第5話 学園の女神様と二人きりでお茶をしています

 やばい。色々とやばい。


 まず、俺の心拍数の上昇がやばい。心臓が高鳴り、音が聞こえてくる程だ。その上、周囲の状況がやばい。注目を浴びている。何せ学園の女神様と呼ばれる絶世の美少女である望月凛に抱き着かれているのだ。

 

 注目を浴びるのは良くない。この中に学園の生徒がいるかもしれないのだ。あらぬ噂を立てられると迷惑だろう。主に彼女が。


 俺みたいな男と一緒にいるところ。その上に抱き着いているところを見られたら。不利益を被りかねない。


「も、望月さん」


「な、なんですか。団長さん?」


「離れよう……一旦。それで落ち着こう」


「は、はい……わかりました」


 俺は名残惜しくもあるが、凛を引きは離す。本音を言えばその匂いを、その肌の感触を、その体温の温かさを、もっとずっと感じていたかった。


 だが、理性が何とか保っていてくれた。そう、彼女のために良くない。彼女の名誉の為。

 

 ともかくここでは目立ちすぎる。


「どこか別の場所へ行こうか。二人っきりになれるような場所」


 勿論、俺はホテルだとか卑猥な場所へ誘導しようとしているのではない。そんなところに昼間から誘えるものか。夜でも誘えるわけがないが。俺は陰キャの童貞なんだぞ。とてもそんな事は無理だ。


 ましてや目の前にいるのは学園の女神様なのだ。直視する事すら憚られる。


「わかりました。実はこの後の予定では私のおすすめのカフェがあったのです。そちらの方に移動する予定でした」


「よし。移動しよう。そこに、すぐに移動しよう」


 俺は凛の提案に乗る。


 ◇


「……カ、カフェだよな。ここ」


 駅の近くにはカフェがあった。だが、俺が知っているカフェというと何となく、せいぜいスターバック〇コーヒーくらいがお高い印象であった。それか、コ〇ダ珈琲か何か。そんなところだ。


 だが、中に入ったのはどこぞの高級ホテルのカフェテラスであった。値札を見る。そこら辺のディナー程度の金額はした。どのメニューも四桁している。


 コ、コーヒー一杯で四桁。初めて見るその金額に俺は度肝を抜かれた。この金あったらどんだけソシャゲの10連回せるんだよ。


 普通の人からすれば「そこかよ」って突っ込まれるかもしれないが、ソシャゲ―マーにとっては金はソシャゲの課金に置き換えられるものだ。3000円払えば無料で10連ガチャが回せるとよく言うであろう!


「ええ……カフェですよ」


「……そうか」


 俺の知っているカフェではないカフェに来てしまった。何となく落ち着かなかった。しかも目の前にいるのは学園の女神様こと望月凛である。余計に俺の心は落ち着かなくなっている。


 しかも女の子と二人っきりだぞ。あの望月凛と。こ、これってよく考えても、いや、よく考えてなくてもデートって奴じゃないだろうか。


「えーと……はじめまして。望月凛といいます」


 彼女は屈託のない笑顔を浮かべ、俺に自己紹介をしてきた。


「知ってます……望月さんは有名人ですから」


「そうだったんですか……」


「は、初めまして……イリト……じゃなかった。菊池光星と申します」


「同じ学園の生徒さんだったんですね。団長さんって、少し驚きました」


 え? ……覚えていてくれたのか。俺の事。俺なんてただの石コロでしかないと思っていたのに。なんて良い人なんだ。俺みたいなスクールカースト最下位の愚図を。やはりこの方は女神だ。単にスクールカーストの最上位に位置する人物、ってだけじゃない。存在自体が女神様なのだ。


 俺は感涙のあまり拝みたい気持ちにすらなった。


「どうして……」


「え?」


「どうして望月さんはグロブルをやっているんですか?」


「どうしてって?」


「も、望月さんは僕なんかとは違う人間です。可愛いし、頭も良いし、お嬢様じゃないですか。どうして、そんな方がグロブルなんていう、ソシャゲをやっているんでしょうか? 僕は不思議なんです」


 俺は心のうちを打ち明けた。


「なんでやっているかって、単に好きだからです。面白いからやっているだけです」


 屈託のない笑顔を浮かべたまま、彼女は言う。


「好きだから……面白いから」


 そんな単純な理由で。まあ、ゲームなんてそんなものか。好きだから、面白いから、そういう理由でやるものだ。相手に勝つ為、マウントを取る為にやるのはもしかしたら邪道なのかもしれない。


「逆に団長さんは……いえ、菊池さんはなんでゲームをやってるんですか?」


「それは僕にはこれしかないからです。僕は望月さんみたいに勉強もできないし、運動もできない。僕が輝ける世界が、認められる世界がグロブルの中にしかなかったんです。だから自然とのめり込んで、気づいたら『結盟騎士団』の団長になっていました」


「別に自分を卑下する事はないんじゃないですか。菊池さん……いえ、団長さん」


「え?」


「確かに学園の評価は『勉強』や『運動』なんかが殆どでしょう。でもそれが全てだとは思うんです。また学園の外に出れば別の評価基準が出てきます。何も無理に学園の評価に自分を照らし合わせて、自分を卑下する事もないと思うんです」


「……そうですか。それもその通りですね」


「はい。自信を持ってください。団長さん。私達の目の前で闘う団長さんはとっても頼もしかったですよ。かっこよかったです」


 望月凛が目の前で笑顔を見せる。屈託のない笑顔。まさしく女神のような笑顔。それは恐らく誰にも見せる事のない笑顔であろう。その笑顔を今俺だけが見ている。俺だけが独占している。


 何とも言えない優越感にかられる光景だった。


「俺がかっこいい」


「はい。その通りです」


 そうか……評価してくれる人がいるのか。こんなソシャゲしか能のない人間を。グロブルの中でしか輝けない俺を。同じグロブルプレイヤーの中でしか、評価はしてくれないかもしれない。


 だけど、少なくとも目の前の一人の少女。望月凛は評価してくれているのだ。


 その事が俺はたまらなく嬉しかった。


 それから俺達はしばらく、グロブル談義に華を咲かせた。楽しかった。グロブルの話を始めてリアルの人間とできるのだ。しかもこんな可憐な女の子と。楽しい時間はあっという間に過ぎる。


 程なくして、俺達はカフェから出ようとする。


「あ、お代を……」


 財布を広げる。しかし、財布の中はろくになかった。そ、そうか、先月課金しすぎて、あまり金がなかったんだ。


「あ、いいですよ。私出しておくんで」


 凛がカードを取り出す。ブラックカードだ。恐らく限度額無制限のカード。すごい、流石お嬢様。


「はは……じゃあ、遠慮なく……」


 情けなくもあるのだが、俺はこうして女の子に奢られる事となった。


 こうして俺達はカフェの外に出た。


「じゃあ、団長さん! またゲームの中でお会いしましょうね!」


 凛は笑顔で手を振る。


「あ、ああ! またね! 望月さん!」


 俺は手を振る。


 何となく、彼女と出会えただけでゲームは勿論だけど現実世界でもがんばれそうなそんな前向きな気持ちになれた。


 こうして俺は幸せな気持ちで帰路へつくのであった。


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