第34話034「何なのこいつ?/ヴィアン・ヘルドライト」



「何なの、こいつ?」


 不貞腐れた顔でため息を吐きながら小声で悪態をついたのは、アリスの従者ヴィアン・ヘルドライト。


——ヴィアン・ヘルドライト


 紫色の魅惑な彩りを放つ長い髪。アリスの従者として横に立つ彼女はアリスと同じ『凛々しさ』と、紫の髪色から放つ『妖艶さ』で周囲から『絶対侍女ファースト・アテンダント』と呼ばれている。


 そんな普段は完璧超人の彼女が珍しく悪態をついた原因は⋯⋯その目の前に繰り広げられている光景だった。


「あ、あのぅ⋯⋯手、握るのやめてもらっていいっすか?」

「おい? 前に『約束』しただろうが⋯⋯あぁ!?」

「っ?! そ、それは⋯⋯そうですが⋯⋯」

「あと、その『他人行儀な言葉遣い』もやめろ。約束ルール違反だぞ?」

「え、ええぇぇ⋯⋯」


 ヴィアンの目の前では主であるアリスが、平民のトーヤ・リンデンバーグに手を絡め体を寄せていた。


「何なの? マジ、何なの、こいつっ!! なんで、こんな平民ごときにアリス様はそこまで近づくのよ!」


 この国の常識を話すと普通、平民が王族と直接目の前で接する機会は人生の内で1回あるかないかで、もっと言えば四高家を除く普通の貴族でも人生の内で10回あるかないかである。


 なので、現在、ヴィアンの目の前に広がっている光景はこの国の常識であればかなりあり得ないと言える。


 ちなみに、ヴィアンの家である『ヘルドライト家』は王族の従者を担う一族として認められている。また仕事上、信頼構築として王族と親しく付き合うこともある為、結果、ヘルドライト家は貴族の間では一目置かれる存在となっている。


 そして、ヴィアンはそんな自分の家に誇りを感じており、また『アリス』から一番の信頼をもらっているとも自負していた。


 だが、そんな時。


 突如、自分の目の前に現れたポッと出の『平民』風情。


 しかも、あろうことか接触を求めてきたのは『アリスから』という事実。


 ヴィアンの心中が穏やかじゃないのも頷けるというものである。


「なんだって⋯⋯アリス様は⋯⋯あんな約束を⋯⋯」



*********************



——昨日 王族専用寮/アリスの部屋


「このとおりだっ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」

「っ!!!!!! お嬢様!!!!!!!!!!」

「アリス様っ!!!!!!!!!!!!!!!!」


 昨日、アリス様が平民であるトーヤ・リンデンバーグに協力をお願いするということで部屋にその平民を招いたのだけど⋯⋯そこでなんとアリス様がその平民に向かって土下座をしたのだ!


 私は一瞬何が起きているのか理解が追いつかなかった。


 それもそうだろう。アリス様の普段のお姿は自然体であっても『威圧』や『畏怖』のようなオーラが出ているし、表情も⋯⋯私からすれば普通の表情だとわかるが一般人からすれば『睨んでいる』ように見える為、中々近寄り難い印象を与えている。


 まあ、私からすればアリス様のその『凛々しいお姿』こそ『アリス様足らしめているもの』であり、それが『アリス様』なのだ。


 しかし、そんな凛々しいアリス様が今、その平民の目の前で土下座し泣きながら協力を求めるよう懇願していた。


 そんなの誰が想像できたであろう。否、神でさえ想像できなかったはずだ。


 私は執事のウルシャ・バーレーンの叫び声にハッと気づくと、その平民にアリス様の土下座を止めるよう指示。そして、その平民⋯⋯トーヤ・リンデンバーグはアリス様に『協力する』と言って土下座していたアリス様を起こした。


 アリス様の興奮が収まるのを皆で待つ中、私はいまだにさっきのアリス様の光景が目に焼き付いて離れなかった。



*********************



 まだ11歳という年齢でありながら、すでに二年前から『戦場』を経験しているアリス様は現に今も魔物討伐や賊討伐などに単身参加している。


 実際『参加』⋯⋯という言葉が適切でないと感じさせるほどに圧倒的な戦果を上げられ、いつしか周囲の大人からは畏怖と敬意を込めて『戦慄乙女フィア・メイデン』と呼ばれるようになった。


 そんなアリス様が『協力して欲しい』と平民に頭を下げるなどが誰が想像できただろう。


 アリス様が言っていたこいつの能力⋯⋯『自己改変セルフ・プロデュース』。


 正直、私は『胡散臭い』と思っている。いや、むしろ『詐欺』だと思っている。


 理由は、そんな特殊能力スキルなど聞いたことがないからだ。


 私は特殊能力スキルについては自分で言うのも何だがかなり勉強している。


 なので、この世界に存在している特殊能力スキルについてはほぼ完全に網羅している。


 そんな私でさえ聞いたことがない特殊能力スキルなのだ。


 アリス様は騙されている!


 しかし、そんな証拠は無いし、またアリス様がトーヤ・リンデンバーグの特殊能力スキルを信じきっている状況だ。今のアリス様に私の言葉は届かないだろう。


 だから、私は決めた。


 私はこのトーヤ・リンデンバーグという『詐欺師ペテン師』の決定的証拠をみつけ、アリス様に突き出すことを。



*********************



「⋯⋯すまない、皆。少し取り乱してしまったな」


 少しすると、アリス様がいつもの凛々しいお姿とお声で話始めた。


「トーヤ・リンデンバーグ⋯⋯協力本当に感謝する。ありがとう」

「いやいや、あそこまでされたら誰も断ることなんてできないって⋯⋯」

「フフ、そうか。ということは私の想いは届いたわけだな」

「っ?! え⋯⋯あ、いや⋯⋯まあ⋯⋯」


 くぅ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!!!!!!!!!!


 な、なにっ?! 何、今のアリス様の表情〜〜〜〜っ!!!!!!!!


 うううぅぅぅぅぅ〜〜〜!!! 今すぐトーヤあいつを・殺・し・た・い。


「さて、では早速だが私には一つ『秘策』がある」

「秘策?」

「ちなみにこの秘策はお前にとっても都合がいいと思うぞ?」

「何?」

「まず⋯⋯」


 そう言ってアリス様が話を始めた。

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