第30話030「一つの可能性とターニングポイント」



「う〜む、これは困った⋯⋯」


 俺は今、一人男子寮から離れた敷地内の森の奥にある小屋にいた。


 その小屋は中に入ると少し埃っぽかったが割とキレイな保存状態だった。


 誰も使っていないようなので、今後はこの小屋は俺の『マイ秘密基地』としよう。


 そんなことはさておき⋯⋯なぜ俺がこんな『人目のつかない場所』に来ているかというと、オーウェンからランチでの騒ぎの詳細を聞いて今後の方針を考える必要があったからだ。


 ちなみに男子寮は小さいながらも一人一つの部屋が割り当てられている。


 なので部屋で考えるのもよかったが何となく用心しようということで俺は外に出た。


 そして、考え事をするのに良さそうな場所を散策していると何となく入った森の中でこの小屋をみつけ今に至る。


「それにしても、どうしてあんな噂になっているんだ?」


 オーウェンの話では今、王族や貴族の間で『能力の急上昇をしたトーヤ・リンデンバーグと、村でBランカー魔獣のエビルドラゴンを倒した者は同一人物である』という噂になっていると言っていた。


 本来、公式発表では『エビルドラゴンを倒したのはオーウェン、レナ、アリアナ先生』となっているのだが、そこにエビルドラゴン討伐後、俺の魔力量が生活で利用する汎用魔法を使うのも困難な最低ラインのFランカーから突如Eランカーへと急上昇したことでその噂に『尾ひれ』としてくっついてしまったようなのだ。


 確かに、これまでFランカーでもかなり魔力量が低かった俺が、数ヶ月でEランカーの魔力量に跳ね上がるなどこの世界の常識ではあり得ない。


 王族や貴族のような魔力量に恵まれた者であれば、高等学校での訓練や実戦などで魔力量が急激に上昇する事例はあるが平民でそのような事例は存在しない。


 さらに言うと、王族や貴族であっても魔力量というのは訓練や実戦で少しずつ上昇するのが一般的な常識であり、トーヤのような魔力量が急上昇するケースは王族・貴族といえどかなり『稀』である。


 そんな『稀なケース』が王族や貴族ではなく平民に起こったこと⋯⋯さらに高等学校ではなく初等学校の年齢で起こったことにより王族や貴族の耳に届く『噂』へと発展し、さらに、その噂に『尾ひれ』がつくこととなった。


 つまり端的にいえば、トーヤ自身が招いた結果である。


「でもさぁぁぁ〜〜〜冷静に考えてくれればさぁぁぁ〜〜〜魔力量がEランカーに急上昇したからといってぇぇぇ〜〜〜Bランカー魔獣のエビルドラゴンを倒せるなんてさぁぁぁ〜〜〜普通あり得ないって思いません〜〜〜?」


 俺は誰に言うでもなく、そんなひとり言を呟いた。


 実際、村で能力を取得して魔獣を倒した後、俺は高等学校に入る為に特殊能力スキルで『魔力量』を引き上げた。


 でも、引き上げたといってもEランカー程度にしか引き上げていない。


 だって、それ以上引き上げると流石に怪しまれるのは俺だって理解していたからだ。


 だから、高等学校の一般推薦が得られる最低限の魔力量に調整したはずなのに⋯⋯それなのに⋯⋯。


 もしも、特殊能力スキルを使って『魔力量』をAランカーとかそれ以上に『設定』していたとしたら?


 少なくともEランカーへの成長程度でこれだけの噂が立つんだ。Aランカー以上に設定していたら⋯⋯都合の良いイメージだと『国賓待遇』になったかもだが、悪いイメージだと『脅威』と見做され討伐対象になったのではないか。


 むしろ個人的には、後者となる可能性が非常に高いと思う。


「そう考えると⋯⋯やっぱり目立つようなことは絶対に避けなければならない。例えそれが⋯⋯『いじめの対象』になったとしても」


 前世の高校時代——烏丸当夜として高校生活を送っていた俺は、蒸発した両親のこともありかなりの『人間不信』だった。


 その為、小・中・高と学生時代はできるだけ人と関わらないよう『モブ』に徹していた。


 おかげで、友人は誰一人としてできないまま学生時代を終えたが、ただ『いじめの対象』となることもなかった。理由は良い意味で『モブ化』してたからだ。


 ただ、今回はそうじゃない。


 これだけ貴族といった『校内カースト』の上にいる連中に目をつけられたのだ。モブとして生きるのは不可能だ。


 そうなると、ほぼ間違いなく『パシリ』とか『鬱憤ばらし』に充てられるだろう。


 つまり『いじめられっ子』になるわけだ。


 しかし、それだと高校生活は最悪な三年間となってしまう。


 では、どうすればいいか?


 この時——『一つの可能性』が頭の中に浮かび上がる。


「待てよ? だったら『魔力量』を調整して周囲よりも少し早めに成長するよう『演出プロデュース』するというのはどうだ?『成長の早い逸材』というていで『自己演出セルフ・プロデュース』するというのは?」


 俺はもう一度、冷静になって考えてみる。


「いける⋯⋯いけるぞ! これなら周囲にも怪しまれずに高校生活を楽しむことができる!」


 ただ、それには一つ問題があった。それは、


「時間⋯⋯か」


 そう⋯⋯少なくとも周囲に怪しまれずに『貴族より魔力量が高い状態の成長』を遂げるには最低でも一年は時間が必要になるだろう。それより早い成長だと国から『脅威認定』されて討伐対象になりかねない。


 でも一年かければ⋯⋯極端な成長とはきっと見做されないはずだ。


 俺はこのやり方に手応えを感じた。


 だだ、その場合⋯⋯『一年間は貴族のいじめの対象』となることを受け入れる必要があった。しかし、


「でも一年我慢すれば自然な形で一般貴族たちの理不尽な暴力に反抗できるんだ。一年くらい問題ない。それに特殊能力スキルを使えばいろいろとやりようは⋯⋯ある」


——幸い、俺の特殊能力スキル『××××』は『魔力量のパラメータ調整』だけでなく、いろいろ・・・・とできる。


 まるでゲームのように。


 なので、単純に防御力を上げればかなりの暴力を受けても痛みは感じないし傷一つつかない。


 ただ、それはそれで怪しまれるので実際は『痛がる演技』や、体が傷ついたように見えるよう『傷のテクスチャ』なども体に加える必要はあるが。


 いずれにしても、それらはさほど問題ではないと俺は判断した。


「よし、これだ! 明日から俺は一年間⋯⋯貴族やつらのいじめに耐えてみせる!」


 一見、手詰まりと思われていた状況に光が灯ったことでテンションが上がるトーヤ。


 『一年間貴族のいじめに耐える』


 しかし、トーヤのその覚悟はそう長くは続かなかった。


 それどころか一気に歪み始めることとなる。


 そこがトーヤのターニングポイントとなるのだが、この時の彼には知る由もない。

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