シシのアゴを走るヒヅメ -6



『かこいイヌ』は狩りの名人です。

『かこいイヌ』たちは、見つけた えもの を取り囲みます。

『かこいイヌ』は自分たちの なわばり に入ったものを、ぜったいに殺してしまいます。


ここは『かこいイヌ』の なわばり だったのです。

牛はさっき『かこいイヌ』に見つかってしまったんです。

あの『かこいイヌ』は今ごろ、たくさんの仲間を呼んでいることでしょう。


『かこいイヌ』たちに取り囲まれたら、もうおしまいです。

だから、急いで逃げないといけません。

でも牛も彼女も、たくさん走って、とってもつかれています。

『お渡しさん』は目が見えません。


穴を掘って隠れましょうか?

牛が隠れられるような大きな穴は、今から掘っても間に合いません。


湖の中に逃げましょうか?

さっきはついつい飛び込んでしまいましたが、水の中にはワニがいるかもしれません。


彼女たちがどうしようか悩んでいるうちに、『かこいイヌ』たちがやってきてしまいました。

『かこいイヌ』たちは、彼女たちを取り囲んでしまいました。


彼女はもうあきらめて『かこいイヌ』たちに食べられることにしました。


『かこいイヌ』の なわばり に入ってしまったのはこちらなんです。

こちらが悪いんです。

『かこいイヌ』たちは悪者ではありません。

ただ自分たちの なわばり に入ったものを殺して食べるだけです。

命を殺して食べることは、悪いことではありません。


あなたはお肉を食べたことがありますか?

それは殺した動物の体です。

それを食べたあなたは悪い人ですか?

そうじゃないと、わたしは思います。

だから『かこいイヌ』も悪者ではないんです。


でも『かこいイヌ』にかまれるのは、痛いです。

痛いのは、やっぱりイヤです。

だから彼女は、殺されるまではがんばって逃げようと思いました。

それでもどうせ『かこいイヌ』からは逃げられません。


でも『お渡しさん』さんは、これっぽっちもあきらめていませんでした。

『お渡しさん』は彼女と手をつなぎました。


『お渡しさん』は彼女に 「この辺りでいちばん小さくて強い生きものを教えてほしい」 とたのみました。

彼女は『お渡しさん』に、この辺りでいちばん小さくて強い生きものの姿を見せてあげました。

手をつないでいれば、頭の中で思ったものを、相手に見せてあげることが出来ます。


『お渡しさん』はそれを見て 「なるほど」 と思いました。

『お渡しさん』は 「準備をするから少しだけ時間をちょうだい」 と彼女に伝えました。

彼女は 「わかった。でも『かこいイヌ』を殺してはダメだ」 と伝えました。

『かこいイヌ』たちは悪者ではないからです。

『お渡しさん』は 「もちろん」 とこたえました。


彼女は腰にさげていた小刀をぬきました。

牛は長い角を振り回してみせました。

でもそんなもの、あんまり役には立ちません。


彼女たちより、『かこいイヌ』たちのほうが多いんです。

それに『かこいイヌ』たちは全員、りっぱな牙と爪を持っています。

戦ったって勝てません。


それに、仲間が1匹2匹殺されたって、『かこいイヌ』たちは逃げません。

『かこいイヌ』は えもの が死ぬまで取り囲むのをやめません。

でも『かこいイヌ』たちは、取り囲んだ えもの をすぐには殺しません。

取り囲んで逃げられないようにして えもの が眠くなったり弱ったりするのを待ちます。

えもの が元気なうちにかみついたら、かみ返されてケガをするかもしれないからです。


痛いのはイヤです。

えもの が弱ったらかみ殺して、それでおしまいです。

それがいちばん楽ちんなんです。


だから彼女は 「自分はまだぜんぜん弱ってないぞ」 と『かこいイヌ』たちに見せつけているんです。

彼女は小刀を持って、おそろしい顔をして、大きな声を張り上げました。

これで少しの時間くらいは、なんとかなるかもしれません。


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