第9話 小百合 視察旅行をする

【小百合 視察旅行をする】


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 翌日の午後、斗司登と小百合は千代ら従業員に見送られて車で旅館を後にしようとしていた。


 夕べ、これからの旅館の運営について二人で話し合った際に斗司登が小百合を連れて行きたいところがあるからといい、一泊二日の視察旅行をすることになったのだった。


 「それじゃ、行ってきます。あと、よろしくお願いします……」


助手席から窓を開け千代らに手を振りながら小百合が言った。


 「今日からは、この旅館のことは忘れて、ゆっくり楽しんできてくださいね」


と千代が小百合に言った。

 小百合は千代らに頭を下げ、斗司登は車を発進させた。


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 「夕べ聞き忘れたけど、どうして昨日、フグとスッポンを出したの。どこでも食べられるものじゃなく小浜でしか食べられないものを出そうと言った夕べの話と矛盾するんじゃないかな?」


 助手席から小百合が斗司登に言った。


 「俺がフグとスッポンを出したのは、この高級食材が地元産と銘打つことが出来るからだよ」と斗司登が言った。


 「地元産?」


 「そうだよ…… スッポンは諫早市の森山町で養殖されて全国に出荷されているんだ。


それなのにそれを作っている県内ではあまり蝕されていないから生産されていることさえ市民、県民にはあまり知られていないんだ」


 「それじゃ、フグは……」


 「長崎県はフグの一大生産地なんだ。長崎市の牧島地区や松浦市の高島でたくさんのフグが養殖されて県外に出荷されているんだ。


 「へぇ、そうなんだ……」


小百合は驚き、感心したように言った。


 「そんなトラフグ県なのに県内でトラフグをうたったホテル、旅館は少ないんだ。


これって逆に狙い目を意味していると言えないかい」


 「そうだね。やっているところが少ないってことは、うちの旅館の売りになるね」


 小百合は合点が言ったように頷いた。


 「俺が昨日、フグを出したのはもう一つ理由があるんだ」


 「理由が……?」


 「そう、この小浜で俺の高校時代の悪友が温泉を使ったフグの養殖に取り組んでいるんだ。


それが、どうにか軌道に乗りそうだというので、それなら「小浜の温泉フグ」と銘打って夕食に出せば溶岩ステーキやスッポンと並んで旅館の目玉になると思ったんだよ」


 「温泉でフグの養殖を……?」


 「あぁ、今日は予定に入れていないけど、今度、時間を合わせて見に行こうや」


 「えぇ、是非、行ってみたい……」


 「小浜温泉は塩分を含んだ塩湯だから、養殖には適していたんだけど誰も取り組む人がいないことに目を付けた悪友が挑戦したって訳さ」


 「でも、誰もやっていない養殖って大変だったでしょうね。資金もかかるだろうし」


 「小浜って、人口が減り廃校になった小学校がいくつもあるだろう。奴はそれに目をつけて、その廃校跡を活用することで経費の節約を図ったんだ」


 「なるほどね……」と言ったあと「あぁ、それと昨日のフグ刺しで描いた鶴、あれ本当に見事だったね、いつどこであんな技術身につけたの……」


 「その悪友が酔っ払った席でフグの養殖を始めるって言いだした時に、それならそれを商品として旅館で出すためにはどうすべきかとその場で一人考えたんだ。


それでフグの調理師免許を取らなければと考えて専門店に修行に入ったんだよ」


 「ひょっとしてスッポンも……」


 「あぁ、スッポン店でも修行したよ」


 斗司登は事投げもなく言うのだった。


 その言葉を聞き、小百合は車を走らせる斗司登の顔を見つめるのだった。


-3-


 斗司登は雲仙市の隣の市である島原市を目指して広域農道を車を走らせていた。


 サッカー部が何度も日本一になったことがある国見高校がある国見町を通り過ぎ島原市に入った。


 島原市に入ってしばらく行ったところで斗司登は「味み鳥」という看板がでているプレハブ小屋のような店の駐車場に車を入れた。


 「ここ何のお店。焼き鳥屋さん?」と小百合が聞いた。


 「鳥を焼いてくれる店なんだ。出来たてで美味しいんだよ」


と言って店に入って行った

 小百合もそれに続き中に入った。


 小百合が店内を見ると店内には冷蔵ショーケースが置かれ二段になったケース内にはトレーに入った塩味や味噌味の生の鶏肉が入っていた。


 先に入っていた客が選んだ味の肉とグラム数を言うと店員がその肉をパックに取り分けて販売側の内ドアから外に出て外の店員に渡していた。


 外の釜でそれを焼いているようだった。


 それと合わせて、焼き上がった、その前の客の分を店員が持って来てレジ袋に入れている。


 店中に、鳥が焼けた得も言われぬ良い香りが広がった。食欲中枢を刺激する美薫だった。


 「どの味が美味しいの?」と小百合が斗司登に聞いた。


 「好き好きだけど、取りあえず塩味を食べようか」と言った。


 斗司登は塩味を200グラム注文した。


 店員が「焼きますか」と聞いてきたので斗司登は「お願いします」と答えた。


 10分待っていると注文した鶏肉が焼き上がってきた。

 それを持って二人は車に戻った。


 車内で、早速タッパを開けて小百合は爪楊枝で湯気が上がる肉を刺して口に運んだ。


 口中に塩味と肉汁が広がった。


 「美味しい」と小百合は言った。


 「やはり、焼きたてだから美味しいね」と斗司登も答えた。


 「これってうちの宿でも出したいね」という小百合の言葉に斗司登は


「そうだね。まずは卸から鶏肉を仕入れるしかないけど、将来的には雲仙市は耕作放棄地がたくさんあるから、その放棄地で地鶏を育てて雲仙鳥としてブランド価値を高めた鶏肉を焼いて出したいんだ。


野菜も、育てて使えるようになったら最高だね」

と将来展望を語った。


 そんな斗司登を小百合は黙って見つめていた。


 「何だよ。何か言いたいのかよ」


 「ううん。先のことまで考えているんだなっと思って」

と小百合は感心したように言った。


 「そんな考えを実現するためには、何としても旅館を継続させる、これが絶対目標だな」


と斗司登が鶏肉を頬張りながら言った。


 小百合も爪楊枝に鶏肉を1つ、2つ、3つと突き刺して一気に口に頬張り


「そうだ。間違いなく、そうだ」と言った。


 「そんなに口にいっぱい入れてしゃべっても何を言っているかわからないぞ」


と斗司登は言いながら車のギアーを入れて車を島原に向けて発車させた。

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