第5話 小百合 テレビ番組の取材を受ける
【新女将 小百合 苦闘す】
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翌朝のミーティング。
集合した従業員を前にして小百合が「皆さんに良いお知らせがあります」と切り出した。
最近は、小百合のミーティングに際し、下を向いたり、上の空で聞いたりしている従業員の姿が見られたが、小百合の「良い知らせ」という言葉に従業員は、小百合の口から次に飛び出す言葉が何であるかと注目した。
「2週間後、全国放送のバラエティー番組でうちの旅館で収録がされることが決まりました」
「取材?」「うそう……」
「すごい。全国放送だって」
従業員達は騒然となった。
「放送時間は、何時の番組ですか」
フロント係の女性従業員坂上純代が、声を弾ませて聞いた。
「午後8時からのゴールデンタイムの番組です」と小百合が応えると、また従業員の間に歓声が沸き上がった。
それを見ながら久しぶりに、いや自分が帰ってきてから初めて見る従業員達の明るい笑顔だと小百合は思った。
何かを機に道が開けることがある。
今回、大悟が口利きをしてくれた番組取材は、後にあれから良くなってね、と振り返ることになる大きな出来事になると小百合は思った。
『大悟には、本当に感謝しなければならない大悟、ありがとう』と心で呟く小百合だった。
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大悟からの嬉しい知らせからアッと言う間に2週間が経った。
この2週間、小百合を先頭に全従業員で取材班受け入れの準備に万全を期してきた。
いつも以上に全館の清掃を行い、料理のメニューも考えた。
女将を継ぐと決意してから小百合は旅館の看板料理になる料理の必要性を考えていた。
どの旅館にでもある料理ではなく、橘湾荘にしかない料理。しかも、客が驚くような趣向の料理の必要性を。
そこで思いついたのが普賢岳の火山石をフライパンの代わりにして焼く「溶岩ステーキ」であった。
地元の特徴を活かし、かつ地元の食材を使う地元色を前面に出した料理であった。
思いつく限りの準備はできたつもりであった。
この取材を機に宿泊客が増えれば経営もうまく行きだし返済も順調に進んでいくだろう。
どんなに頑張ってもテレビの宣伝力に勝るものはない。
有名タレントが、一言、この商品は美味しい、とか好き、と言うだけでそれまで無名だった商品が飛ぶように売れるようになったという話はいくらでもある。
そのためにも失敗は許されない。
そう自分に言い聞かせて旅館に入ってくるタレントを迎え入れる小百合たちだった。
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2週間後、旅館の事務室は重々しい雰囲気に包まれていた。
パソコンに向かっていた事務員三枝久美が画面を見つめて「女将さん。水曜日の山田様キャンセルです」と気落ちしたように言った。
「それじゃ、水曜日の予約は?」小百合が聞き返した。
「2件だけです」久美が元気なく応えた。
すべてはあの取材から始まった。
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あの日。婚約者で現在大手商社に勤めている山口大悟の計らいで旅番組の取材が実現した。
今、人気急上昇中のお笑いタレントコンビと若手女優が前菜に箸をつけている。
小百合は前菜について説明をした後、女優が周辺の名所について聞いたので小浜町の観光名所について説明をしていた。
「失礼します」
仲居頭の千代の声がして千代が料理を運んできた。
お造りを出す手はずになっていた。
千代が運んできた舟盛りを見て小百合は表情が変わった。
刺身のお鉢が豪華な舟盛りに変わっていたのだった。
タレントと女優はことさら大げさに感嘆の声を上げた。
「わぁ、すごい」「豪華」
「この料理で1泊、1万5千円ですか。お安い……」
と女優が言った。
「あ、はい……」と歯切れ悪く答えるしかない小百合だった。
その時、小百合は取材前、創作スタッフの責任者とのやりとりを思い出していた。
小百合は、収録前にスタッフの責任者から「視聴者が驚くような豪勢なお刺身なんか出せませんか?」と持ちかけられていた。
「えっ?」と聞き返すと責任者は
「目立つ画が欲しいんですよ。ゴールデンの番組でしょぼい田舎旅館の料理を出されても画にならないんですよね」と言った。
「でも、普通のお客さんにお出ししている、ありのままを見て頂かないと……」
と小百合が応えると
「大丈夫ですよ。放送時にはテロップで料理は別注の料理になっています」
と入れますから。
それにこの取材が放送されたら全国からお客がわんさか、わんさか押し寄せるようになり、大忙しになるんですから」
とゲスい笑みを浮かべて食い下がった。
「そんなことを言っても、この取材に合わせて料理は最高のものを用意しています。食べていただければ美味しさはわかっていただけると思います」
と小百合は応えた。
「わかりましたよ」
責任者は渋々、その場を離れたが、聞こえよがしに
「ちぇっ。まったく使えないぞ。田舎旅館の女将が……」
と捨て台詞を吐き捨てて行った。
その言葉を聞いて小百合は、感情が激高するのを感じた。
『何よ、その態度。こんな取材、こっちから断ってやる』
と思ったが、大悟が取り図ってくれた話だし、今日のために従業員みんなで準備してきたことを思うと、拳をギュッと握りしめ
『我慢、我慢……』
と自分に言い聞かせるのだった。
撮影は順調に進み、次は旅館の名物料理として考えた雲仙牛のステーキが出てくる予定である。
普賢岳から流れ出た、溶岩が固まった火山岩を板状に削ったものを熱く焼き、その上で雲仙牛をお客自身が焼いて食べるという趣向になっている。
「失礼します」
千代が入ってきた。
千代とほかの仲居は、3人のタレントの前に火山岩をセットしていった。
「エッ、これなんです?」
お笑いタレントの突っ込みが聞いてきた。
「普賢岳で流れ出た溶岩が固まった岩を成形した板状火山岩です」と説明した。
「何か、熱そうですね」
ぼけが言った。
「熱く焼いていますので絶対に触らないようにしてくださいね」と小百合は言った。
そこへ千代が肉を入れた蓋付きの皿を各人の前に置いていった。
『あれっ?お皿が違う』
何度も段取りを確認した際の肉を入れて持ってくる皿より二回りも大きい皿だったのである。
小百合の脳裏に嫌な予感が走った。しかし続けるしかない。
「その中に、お肉とお野菜が入っていますでの、どうぞご自由に岩の上に載せて焼いてお食べください」と小百合は言った。
「うわぁ、どんなお肉だろう」
女優は演技か、本心かわからないような満面の笑みを浮かべてそう言うと皿の蓋を取った。
すると、皿には150グラムを超えるような立派なステーキ肉が横たわっていた。
『エッ?』
小百合は表情を引きつらせた。
「すご~い」「美味しそう」
はしゃぎながらタレントたちは板状火山岩に肉を載せた。
瞬間、肉が焼ける音と臭いが部屋中に広がった。
カメラマンは、その瞬間を取り逃すまいとカメラを接近させて、それを撮影していた。
その後も小百合はそつなく撮影に応じて行ったが、その後ことはあまり覚えてはいなかった。
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