることは『あなた』が困ること。

『あなた』がイヤなことは、『わたし』のイヤなこと。

彼女のむらの人たちはそうやって、ケンカをしないように生きています。


でもそういう決まりだと言うのなら、仕方ありません。

彼女は『ウシどろぼう』から、名前をもらうことにしました。

もらった名前がいらなくなったら、捨てれば良いだけです。

名前は捨ててもゴミになりませんからね。


『ウシどろぼう』は彼女に『シシのアゴを走るヒヅメ』という名前をつけました。

シシって、ライオンのことです。

どうしてそんな名前を付けたのかって?


さっき『ウシどろぼう』が見せてもらった地図には、大きな湖がありました。

その湖の形が 「シシに似ている」 と、『ウシどろぼう』は思いました。

そして自分たちが今いる場所は、ちょうどその『シシのアゴ』でした。

『シシのアゴ』を牛に乗って走る人だから『シシのアゴを走るヒヅメ』です。

ヒヅメって、牛とか馬とかの足の爪のことです。


『ヒヅメ』は『ウシどろぼう』といっしょに彼女のむらへと向かいました。




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