第4話 小百合 苦闘する
【新女将 小百合 苦闘す】
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新女将になった小百合は3年で旅館を立て直すという目標に向けて走り出した。
まず、阿部営業部長から仕事のやり方を指導を受け、各取引先への顔つなぎ、借り入れ銀行への挨拶等を一週間に渡って受けた。
阿部は、この一週間小百合を連れて各所を回ったり、仕事の手順を教えながら何でもハイ、ハイ、と返事をして素直に従う小百合を組易しと感じていた。
『大手都市銀行に勤めていたと言っても25歳の小娘、初めての旅館業に戸惑い右往左往している状態で俺がいないと何もできない』
と思っていたのだった。
大学で経済学を学び、都市銀行の総合職として金融界の最前線で働いてきた小百合には分析と戦略をしっかりすれば答えは必ず出る、という勝算があった。
その前に、現状を知る必要から営業部長について1週間、言われるがままに行動したのだった。
しかし、その裏で小百合は再建への第一歩のカードを切っていた。
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翌週の月曜日午前11時、前日の宿泊客の見送りも済ませて事務室では従業員達がくつろいだ雰囲気でいた。
そんな中、フロント担当の女性スタッフが
「営業部長、どうしたんですかね。いつもならとっくに来ている時間なのに……」と言った。
その言葉を聞いて小百合が立ち上がり「みなさん……」と口を開いた時であった。
事務室の扉が激しく音をたてて開いた。
阿部営業部長であった。
阿部は怒気をはらんだ形相で小百合に詰め寄り、書類を丸く握りしめた右手を小百合に突き出し
「これは何だ」
と叫んだ。
「お読みになったとおりです。阿部さん、これまで長年お疲れ様でした。阿部さんはこの旅館を辞めていただきます」
小百合は毅然と言い放った。
思いがけない展開に居合わせた従業員達は驚愕するのだった。
たまたま事務室に来ていた斗司登は無表情でその様子を見ていた。
「何を言ってるんだ!」
血相を変えて阿部が怒鳴った。
「そこに書いてあるとおりです。懲戒解雇です。退職金はお支払いいたしません。
阿部さんが当旅館に与えた損害賠償については後日、郵送で請求させていただきます」
組易しと高をくくっていた小百合の予想もしない厳しい表情に一瞬気後れする阿部だったが、すぐに気を取り戻し
「そんなバカなことが世間で通ると思っているのか。俺が何をしたと言うんだ!」
と小百合に詰め寄り怒鳴りつけた。
それにひるむことなく、小百合はキッと阿部をにらみ返した。
その態度は阿部の怒りに油を注ぎ阿部は小百合に掴みかかろうとした。
その時であった。
二人の間に斗司登が割って入ってきた。
阿部は斗司登を顔を見ると「邪魔するな」と履き捨て斗司登を押しのけようとした。
しかし斗司登は微動だにせず
「これ以上、騒ぎ立てるとあんたの立場はいよいよなくなるぜ」
と阿部を見下ろし言い放った。
その言葉と斗司登の迫力に阿部の動きが止まった。
しばらく斗司登とのにらみ合いを続けた阿部だったが気後れしたのか
「覚えていろ。絶対、このままでは済まさないからな」
と捨て台詞を残し事務所から外へ出た。
阿部はドアを叩きつけるように閉めたため館内に激しい音が響いた。
-3-
内憂であった阿部の首を切った小百合は、その後次から次へと戦略を立て従業員たちにも矢継ぎ早に指示を出し続けた。
それを基に銀行にも再建計画を提出した。
金を運用する側から初めて借りる側に回って小百合は現実の厳しさを痛いほど味わうのだった。
これまで10億、 100億単位の大金を動かしてきた自分であったが、それは自分にとって所詮数字でしかなかったことを実感した。
実際に借りる側にとってお金は人の生き死にを左右する重要なものであった。
金がなければ食材も買えないし従業員への給料も払えない。金がなければ旅館を回していくことができないのであった。
仕事で大金を動かし、毎月、給料日には決まって平均以上の給料をもらうことが当たり前であった生活がいかに有り難いことだったのかを初めて知る小百合だった。
旅館を再生させるためには、まず旅館を運営し続けなければならないが、そのためには当座の資金がいる。
その確保に苦労をする小百合だった。
よく銀行は晴れの日に傘を貸し雨の日に傘を取り上げる、と銀行が悪いように言われることが多い。
それは借り手側からの見方であり、文句があるなら借りなければ良いじゃないか、と小百合は思っていたが、実際自分が融資を申し込む側に立たされてみて、初めて銀行を揶揄する者の気持ちが痛いほどわかったのだった。
それでも辛うじて融資を受けることができ当座の運転資金は確保できたものの、しかしそれも当座であり、結果を出さないことにはすぐに行き詰まることは目に見えていた。
旅館再建のために日夜悪戦苦闘する小百合だったが思ったような成果は出ずに苦悩の日々は続いていた。
就寝前、小百合は日課である日記を書いていた。
この日記は中学校でブラスバンドを始めたころから書いているもので、10数冊目になっていた。
『どうして。何でうまくいかないの。私の考えは間違っていない。私が考えたとおりにやれば必ずうまくいくはず。
売り上げは上がっていくはずよ。うまく行かないのは従業員が私の言ったとおりにしないからよ。あぁ、人材が欲しい。
銀行時代のように優秀なスタッフがいれば、こんな旅館ぐらいすぐに立て直せるのに。
やはり、田舎の旅館にしか勤められないくらいの学歴、能力しかない人たちだから私の方針を理解し動くことなんかできないのよ。
私がどんなに頑張っても今のスタッフ、陣容では再建はうまくいかない。でも今の業績じゃ、よそから優秀なスタッフをつれてくる予算的余裕はない。
力不足でも今の弱小スタッフをうまく転がして動かすしかない』
小百合はそれだけ書くと日記を閉じ、フウッと大きくため息をついた。
休もうか、としたときベッドに置いていたスマホが着信があったことを知らせる点滅をしているのに気付いた。
「誰だろう?」
と呟きメールを見ると東京にいる婚約者の大悟からのメールだった。
小百合の顔に紅がさした。
帰省してから何一つ、楽しいことがない小百合にとって大悟からの連絡はただ一つの楽しみ、喜びだった。
小百合は文面を読んで「うそっ」と歓喜の声を上げ何度も文面を読み返し、小さくガッツポーズを繰り返した。
そして「やったぁ。これで逆転に向けて反転できるわ」
と言って、すぐに大悟に返信を打つのであった。
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