第10話 小百合 視察旅行する 2

【小百合 視察旅行をする】


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 20分くらいして車は本通から狭い道に入って行った。


 『目的地についたのかな』と小百合は周囲を見回した。


 城内という表示があった。


 どこかホテルのような建物が見えてきて車はその駐車場に入っていった。


 「ここ?」と小百合が聞いた。


 「そうだよ。着いたよ」と斗司登は車を止めながら言った。


 車から降りてホテルの出入口に二人は進んだ。


 小百合がホテル名の表示を見ると「南風閣」と書かれていた。


 『南風閣か……何で団長は私をここに連れてきたんだろう』と小百合は考えながら斗司登に続いてホテルの中に入って行った。


 受付を済ませてた二人を仲居が部屋に案内しようとした。


 それに対して斗司登は、「館内散策しながら行きますので大丈夫です」と案内を断った。


 フロントから奥に進んでいくと通常のホテルや旅館とは違う施設が見えてきた。


 子供が遊べるビニールボールを満たした中に滑り台があるプール状の遊び場があり、その近くには漫画本がたくさん並んだ本棚があった。


 その手前には休憩用の椅子がいくつも並んでおり、その側にはスマホの多機種充電コードがいくつも設置されており、格椅子の間にはオセロゲーム盤がいくつも置いてあり、いつでも誰でもオセロを楽しめるようになっていた。


 充電器もオセロも置いてあるホテル等はあるが、こんなに十二分に置いてあるところは見たことがなかった。


 外を見るとボールに幼児用自転車、バトミントンのラケット等、いろんな屋外の遊びに用具が用意してあり、それを使って遊んでいる子供たちの歓声が響いていた。


 それらを一通り、見てから二人は客室に向かった。


 順路は仲居に聞いていたので迷うことはなかった。


 ロビーから通路に入り歩いていると通路の床面に、各界著名人の名言が書かれていた。


 これを読みながら歩いていると部屋までの通路の長さを感じることはなかった。


 エレベーターで3階に上がると、それぞれの部屋にはすぐついた。


 「それじゃ、6時5分前に夕食会場に行こうか」


と斗司登は小百合に言った。

 「そうね」と小百合が応えた。


 その時間までには1時間あまりあった。


 小百合は、部屋に入りセットされたお茶を自分で入れて一口飲んだ。


 部屋はベッドが置かれており、布団の上げ下げを仲居がする必要がないようになっていた。


 時計を見ると5時15分を指していた。


 食事の前に風呂に入ろうか、と思って小百合は浴衣に着替えて入浴セットを持って大浴場に向かった。


 大浴場は、いくつも湯船があり入浴に変化をつけることができる工夫がされていた。


 露天風呂もあるようだったので引き戸を開けて外に出てみた。

 海が見えるロケーションであった。


 海を見ながら小百合はここ数日の慌ただしさを思い出し「ふぅっ」と大きくため息をついた。


 そんな小百合の目に「アイスキャンディーご自由にどうぞ」の文字が飛び込んできた。


 『へぇ、食べていいんだ』と思いながら小百合はアイスキャンディーと書かれた縦に細長い冷凍庫の上面にあるスライド式の蓋を引いてみた。


 すると中に3種類くらいの違う色のビニールの袋に包まれたアイスキャンディーが入っていた。


 小百合は、その中からピンク色のアイスキャンディーを抜き出し湯船の段に腰掛けて湯に半身をつけたまま、そのアイスキャンディーを頬張った。


 火照った身体に冷たいアイスキャンディーのひんやり感が心地よく感じられた。


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 午後6時、二人は広い食事会場に向かい合って座っていた。


 飲み物のオーダーを聞きに来たウエートレスに「生ビールを2杯、お願いします」と注文した。


 しばらくすると頼んだ生ビールが運ばれてきた。


 二人はビールをかざして乾杯をした。


 「何に乾杯?」小百合はいたずらっぽく笑みを浮かべて言った。


 その顔を見て『やべぇ。やっぱり委員長はマジ可愛いわ』と斗司登は思ったことをもちろん小百合が知るよしもなかった。


 「俺たちの新婚生活に……」と斗司登が言うと、小百合は驚いてビールを喉に詰まらせて咳き込んだ。


 「お、おい。大丈夫か」と斗司登はお絞りを小百合に手渡した。


 「もう何を言い出すのよ。びっくりしてビールが喉に詰まりそうになったじゃないの」


と小百合は責めるように言ったが胸の中がジーンとするのを感じていた。


 これまで斗司登に感じたことがない何かの感情が、小百合を戸惑わせたのだった。


 「ゴメン、ゴメン。冗談のタイミングが悪かったね」と斗司登が言うと「本当よ。頼むわよ」と戸惑いを誤魔化すように言った。


 「で、このホテルの感想は」と斗司登が聞いた。


 「うん。悪くないわ。何かホテル全体からおもてなしの心を感じるわ」


 「そうだね。経営者のアイディアかどうかはわからないけど、来てくださったお客様を楽しんでもらいたい、満足してもらいたい、という気持ちが伝わってくるような気がするね」


 「どうなんだろう。これって一度にこんな風にしたんだろうか」


 「さあ、どうかな。お客様に楽しんでもらいたい、と思い考えたアイデアを少しずつ形にしていったら、こうなったと言うことじゃないだろうか」


 「そうであれば、この形は現在進行形で、次に来たら又、新しい何かがあるかもしれないね」


 「そうだな。これって経営者や支配人のアイデアだろうか」


 「どうなんだろう?」


 「もちろん、それはあるだろうがそれだけじゃないんじゃないだろうか」


 「従業員のアイデアってこと?」


 「ホテル関係者全部でアイデアを出し合い、やれることはやってみようとか、そんな風にやった結果じゃないのかな」


 「そうかもね……」小百合はそういうと、黙り込んでしまった。


 「どうかした…… ?」

斗司登が心配して聞いた。


 「うん。私ってこれまで学歴も積み、社会経験も積んでずいぶん成長したと思っていたけど全然中学校のころから成長してなかったんだな、と思って」


と小百合が言ったが、斗司登はそれに答えず小百合を見つめていた。


 「団長ならわかっているでしょう。私の欠点。……昔のことを思い出しちゃった」


 「昔のこと?」


 「惚けちゃって……貴方はとっくに気付いていたはずよ。私のやり方が間違っており、それって中学時代にブラス部が九州大会を前に空中分解しそうになったときと同じだと」


 小百合は、そう言うと黙り込んでしまった。


 二人は中学校時代のことを思い出していた。

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