第17話 小百合 大きな山を動かす
【旧友 再会し反転攻勢へ動く】
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翌日、大陸は清々しい気持ちで出社していた。
旧友との久しぶりの痛飲で楽しい時間を過ごせたからだった。
大陸が座っていた常務席の机の上には簡易折り箱に入れられた二種類のお菓子が5個ずつ二列入ったものが載っていた。
「常務、それなんですか?」
若い事務員が聞いて来た。
「これか?これは新商品のサンプルさ」と大陸が言うと
「うわぁ、美味しそう。一つ食べていいですか」と事務員が言った。
「いいよ。食べて感想を聞かせてよ」という大陸の言葉を受けて事務員が集まって来てお菓子を手で摘まんだ。
「うっ……これってクロスを砕いてチョコでコーティングしたんですか?」
「あぁ、そうだよ。どう味は?」
「歯触りが良くて美味しいです」
「常務、ナイスアイデアですね。これだと廃棄している欠けたクロスを商品に生まれ変わらせることができますね」
「捨てればゴミ、使えば資源、なんて標語が昔あったような気がするけど、まさにそれですね。さすが常務……」
「あっ、こっちはチーズ味だ」
「えっ、どんな味……」
「あっ、これも美味しい。こっちは絶対、ビールのお供ね。朝からビールが欲しくなってきちゃったぁ」
小百合から渡された新商品のサンプルをつまんで事務員たちは盛り上がっていたが大陸はそれを見ながら
『これは行けるかもしれないぞ』
と改めて思った。
昨日、小百合たちからこれを見せられ、その場で口にして見て
『これは商品になるのでは……』
と直感し、検討するから預からせてくれと答えたが、目の前の若い事務員たちの反応を目の当たりにして夕べ以上に確信をするのであった。
『よし、ちょうど今日は役員会議がある日だ。委員長の旅館を助けるためにも早めに商品化して資金面でのバックアップをしてやろう』大陸は、そう思うのだった。
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午後5時から定期の役員会議が行われることになっている。
大陸は会議の15分前に外回りから戻って来た。
マイ水筒のコーヒーを飲みながら新商品の件を役員会議で切り込もうか、と頭で思考していた。
そんな大陸は目の前の事務員が電話の相手先に対して
「いえ、弊社ではそのような商品は販売していません。はい、何かの間違いでは……」
と話しているのが聞こえた。
その電話を切った事務員に「何だ、何かトラブルか?」と聞いた。
「それが変なんです。お昼前くらいから、今朝、常務からいただいたお菓子のサンプルに対する問い合わせが何件かかかって来ているんです。
ぜひ、食べてみたい、とかどこで買えるのかとか……」
それを聞いた大陸は
「おい、その意見と相手の性別、だいたいの年齢層をワンペーパーにしてくれ。大至急だ。会議に持って入るから」
と声を高めて指示した。
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その日の午後8時、大陸から小百合の携帯に電話がかかって来た。
「委員長。役員会でクロスボールの商品化通ったぞ。
すべてOKだった。
クロスチョコボール、大人のクロスボールチーズ味、全部採用だ。
これがヒットすれば橘湾荘の増資分は小浜菓子本舗(株)が引き受けることが決定だ」
「良かった。ありがとう。これでうちの旅館も生き延びることができるかもしれない。
本当にありがとう」
小百合は涙を必死に堪えながら大陸にお礼を言った。
それを近くで斗司登が聞いており、大陸との電話を終えた小百合とハイタッチをして喜びを分かち合うのだった。
大陸は電話を切ったあと、小百合の涙声を思い出しながら
『この商品は絶対、成功させなければ……』と思うのだった。
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30分後、小百合と斗司登は大陸の会社に来ていた。
ロイヤリティー等の契約を結ぶためであった。
早急に結果を出してやりたい、という大陸側からの申し出であった。
契約書の内容を二人で確認し、小百合が署名をした。
大陸が署名した書類と交換し、これで契約が成立した。
「社長、本当にありがとう」
斗司登が礼を言った。
「いやいや。お礼を言うことはないよ。これは弊社にもメリットが大きな商談なんだ。
御社の提案に価値があったから弊社がそれに応じた、それだけだよ」
と大陸はビジネス案件であることを強調した。
「よし、そういうことにしておこう」
と斗司登は大陸の友情をありがたく受け取ることにした。
「それよりもさ、変なことがあるんだよ」と大陸が言い出した。
「何か、あったの……」小百合が聞いた。
「それがさぁ、まだ商品化もしていない、このクロスチョコボールの引き合いが今日だけでも5件あったんだよ。
おかしいだろう。
お前たち、何かこの話をよそでもしたりしてないか……?」
大陸は怪訝な顔で二人に言った。
それを受けて斗司登が
「実は、うちのイメージビデオをSNSにアップしたんだけど、その中に委員長が作ったお菓子を食べるシーンを入れたんだ……」と言った。
それを聞いて大陸は「それでか……」と納得したような表情をして
「どんなイメージビデオを上げたんだ」と言った。
「改めて言葉で言うと恥ずかしいんだけど、私が着物を着て小浜の海をバックにクロスチョコボールを優雅に食べているところをSNSの動画サイトに流しただけよ。
もちろん、バッチシ橘湾荘の文字も入れているけどね」
「それだけ?」
「それともう一つ、うちの仲居のお嬢さんに、とっても可愛い子がいるのよ。
私たちの、ブラス部の後輩。
この子にフルートを吹かせたあとに男の子とクロスチョコボールを食べさせっこする動画もね。
くやしいけど、再生回数は私の方が少し負けているんだ。
まだまだ小娘には負けないと思っていたのにな」
と本気で悔しそうに小百合が言った。
「何か、情景が浮かぶような感じだね」と大陸は言うと鞄からタブレットを取り出し「何て、検索すれば出てくる?」と聞いた。
二人は顔を見合わせ苦笑しながら「クロスチョコボール」と言った。
「そのまんまじゃん」と大陸も苦笑し
「クロスチョコボール」と入れて検索してみた。
すると、いくつかの動画が現れた。
『これか……』大陸はそう言うと、小百合の着物姿のサムネイルをクイックしてみた。
すると懐かしい「木綿のハンカチーフ」をスローで口ずさみながら足湯の側を歩く小百合の画像が出てきた。
小百合は夕日を見ながらクロスチョコボールを一口囓ると涙を一筋流した。
カメラが小百合からフェイドアウトしていく中で防波堤置かれたクロスチョコボールのアップになり、最後は橘湾荘の外観が映って終わるという短い映像であった。
大陸は見終わった感想を言うこともなく、次に、可愛い中学生がフルートを吹いているサムネイルをクイックしてみた。
可愛い女子中学生が海をバックにフルートを吹いている。
女子生徒の顔がアップになっていく。
そこで画面が切り替わり、同じ防波堤を男子中学生がトランペットを吹きながら歩いてくる。
二人の合奏がしばらく続く。
女子生徒が演奏を止めて、ニッコリ微笑んだ顔がどアップになる。
二人は、手に持ったクロスチョコボールの箱からクロスチョコボールをそれぞれ取り出してお互い、相手の口に入れ合うところで橘湾の夕日に画面がかわり橘湾荘の全景を写して終わるというこれも短い動画であった。
動画サイトを見終わり
『…… これって…… こいつらの旅館を助けたくて、こいつらのアイデアを急いで役員会議で通してけど、ひょっとすれば、こいつらを助けることよりもこいつらが、うちの会社の救世主になるかもしれないぞ』
大陸は心の中で唸るのだった。
「モデルは合格レベルだったでしょうけど…… ビデオの出来はどうだった?」
と小百合はおちゃらけを入れて聞いた。
「そうだな、まあ、モデルは素人ぽくって、それなりの味があったけどクロスチョコボールのパッケージは工作レベルで酷すぎるよ」と大陸は言った。
「仕方ないよ。急拵えで、半日で撮ったんだからねぇ。
素人作としてはよく出来ている方じゃないの」
小百合は口を尖らせて言った。
「うん、それは認める。早急にお菓子のパッケージを試作して、このシチュエーションでもう一度撮影をし直そう」
と大陸が言った。
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その翌日以降も、小浜菓子本舗の電話とネットにクロスチョコボール等の注文が相次ぎ、日に日にその数は増えて行った。
そこで大陸は、自動化の機械ができるまでの間は手作業で、このお菓子を作ることにする。
その場所と人手として大陸が提案してきたのが、橘湾荘の部屋と従業員たちを使って作業を行うというアイデアであった。
そのことを大陸から提案されて戸惑う小百合に大陸は
「場所代と従業員への時給を支払う」
と提案した。
その言葉を聞いて小百合は、大陸の深謀遠慮に感謝をするのだった。
この大陸の提案によって従業員に給与を支払うことができ、借金の支払いの足しにもなったからである。
こうして見切り発車であったがクロスチョコボールの製造が始まり、一定数が出来上がるのを持って販売も開始されるのだった。
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大陸の予想どおり、小百合が発案してクロスの不良品を使ったクロスチョコボールと、おつまみ用の大人のクロスボールチーズ味は、動画サイト効果もあり売れ行きは好調で、ヒット商品となった。
動画サイトの画像に手を加えテレビコマーシャル版を作り流したことが、動画サイトで点き始めた火を燃え広がせる原動力となった。
大陸はお菓子についてのアイデア料として1個売れるごとに小百合の旅館にもロイヤリティーが入る契約を小百合と結んでいたので本業の収益が激減する中、雑収入として旅館の経営基盤の支えになっていた。
それより大きかったのは小浜菓子本舗が、後ろ盾についてくれたことで金融機関からの資金引き上げ話が出なくなったことと、運営資金の借り入れを受け付けてもらえるようになったことであった。
資金面の「大きな動かざる障壁」を動かしたことで斗司登と小百合の反転攻勢の足場はしっかりと固まったのだった。
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