第18話 小百合 従業員に現状を吐露する
【再建に向けての始動】
-1-
社長こと大陸の協力で資金面での目処が立つ前の二人が視察旅行から帰って二日後の朝に遡る。
小百合は全従業員を集めた全体会を開いた。
急に何事と訝しがりながら従業員たちは、側の者と話し込んでいた。
「ひょっとしたら、解雇?」
「解雇どころか倒産じゃないの」
それぞれが好き勝手に軽口を効いていた。
斗司登は一番前の席で、そんな従業員たちの軽口を聞いていた。
そこに小百合が千代と一緒に入って来た。
一同に緊張が走り、小百合から発せられる言葉を固唾を飲んで待った。
小百合が話し始めた。
「今日は、集まっていただいたのはみなさんにお詫びを申し上げ、合わせて今後のご協力をお願いするためです」
と言うと小百合は一呼吸を置いた。
「この一週間以上、みなさんを不安な気持ちにさせてしまったことをお詫び申し上げます。
今回の事態を招いたのは、あのテレビ放送が大きな原因ですが、それ以前に私は大きな誤りを犯していました」
小百合が何を言おうとしているのかわからず従業員対の表情に戸惑いが表れた。
「私は銀行を辞めてこの旅館に帰って来ましたが、旅館を継ぐに当たりある程度の勝算を持っていました。
それを形にするためにみなさんにあれこれ一方的に指示を出しましたが、初めから私は誤ったのです」
小百合は従業員たちの顔を見回した。
「旅館は私が支えているんじゃない。みなさんが支えているということを置き去りにして自分勝手に突っ走ろうとしていたのです。
だから、仮にあのテレビ問題が発生しなかったとしても早晩、必ずこの旅館運営は行き詰まったに違いありません」
小百合は大きく深呼吸した。
「そこでお願いですが、こんな未熟な私ですが、生まれ変わってこの旅館の為に働こうと思いますので、みなさん、どうかこの旅館を存続させるためにお力を貸してください」
と言って深々と頭を下げた。
そこへ斗司登が「具体的にはどうするんですか」と質問をした。
他人ごとのように聞いている従業員の心を引き入れるために斗司登がワザと質問をしてくれていることが小百合にはわかった。
そのことを感謝しながら斗司登を見て小百合が答えた。
「はい、これからは私は一から旅館の仕事を勉強しようと決めました。
皆さんがしている仕事も知らないで、あれこれ指示を出してもみなさんが戸惑うばかりだったと反省したのです。
だからその際、何でもいいです、皆さんの意見を聞かせてください。
どうすればこの旅館が良くなっていくのか、みなさんがこれまで泊まった旅館で、その旅館のこんなことが良かった、こんなところでがっかりした等々何でも結構です。
いただいた意見をこれからの旅館運営に活かして行きたいと思っています」と答えた。
しかし、話を聞いた従業員たちの反応は冷めたものであり、何の反応も返っては来なかった。
『そんなに急に変わることはない。私とみんなの間には壁がある。その壁をなくしていくのがこれからの私の仕事だ』
と小百合は自分に言い聞かせたのだった。
-2-
小百合の熱弁に対してシラッとした空気が流れる中、小百合は「もう一つ、大事なお知らせ、決定事項があります」と言った。
その瞬間、小百合は
『塩らしいことを言いながら、喉元も乾かぬうちに決定事項だと、やっぱり上から目線じゃないか……』
と言うような従業員の冷たい視線を感じた。
小百合は『そうか、これがみんなが思っている私に対する思いなんだ……』
と改めて痛感するのだったが言葉を続けた。
「当旅館では、今後月曜日の午後から翌火曜日までを休館とすることにします。
当番の人を除いて水曜日の朝から出勤していただければ結構です」
それまでの話には反応しなかった従業員たちは蜂の巣を突いたような騒然となった。
「休むって、賃金も減らされるってことですか?」
斗司登が、事前に示し合わせていたとおり、みんなの一番聞きたいことを質問した。
「給料は、これまでどおりの支払いをするので、心配はいりません。ただ、旅館が継続出来ればの話ですが」
「潰れることもあるってことですか」
「先代のころから経営は下り坂に入っており今銀行に3億円の借金があります。
そこに持って来て、今回の炎上によりお客様の激減があり、正直、先のことはわかりません。
でも、最後の最後まで私は諦めません。やり抜きます」
「そんなに苦しいのに、休館日を設けたらせっかく来ようかと思ってくださったお客様を見す見す逃がすことになるのではないですか」
「それも、考えました。でも、今は営業しても、平日のお客様は期待できません。
それなら一層、休んで他の日に全力投球した方がメリハリが出来ていいと思うんです。とにかくやってみましょう。
今、うちの旅館はどん底にいます。何をしても、今以上に落ち込むことは何もありません。
何もやらずに潰れるくらいなら、何でも新しい実験をして、やるこはやり尽くした、と満足して潰れましょう」
言っていることはめちゃくちゃで、少なくとも経営者が口にすべき言葉ではなかったが旅館の秘密事項までも明け透けと語る小百合の言葉を従業員たちは好意的に聞き始めていた。
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