第拾九話 おでんの膨らみ
世の人間は二種類に分かれる。
おでんを作る人と、作らない人だ。
秋も深まり肌寒さを感じ始めた11月中旬。私は決意をした。おでんである。いよいよおでんの時機到来なのである、季節だけではなく、人生においても。
今まで生きてきたウン十年、私はおでんを錬成した経験がなかった。
だってほら……おかずになりにくいし。白米に合わないし。副菜に悩むし。茶色一色、野菜は大根一択、タンパク質は練物一筋(牛すじ、玉子、タコとかあるけど)。
栄養、彩り、味わい、それらを満たす完全食たる〝鍋物〟とは一線を画す、おでんはおでん以外の何者でもない独裁国家的な何かを感じるのである。
そんな私がどうしておでんにチャレンジしようと思い至ったか。たんにテレビで見掛けて食べたくなっただけ。
しかし、ただのおでんだったら錬成しようと思わない。コンビニで少量購入すれば済んでしまうこと。
黒いおでん──いわゆる〝静岡おでん〟である。黒く濃く艶深いつゆがしみしみの、串に刺さったほくほくおでん。
さくらももこ氏の漫画あるいはエッセイでご存じの方もいるかもしれない。かつて静岡の駄菓子屋には黒いおでんが売られていた。私は幼少期の三年間、静岡市内で過ごしており、行きつけの駄菓子屋が数件あったのだが、友人宅近くの一軒でおでんを売っていた。指サイズのはんぺんが二三十円で駄菓子感覚で買っていたと記憶する。ちなみに、他の一軒ではミニ四駆のパーツ屋が併設されていたが、まあ時代である。あと、土地柄(タミヤの本社は静岡)。今はどうなってるだろうとたまに思いを馳せる。
さて、一時、本場に在住していたとはいえ、私は静岡おでんについて黒いということ以外何も知らない。なので今回はインターネット検索から始まった。読者には〝静岡の民〟も想定されるので、あまりやんちゃはできない。危険に過ぎる。
とはいえ、収集源がインターネットなので信用度は低く、またサイトによっては微妙に違う。総合すると押さえるべきは四点か。牛すじダシの黒いつゆ、黒はんぺんが入っている、串に刺してある、だし粉や青のりをかける。四点とはいえ、ご家庭で全てクリアするのは難事だ、しかも私はおでん初心者である。
まず牛すじでダシをとるのは諦める。あと串は猫らにかっさらわれたら危険なので使用しない。それ以外はなるたけ再現しようと決めた。
静岡おでんを作ろうと決めたのが(要はテレビで見掛けたのが。ちなみに某局の『Youは何しに~』である)月曜。そこから食事当番の土曜になるまで長かった。楽しみに過ぎて、木曜の夜から仕事帰りに材料を購入し始めるほどだ。私は期待に胸をふくらませていた。
だが、実はこの材料集めから苦労した。なんせ私はおでん若葉マーク。スーパーの練り物コーナーで途方に暮れた。適量がさっぱりわからなかったのだ。
ダシをとらないにしても、一応牛すじは入れておきたい。黒はんぺんも絶対、大根、練り物、巾着、玉子、こんにゃく、がんもどき、ちくわぶ、焼きちくわは好物なのでたくさん入れたい。全種制覇しようとすると結構なお値段となる。っていうか、このスーパー高いんじゃ、次の店行ってみるか、あれさっきのとこのが安い、牛すじないし、黒はんぺんは売ってるけど、土曜に地元の店で買った方がいいのか──と行ったり来たり悩みに悩んで、結構な労力を消費してしまった。振り返ってみれば三軒のスーパーで具材を揃えたこととなる。
そうして揃えたのが、牛すじ(調理済み)、黒はんぺん、おでん具材パック、焼きちくわ、厚揚げ、玉子、大根である。大物を作るわけで、土日の二日分は錬成したい。厚揚げは鍋に入りきらなかった場合の転用の可能性も考えた選択だった。
さてホットくクック開始! と勇んでメニュー表を開いて・・・・・・問題が二点浮上。
まず一点目。
冒頭にて、
『世の人間は二種類に分かれる。
おでんを作る人と、作らない人だ。』
とかなんとか書いたけれど、〝おでんを作る人〟もまた二種類に分かれる。
大根を下茹でする人としない人だ。
下茹でにはアクや苦みをとる効果があるらしいが、おでんの場合、必要があるか。メニュー表のレシピには下茹での指示はない。そして今回、ごはんに合うように、多少濃い目の味付けにするつもりだったので、まあいいかの結論に至った。必要と不要を判別するには、ナシを体感するのが手っ取り早い(行政はやっちゃ駄目、ゼッタイ)。
そしてもう二点目。レシピの下に四角く囲った米印──『材料表に記載のねりもの(ちくわ、さつま揚げ)は、記載の分量以上に加熱しないでくだい。』と注意書きである、
ええー・・・・・・好物のちくわはすでに倍以上入れている。うん、総分量、倍以上になっている。
わざわざ他のレシピには書いていない囲み注意。これはさすがに従うべきか・・・・・・従うか、従わざるか。従わないを体感するのが(以下同文)。
具材全部と醤油、酒、砂糖、ほんだしを入れて三十分後。
ちょっと不安になって一時停止を押し、蓋を開けると。
──ぶワッ!
という音が響いたわけではないか、そんな大迫力で具材が迫ってきた。結構すごい、めっちゃふくらむ、練り物の膨張率が400%超えています!(CV 伊吹マヤ)だ。
ええ、これ、まずいやつ? ホットクック(KN-HW24E1¥53,880)壊すやつ? クルマとパソコンに次いで高い買い物なのに?
ちょっと減らすか、でも今更、いやまだ壊れていないし・・・・・・と、慌てている間に、ふくらんだ練り物は見る間にしぼみゆく。後になってネットにてまたも検索したが、練物に含まれる空気が膨張するとのこと。
私は悩んだ。のるか、そるか──そして。
具材を減らしたか、減らしてないか。これについては明言を避ける。
最初はありのままを書いていたのだが、やはり反社(社はメーカーの意)行為をすすめるような内容はまずいと思った次第である。メーカーからの謝礼をまだ期待している身としては。
ただ、おでん錬成後もホットクックは(今のところ)問題なく稼働している、とだけ記しておく。
大根下茹で問題だが、こちらは私の完敗であった。妙な苦みが出てしまい、翌日、米のとぎ汁で下茹でした追い大根をしてみたのだが、圧倒的に翌日のほうが美味しかったのである。透き通った味がする、とは言い過ぎか。すうっと箸で割れ、中心までべっこう色が浸透した大根は間違いなく美味。あっという間に一本消費してしまう。
あれからおでん用の大根は、ご飯をさらえた炊飯器にそのまま大根とほんの少しのお米を入れて炊飯している。
期待も容量もふくらみにふくらんだおでん。その後四回は錬成しており、正月二日目である本日も黒おでんであり、ふくらみはまやかしでなく、大いに気に入ったメニューとなった。なにせ二日間汁物を作らなくて済む。味はといえば、上記の適当黒おでんの
ところで苦労して揃えた材料の一つの食べる時に振り掛ける、だし粉。これはまあ、うん、いいかなということで、主におにぎり用となっている。
★20220103 追記
1点、ホットクックの良い点をアピールするのを忘れていましたシャープさん! なんといってもこの時期嬉しいのが保温機能である。最大12時間保温が可能、つまりいつでも蓋を開けたら、ほかほかおでんであり、これはもう駄菓子屋orおでん屋さんが家内にあるのと同じである、串が刺さっていれば完璧であろう。
ただ、調理終了後、ボタンを押さないと保温に切り替わらない点は、解せない(予約調理の場合は保温に切り替わるらしい。できるんじゃん、いや、最新機種は違うのできるのどうなの!? あれ、結局くさして終わっているのはなぜだろう……)
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