第10話010「異変」



「ウォルターさん!」

「ローランド君、どうした?」


 オーウェンの兄、ローランド・マクスウェルが慌てた様子でリンデンバーグ家に訪れた。


「やはり魔獣が現れました! その数⋯⋯1,000。Cランク・Dランクからなる群れだそうです」

「むう⋯⋯けっこういるな」

「ローランド君、こっちの兵の数はどれくらい?」


 戦闘用の衣装を着替え終えたリリーは玄関にいるローランドに話しかける。


「そうですね。おおよそ200前後といったところです。現在、近隣の村に事前に常駐してもらってた騎士団と術士団にも声をかけましたので彼らが加われば500くらいにはなります!」

「うむ。アルベルトの事前の根回しが功を奏したな。相変わらずの計略家だな、恐れ入るよ」

「はっ! まさに父の計算通りでした」


 ローランドは父を褒められたのが嬉しかったのか少しテンション高く返事をする⋯⋯が、すぐに気を取り直し神妙な面持ちになる。


「ただ⋯⋯もう一つ最悪な報告があります」

「なんだ?」

「バスケル⋯⋯バスケル・ハイツーク辺境伯がいなくなりました」

「何っ?!」

「家にいくとバスケル辺境伯はおろか家を守るはずの衛兵すらいませんでした」

「やはり例の噂は⋯⋯」

「はい。まだ確たる証拠はありませんが可能性は非常に高いと思われます。今回のこの魔獣出現は自然発生ではなく人為的であること。そして、その首謀者が⋯⋯バスケル・ハイツーク辺境伯であること」

「で、でも、なぜバスケル辺境伯はそんなことを?」


 リリーが二人の横から疑問を投げかける。


「わかりません。わかりませんし、まだ確定した情報ではありませんので何とも⋯⋯」


 リリーの質問に明確な返答ができず、少し動揺するローランド。そんなローランドを見て、


「あ、ごめんなさい。そんな顔しないで、ローランド君。別にあなたを責めてるわけじゃないのよ」


 リリーが必死に慰める。


「とにかく! 今はバスケル辺境伯の件は置いておこう。やるべきことをやるぞ!」

「はい!」

「そうね。まずは魔獣討伐ね」

「では、我々も向かおう。『南方鎮守城塞スザク』へ」



*********************



「⋯⋯ここだ。それじゃ、ちょっと離れてて」


 少し公園から離れた場所にある岩山に着いたトーヤ、オーウェン、レナ、ミーシャの四人。


 すると、オーウェンが何か『目当ての場所』があるのか岩山を迷いなくズンズン進んでいく。


 乱雑に広がる岩山をさらに奥に進むとポツンと佇む2メートルほどの岩が現れた。すると、オーウェンはその岩に手を当て何かボソボソ呟く。すると、その岩に青白い光を放つ『魔法陣』が浮かび上がるとその岩が隆起し始める。


「あ⋯⋯入口?」


 その岩がさらに5メートルほど隆起すると、そこにポッカリと口を開けた入口のようなものが現れた。


「さあ、行こう。ここが洞窟の入口だ」


 呆然とする俺たちにニコリと笑いながらオーウェンが中へと入っていく。俺たちも急いでオーウェンの後をついていった。


 入口を入るとすぐに下りの階段があり、そのまま下へと降りていく。洞窟なので中は真っ暗かと思ったが岩全体に無数に散りばめられた青白く発光する鉱石のおかげで中はけっこう明るい。


「「キレイ⋯⋯」」


 レナとミーシャがうっとりした表情で天井や周囲の岩壁を眺めながらフッと呟く。確かにかなり幻想的な光景だ。しばらく階段を下りていると終わりが見えてきた。そして、


「ここが古代の神殿遺跡だよ」

「「「おおおおおおおおおおおおおおーーーーーーーー!!!!」」」


 階段を降りると、そこにはかなり広大な空間が広がっていた。天井も高く、広さでいうと直径50メートル近くはありそうだ。そして、その中心にはさっき入口で見掛けた魔法陣と同じ紋様の巨大魔法陣が描かれている。よく見ると、その『六角形の巨大魔法陣』の周囲には囲むように『4つの動物のような像』が東西南北と方角ごとに設置されていた。


「おいおいおいおい⋯⋯何だかすごい場所だな。自由研究の域、超えてるやん」

「あははは⋯⋯そうだね。とりあえず、提出する自由研究用にはこの辺の壊れた墓の一部の石を持って帰ることにして、と」

「ね、ねえ、オーウェン君。調査って言ってたけどここで何を調べるの?」

「あれを見てごらん」


 すると、オーウェンが『4つの像』のうち『南の方角』に置かれた像を指差した。よく見ると、


「あ、あれ? この像⋯⋯震えてる?」


 レナが像がカタカタと小刻みに震えているのに気づく。


「ん? な、なんかこの像⋯⋯他の像に比べて少し黒ずんでいないか?」


 よく見ると、この像だけ他の3体の像よりも少し黒ずんでおり、しかもその黒ずみが濃くなっているように見える。


「それは『神獣スザク』。南の方角を守る神獣の像だよ」

「スザク?」


 俺はその単語を聞いて反応する。


 スザク⋯⋯南の方角を守る神獣⋯⋯たしか『朱雀』。中国や日本のファンタジー映画でたまに出てくるやつだ。確かその映画でも『朱雀』は南の方角を守護する神様だ。俺の『記憶フィルター』で『朱雀=スザク』と変換されたということは地球と同じ意味合いを持つ⋯⋯ということか。


 そして、他の像も見るとやはり『北の方角:玄武(蛇が絡みついた亀)』『東の方角:青龍(龍)』『西の方角:白虎(虎)』と映画で見た『四神』『四獣』と同じだった。この星は何か地球と関係があるのだろうか? ここまで同じだともはや偶然とは思えない。一体、何なんだ、この星は⋯⋯。


 俺が一人、顎に手を当て考え込んでいる横でオーウェンが朱雀⋯⋯スザクの像を見て深刻な顔をしている。レナとミーシャはオーウェンの横で像を不思議そうに眺める。


「も、もしかして⋯⋯この村にどこかに⋯⋯魔獣が⋯⋯すでに出現している⋯⋯かもしれない⋯⋯」

「「「えっ?! む、村に!!」」」


 オーウェンの言葉に皆が動揺する。


「前にバスケル辺境伯からウチに⋯⋯マクスウェル家に『森の異変』とか『魔獣の出現』についての相談があったって話したよね?」

「あ、ああ」

「うん⋯⋯」

「でも、その話では異変が起きている場所は南の⋯⋯『南方鎮守城塞スザク』よりもさらに南に位置する森だという話だった。けど、この像の黒ずみの濃さや侵食スピードを見る限り、国境付近よりもむしろサイハテ村の近くに魔獣が出現している可能性が高い!」


 オーウェンが言うには、目の前のスザク像に発現している黒ずみの侵食度合いや震動を見るとその魔獣の強さや規模などがおおよそわかるとのこと。そして、今回オーウェンがここに来た理由はこの4つの像⋯⋯『四神獣の像』に変化がないか、または変化があればどの程度のものかを調べるようローランドに言われたかららしい。


「ていうか、それって⋯⋯バスケル辺境伯が嘘をついていたってこと?」


 レナがオーウェンに尋ねる。


「⋯⋯うん」


 オーウェンが神妙な面持ちで返答した後、一度深呼吸をする。


「よし! とりあえずここを出てすぐにアリアナ先生に話をしよう! 正直、一刻を争うと思う!」

「「「わ、わかった!!!」」」


 俺たちは洞窟を出て、公園にいるアリアナ先生の所へ向かった。

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