第16話 旧友に再会し反転攻勢をかける
【旧友に再会し反転攻勢をかける】
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翌々日、斗司登と小百合は地元で昭和の初めから製菓業を営み、広く銘菓クロスで知られた雲仙糧食(株)に常務の立花大陸を尋ねた。
斗司登と小百合は応接室に通されて大陸の来るのを待った。
「ここも立派になったもんだな」
と斗司登が言うと小百合も
「えぇ。本当に」と答えた。
この会社は、二人が中学生のころはブラスバンドの練習が終わると、「社長」というあだ名で呼んでいた大陸に連れられて4人でよく来ていた場所だった。
ここに来ると、この会社の主力商品であるクロスが製造過程等で割れて商品として出せなくなったものを、ただでもらって食べられるのだった。
そう4人。もう一人は以前、小百合に謝罪するなら誠意がわかるような謝罪をしろ、と迫った楽長と呼ばれていた新川澪里であった。
小百合の脳裏に中学校時代の澪里の姿、笑顔と昨日の般若のような澪里の顔が交差して浮かぶのだった。
小百合がそんな複雑な思いをしていると、応接室のドアをせわしなく叩く音とともにドアが一気に開かれて、見るからに育ちの良さがにじみ出た青年実業家といった風の懐かしい顔が飛び込んできた。
「おう、おう。委員長。久しぶり。元気していたか……」
大陸は満面の笑みを浮かべて小百合の手を握ってきた。
「えっ、えぇ。元気よ。社長も元気間違いなしね」と小百合も笑顔で返した。
大陸は握った手を離して椅子に座ると
「委員長、お母さんのことは大変だったね」と言った。
「その節は会葬いただきありがとうございました」
と小百合は少し、しんみりしたように応えた。
「しかし水くさいな。帰ったらすぐに連絡くれれば歓迎会をしたのに」と大陸が続けた。
「ごめんね。急に旅館を継ぐことになり、あとはやることが多すぎて、毎日てんてこ舞い状態だったの」
「旅館の方、大変なようだね」
「もう、旅館業組合以外にも広がっているでしょう」
小百合が顔を曇らせて言った。
「うん、大体のことは聞いている。組合の緊急会議でも大変だったことも伝わっているよ。
でも、それって委員長がこの温泉街に多大な迷惑をかけたということは、みんな怒っているけど、楽長も親友だった百合ちゃんに、あそこまでさせるかって楽長に対する非難も出ているようなんだ」
神妙な顔で大陸が言った。
意外な話を聞いて戸惑う小百合だった。
「別に澪ちゃんは間違ったことは言ってないよ。
今、この町の旅館業者はみんな必死に頑張っている中で私が小浜の名前を貶めるようなことをしたんだからみんなが怒るのは当然だし、それを代表して澪里ちゃんが人一倍厳しく私に当たってくれたから私に対する吊し上げも1時間ちょっとで終わってくれたのよ。
もし、そうじゃなかったら、私はもっと長時間、組合員さんたちから責められていたはずよ」
「綺麗事でも、そう言ってくれれば俺は嬉しいよ。中学時代に一緒に汗と涙を流して頑張って全国大会で金賞を取った感動を分かち合った仲間が大人になって仲違いするのは、俺はつらいんだよ」
「ありがとう。社長」
「それでさあ、少し俺の話を聞いて欲しいんだけど……」
「何、何の話よ」
「実は、その楽長の話なんだけど……」
「澪ちゃんがどうしたの」
「去年の春すぎころ、楽長が親父さんと委員長を銀行に尋ねてきたことがあったろう」
「あぁ、去年の大型連休明けころね……」
「うん。多分その頃と思う。
委員長、その時のこと、覚えているか……」
「えぇ…… 突然尋ねて来て一千万円融資してもらえるように担当を紹介してくれって言われたわ
そんなこと言われても、そんな伝手はないし、仮にあったとしても都市銀行が地方の一旅館に融資するなんて考えられないことなのよ
だから、その事情をお話しして納得してもらったわ」
「わかっている。俺はわかるし、楽長も頭ではわかっている
だから親父さんが楽長に親友の百合ちゃんがいる都市銀行に融資をお願いしてみようと言い出したとき、絶対に無理だからやめよう、百合ちゃんにも迷惑をかけてしまうから、と必死に説得したんだが……
にっちもさっちもいかなくなっていた親父さんは万が一つの奇跡を願って楽長を連れて上京したんだ」
小百合は大陸の話に黙って聞き入った。
「そこで断わられた親父さんは委員長に土下座して取り次いでくれ、仲介してくれ、と頼んだ
委員長は、「無理なものは無理」だから、人前でこんなことはやめてくれ、と親父さんを起こそうとしたけど、親父さんは辞めようとしなかった
仕方なく委員長は、会議があるからって、その場を立ち去ったんだろう」
「え、えぇ…… そうするしかないと思ったの
すごく困ったし、その後もしばらくそのことを思い出すと胸に嫌な渦が湧き上がってくるような気がしたわ」
「もう一度言うけど、俺はわかるし、楽長も頭ではわかっている。
でも、それを側で見ていた楽長は委員長に対して激しく憎悪を覚えてしまったんだ
それから町に帰ってきてしばらくして親父さんはあっけなくこの世を去っていった
逆恨みであることは楽長もわかっている
わかっているけど、いつか仕返しをしてやると思い続けてることが楽長のエネルギーになったようだ
親父さんが広げた温泉ホテルを手放すことで借金を清算したが今のこぢんまりした空き旅館を借りてまで旅館業界に残っているのは、そのエネルギーがあるからのようだ
そんなとき委員長が帰省して旅館を継いだ。そして今回の騒ぎだ
楽長は、醜く膨らんだ復讐心から委員長を激しく責め立てていたのだそうだ」
小百合は何も言わずに大陸の話を聞き続けた。
「それで楽長は、少しは復讐心は和らいだのかな……」
と斗司登が言った。
「いや。逆さ。深々と謝罪する委員長の姿を見た瞬間、罪悪感が楽長を襲ってきたそうだよ
もともと委員長には何の責任もないことはわかっていたのだし
ただ、娘の親友に頭を下げて懇願しなければならなかった父親の無念さを委員長のせいにすることで昇華させようとしていただけだったから、自分のごまかしに気付いたら後悔が自分を襲ってきたというわけさ」
「いや、違う」と小百合が言った。
「えっ……?」
斗司登と大陸は小百合の次の言葉を待つのだった。
「確かに私は間違ったことは言っていない。でも、正しいことを伝えることは正しいとは限らない
人はみんな感情がある生き物だから
あの時の私は自分がしてことについては後味は悪かったけど間違っていたとは一寸も考えたことはなかった
でも今、銀行を辞めて旅館の女将を始めてみて、あの時は見えなかったものが見えるようになってきた」
「……」
聞き入る斗司登と大陸
「社長の話を聞き、あの時のことを思い出してみるとやっぱり私には澪里ちゃんに恨まれても仕方がないところがあったと思える」
「どこが?」と大陸が聞く。
「オジさんがどういう気持ちで東京まで娘の親友を尋ねてきたか。オジさんだって長く社会人として頑張って来られた方だし、世の中の仕組みはちゃんとわかっていらっしゃたはずよ
それでも可能性がなくても縋るしかないほどオジさんは追い詰められていた」
「そうだろうね」
斗司登が言った。
「そんな故郷の人のことを考えるなら、一度受け止めてやる必要があったのよ。ダメとわかっていても私なりに努力してみることはできた
その上でダメだった、と答えたのならオジさんも澪里ちゃんも納得してくれたかもしれない
少なくとも今みたいな感情を抱かれることはなかったはず。今ならわかる
あの時は、第1希望の大銀行に就職が決まり仕事の面白さが段々わかり始めた時期で、過去の人脈を疎ましく思う心がどこかにあったのかもしれない
私は違うって…… そんな私の慢心が澪里ちゃんの心を傷つけ恨みを持たせたのだと思えるの」
その時である。「違う」という声とともにドアが開いて澪里が飛び込んできた。
「違うの百合ちゃん。私が逆恨みしていただけ、貴女は悪くない」
そう言いながら澪里は小百合に抱きついていた。
突然の澪里の登場に小百合は驚きながらも「ゴメンね。ゴメンね。澪ちゃん」と澪里を抱きしめ涙で顔をグチャグチャにする小百合だった。
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その夜、橘湾荘普賢の間に3人が集まっていた。
そこに斗司登が料理を運んだ来た。
卓上の上に斗司登の手による、フグ刺しとフグの唐揚げ、スッポンの唐揚げが並んでいた。
「この後、フグとスッポンのW鍋と溶岩ステーキも出すから…………」と斗司登が言った。
「へぇ…… 凄いご馳走じゃないか……」と大陸が言った。
「団長と考えた、これからの、うちの看板商品にある秘策の料理よ」と小百合が言った。
「凄いね、これ…… きっと話題になり集客に大きな力を発揮するわ……」と澪里は言った後、少し考えていたが「ねぇ、百合ちゃん、団長…… この料理、うちでも出せるようにしていいかな……」と遠慮がちに言った。
すると小百合は、速攻「もちろんよ。小浜温泉は共存共栄、この料理を出す旅館が増えれば小浜温泉全体の売りになり、巡り巡ってうちの利益のなるもの…… そんな構想を二人でも話し合ったの…… その第1号に澪ちゃんがなってくれるなら大大歓迎よ」と満面の笑顔で言った。
「ありがとう、百合ちゃん」と笑顔で澪里が返した。
久しぶりに中学校の仲良し4人組がそろって楽しい宴が始まった。
4人は、中学生に帰って腹の底から笑い合うことができた。
小一時間経ったころに斗司登が佇まいを正して
「社長、酔っ払う前に一つお願いがあるんだけど」
と切り出した。
「何だよ、改まって。金なら貸さないぞ。お前たちとの友情を壊したくないから」と大陸が言った。
「借金じゃないよ。融資して欲しい。五百万円お願いしたい」
「ダメだ。友情に金が介在すると大事な友情が壊れてしまう
お前たちは俺の大事な友達で一生友達でいたい、だからお金の話はしない
もし、これ以上言うなら俺は帰るし、しばらくお前とは会わない」と大陸は毅然と言った。
「まあ、待て。これはビジネスだ。担保を入れる。それを見てから俺の話に応じるかどうか決めてくれ。担保を見てもダメだというなら、もうこの話はしない」
というと斗司登は部屋の冷蔵庫を開けてナプキンをかけて一枚の皿を持って来た。
小百合は、その様子を微笑んで見ていた。
これは小百合のアイデアでもあったのである。
澪里は興味深そうに皿の中の正体に注目した。
斗司登は皿を卓上中央に置いた。
「さあ、見ろ。これが担保だ」
と言って斗司登は皿のナプキンを取った。
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