第31話031「貴族と四高家と美少女」



——次の日の朝


 教室に行くと、早速ザクトとその取り巻きに絡まれた。


「よー、トーヤ・リンデンバーグ。昨日はうまいこと逃げたな」

「⋯⋯」

「なんだ、ダンマリか? 昨日、ザクト様をコケにして逃げやがって⋯⋯来い!」

「⋯⋯ぐっ!?」


 そう言うと、ザクトの取り巻きがトーヤの髪を掴んでザクトの目の前へ連れて行く。


「さあ謝るんだ、トーヤ・リンデンバーグ! 平民のくせにザクト様をコケにしたこと⋯⋯謝れ!」

「ちょ、ちょっと待ちなさいよ!」


 そう言って、レナが慌ててトーヤのところへと駆けつける。


「昨日のことはお兄ちゃんは関係ないでしょ! 元はと言えば私との問題じゃない! だから離してよ!」

「フン、そうはいかないな」

「ザクト⋯⋯ガーランド」


 レナの言葉に返答したのはザクト・ガーランド。


 そのザクトをレナは睨みつける。


「昨日の件はもはやお前など関係ない。お前の兄、トーヤ・リンデンバーグが私をコケにしたことが問題なのだ。それを謝るまでは許さん」

「そ、そんな⋯⋯別にコケにしただなんて⋯⋯そもそも、あんたたちが因縁つけてきたくせに⋯⋯」


 レナが拳を握りしめて震えている。


 ヤバい、こいつキレそうだ。


「レナ、いいんだ⋯⋯」

「!?⋯⋯お、お兄ちゃん」


 俺はレナの震える拳を握る。


「ザクト⋯⋯別にそんなつもりはなかったが気分を悪くしたのならすまない。この通りだ」


 俺はすぐにザクトのほうを向いて謝った。


「おいおい、そんなんじゃ許すことはできねーな⋯⋯トーヤ・リンデンバーグ」

「⋯⋯」

「俺は思いの外、傷ついた。だから、そんなんじゃ俺の気持ちは晴れねーな」

「⋯⋯」


 なるほど。


 やっぱ、そうきたか。


「とりあえず、土下座してもらおうか⋯⋯トーヤ・リンデンバーグ」

「⋯⋯わかった」


 俺はさも当然のように土下座をしようとした⋯⋯が、


「⋯⋯失礼」


 すると、俺の土下座を阻止する男が現れた。


「なっ!? なんで⋯⋯お前⋯⋯いえ、貴方様が⋯⋯」

「貴方様って、俺たち同級生だろ?」

「「「「ラウ・リーチェンっ!!!!!!!!!」」」」


 教室のほとんどの生徒がその男の名前を叫んだ。


 ラウ・リーチェン——高位貴族である四高家のひとつ、リーチェン高家の嫡男でオーウェンの昔からの友人らしい男。


「な、何か御用ですか⋯⋯ラウ・リーチェン様」


 ザクトは怯えながらも、何とか毅然と振る舞おうとしていたが役者が違うのは明らかだった。


「下がれ、ザクト」

「レオ様!」


 すると、当然のようにザクトの前に現れたのは四高家のひとつ、マクラクラン高家嫡男のレオ・マクラクラン。


「なぜお前が出てくる、ラウ・リーチェン?」

「いや、出るも何も⋯⋯お前らのやっていることってただのイジメじゃん?」

「⋯⋯っ!」


 ザワ⋯⋯。


 いくら四高家の中で影響力のあるリーチェン高家の者とはいえ、こうも真正面から同じ四高家の者に意見を言うことはない。いや、言えるわけがない。


 理由は、この国の格言の一つである『上の者が喧嘩をすれば、下の者たちすべてに影響を与える』からも通常はその『格言』に則って、できるだけ上の者同士は喧嘩をしないというのが常識だ。


 しかし、そんな『格言』を知らないはずもない者が『あえて』その『格言』を犯してくる時、考えられるのは『何かしらの狙い』があるということになる。


 そして、レオはラウ・リーチェンの行動に対してそのように考えていた。


「それは私に意見するということか、ラウ・リーチェン?」

「いやいや、意見も何も俺たちは皆同級生でクラスメートじゃないか! そんな同級生がイジメにあっていれば止める。弱い者イジメは良くないことだ。そうだろ、レオ!」

「は! 何を戯言を⋯⋯」

「いやいやいや、その通りじゃないか!」

「っ!⋯⋯リガルド」

「おう! リガルドだ!」


 現れたのは、身長が2メートル近くある大男。


「⋯⋯リ、リガルド・ゼストリア様だ」

「あ、ああ。あの⋯⋯武闘派高家で有名なゼストリア高家嫡男のリガルド様だ」

「で、でけえ⋯⋯」


 説明ありがとう。


 どうやら、現れた大男は四高家の一つであるゼストリア高家の嫡男だそうだ。


 俺らと同じ11歳って⋯⋯どうみても『おっさん』じゃねーか。


高校ここは『身分無礼講』となっている場所で俺たちはそこの学生だ! ラウ・リーチェンの言っていることは正しいと思うぞ、レオ!」

「チッ! 面倒くさい奴め⋯⋯」


 構図的には二対一。


 レオはこの不利な状況をどう凌ごうかと思案していた⋯⋯が、


「おやおやおやおや⋯⋯相変わらずの『脳筋発言』ですね、リガルド君は? それに他人の喧嘩に首を突っ込むのはフェアじゃないのでは? ラウ・リーチェン?」

「おお、ロビン!」

「ケッ! 出たよ、女男」


 現れたのは、美麗な顔をした⋯⋯男?


「キャーーー! ロビン様ーーーー!!」

「あ、あれがステファノ高家の嫡男⋯⋯ロ、ロビン・ステファノ様」

「あ、ああ⋯⋯なんて綺麗なお顔立ちなんだ」


 だそうだ。


 いや、でも本当に目の前に現れたロビン・ステファノという男の顔は女性的な面を伺わせるほどの『中性的』な顔立ちで⋯⋯要するに超絶キレイな顔立ちをしている。前世でもこれほどまでのキレイな顔は見たことがない。


 ハンサム⋯⋯といえばオーウェンやラウ、レオ・マクラクランあたりもハンサムな顔立ちとなると思うが、このロビン・ステファノはその『ハンサム』とは違う感じで⋯⋯いわば『男性的なハンサムさに女性的な美しさが備わった顔』という感じだ。


 そして、そのステファノ高家の嫡男ロビン・ステファノが現れると、リガルド・ゼストリアは嫌な顔をしレオ・マクラクランからは笑みが溢れる。


 なるほど、こういうことか。


 ラウ・リーチェン(リーチェン高家)、リガルド・ゼストリア(ゼストリア高家)VS レオ・マクラクラン(マクラクラン高家)、ロビン・ステファノ(ステファノ高家)


「他人の喧嘩⋯⋯というより、喧嘩にすらなってないと思うんだが? ロビン・ステファノ?」


 ラウがロビンの言葉に返答する。


「ん? ああ、なるほど。ではラウはこう言いたいのかい? 平民と貴族⋯⋯ましてや四高家の者とでは喧嘩にすらならず『主が従僕に対する命令』みたいなものだと? つまり、ラウもまた平民に対して『従僕』という目で見ていると?」

「なぜそうなる? 俺は別に何も悪いことをしていない平民に対して貴族が命令口調で謝罪させようとするのは弱い者イジメじゃないか、と注意しただけだ。それに俺は平民は貴族に絶対的に従う『従僕』のような存在などと一言も言ってないぞ?」

「フン、屁理屈を。似たようなものじゃないか!」

「いや、なんでそうなるんだよ!」

「ロビンの言っていることは正しい。ラウ、お前も本当は『身分無礼講』について反対の立場じゃないのか?」

「おいレオ? お前のその言い方だと現国王が推進している学校内の『身分無礼講』に反対の立場だと言っているようなものだが大丈夫か?」

「リガルド様! いくらリガルド様でも我が主のレオ様へのその発言は失礼です! 謝罪を要求します!」


 いよいよ混沌としてきたな。


 さて。


 それじゃあ俺はこの混乱に乗じてドロンさせていただき⋯⋯、


「「「「どこへ行く、トーヤ・リンデンバーグ!!!!!!!!!!」」」」


 全員から総ツッコミされました。


 その時、


「静まれ、バカ者どもがっ!!!!!!!!!!!!」

「「「「「⋯⋯っ!!!!!!!」」」」」


 一人の女の子らしき声の『怒声』が教室内を揺らした。


 すると、周囲は勿論だが四高家の奴らまでもがピタリと静まる。


「「「「「⋯⋯失礼しました、アリス・グレイス・ガルデニア様」」」」」


 皆がその一人の女の子に対して跪く。


 その女の子は四高家の奴らさえも跪くほどのすごいお偉いさんらしく、本来であれば俺も跪かなければいけないのだろうが、俺は周囲の光景とその女の子の圧倒的な存在感に心奪われ、呆気に取られてしまいその場に立ち尽くしたままだった。


 その子は上品な金の髪色をし、顔だけ見れば可愛らしいお姫様という感じなのだが、佇まいや纏っているオーラがまるで『獰猛な捕食者』のような荒々しさを発しており、その外見と中身の『矛盾性を帯びた存在感』に俺は圧倒された。


 そんな『アリス』という『可憐さと獰猛さが同居する美少女』が、棒立ちになっている俺の手を握り『爆弾発言』を投下する。


「トーヤ・リンデンバーグ! 今からお前は私の友人である! よいな?」

「「「「「!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」」」」」


 周囲が今日一番の驚きの表情を持って俺に視線を向けた。


 貴族のさらに上の存在である高位貴族『四高家』全員からのラブコール。


 そして、四高家以上の存在っぽい謎の美少女からの『お友達から宣言』。


 いったい何がどうして⋯⋯こうなった?

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