第5話005「マクスウェル家」
「おーい、二人ともー!」
「「オーウェン!」」
——暦は九月
少し秋色めいた木々が風で揺れる中を元気な声が響き渡る。
オーウェン・マクスウェルが村に来たのだ。
「トーヤ! 聞いたぞ! お前、本当に
「奇跡だよ! 奇跡が起きたんだよ、オーウェン!!」
ミーシャが嬉しそうにオーウェンに普段よりも五割り増しのスピードで説明を始める。
俺が
「そうか。本当にミーシャの言う通り⋯⋯これはまさしく『奇跡』だな」
「うん、奇跡だよ」
「あ、ありがとう、二人とも」
両親や妹が
「こんにちわ、二人とも」
「「ローランド兄ちゃん!」」
俺とミーシャに声をかけたのは『ローランド兄ちゃん』こと、オーウェンの六つ上の兄である『ローランド・マクスウェル』。オーウェンも『できた貴族』だがローランド・マクスウェルはさらにその上をいく。
というのも、この国で羨望の役職の一つである『騎士団』の団員であり、しかも17歳という若さで騎士団の中でも『最強』といわれる『第七騎士団』で『期待のホープ』と注目されているほどの男だ。
そんな俺たち一平民とはレベルの違いすぎる人物にも関わらず、これまでと変わらず気さくに接してくれる『ローランド兄ちゃん』は本当に凄い人物なんだと感じさせられる。
まあ、オーウェンも大概ではあるが。
「トーヤ君、本当に元気になったんだね。君のお父さんから話は聞いていたがまさか本当に
「?! ロ、ローランド兄ちゃん⋯⋯?」
ローランドの言葉に俺は少しビクッとなった。俺が転生したことをまるで見抜いているかのような発言だったからだ。しかし、それは杞憂だったようで、
「神様に選ばれた以上、一日一日を楽しく生きるんだよ、トーヤ」
「う、うん!」
「うん、いい返事だ」
そう言って、ローランドは俺の頭を撫でると「用事があるから」と言って、すぐにこの場から去っていった。もし俺の転生に勘づいていたのであればいろいろと質問されるかと身構えていたが特にそういうことはなかった。
「ローランドお兄ちゃん、忙しそうだね?」
「ああ。実はここ最近、森に異変が起きているっていう話を相談されたみたいでね⋯⋯バスケル・ハイツーク辺境伯から」
「バスケル辺境伯がマクスウェル家に相談? それってもしかして⋯⋯」
「ああ。おそらく⋯⋯『魔獣』の出現だと思う」
「えっ?! ま、魔獣っ!!!!」
ミーシャが『魔獣』という言葉を聞いた瞬間、顔が真っ青になり体を震わせた。
ここ1〜2年の間、この村に魔獣が襲撃することはなかったがミーシャや俺たちが4歳の頃、魔獣が村の中にまで侵入したことがあり、その時、ミーシャは魔獣に襲われそうになったことがある。一応、その魔獣はローランド・マクスウェルによって倒され、ミーシャが傷つけられることはなかったのだが目の前で魔獣の殺気をまともに浴びたミーシャはそれ以来トラウマとなり『心の傷』を負っている。
「大丈夫だよ、ミーシャ。今回も兄上が魔獣なんてすぐに討伐しちゃうから」
「そうだよ、ミーシャ。ローランドお兄ちゃんが強いのは知ってるだろ?」
「う、うん⋯⋯」
二人に励まされたミーシャは少し安心したのか笑みをこぼした。
「何も心配ないよ、ミーシャ。僕たちはここで安心していつも通りの生活をしていればいいからね?」
「うん。ありがとう、オーウェン」
「そうだ! オーウェン、これから家に行こう! 父さんも母さんも妹も君が来るのを待っていたんだ」
「本当に! ありがとう。ぜひ、お呼ばれするよ」
「ミーシャも一緒に行くぞ!」
「うん!」
そうして俺たち三人は家へと走り出した。
*********************
「いらっしゃい、オーウェン君、ミーシャちゃん」
「まあ、オーウェン君、ミーシャちゃん。ようこそ」
「オーウェン兄ちゃん、ミーシャちゃん! いらっしゃい!」
家に着くと早速、両親と妹三人に大歓迎された。
ちなみにミーシャは当然俺と同い年なのでレナよりも年上なのだが、レナはミーシャのことを『ミーシャちゃん』と同級生の勢いで呼ぶ。以前トーヤがレナに「なんでミーシャ姉ちゃんと呼ばないんだ?」と聞くと「ミーシャちゃんは『守ってあげたい存在』と思わせるフシがあるから」と答えた。なるほど。妹ながら的確な感性を持っているな、と当時のトーヤは思ったらしい。激しく同意である。
家の中では母さんがケーキを焼いていたようで、紅茶と一緒にみんなでおいしく頂いた。
ケーキを食べた後、レナとミーシャの二人はレナの部屋へ向かった。俺とオーウェンもついて行こうとしたが「ダメ。ここからはガールズトークだから」とおませなことを言われ拒否られた。俺の『記憶フィルター』が自動変換して出した言葉だろうが『ガールズトーク』という単語まで用意されているとは⋯⋯と変に感心した。
「ウォルターおじさん⋯⋯」
「ん? ああ、話は聞いているぞ、オーウェン君。君のお父さんから」
「え? 父から?」
ウチとマクスウェル家はオーウェンがここに来てから家族ぐるみの付き合いだ。ただ、両親⋯⋯ウォルターとリリーはオーウェンの父親とはそれ以前からの付き合いらしい。生前のトーヤも両親とマクスウェル家の関係は家族ぐるみで仲が良いくらいで詳しいことは知らないようだ。
そもそもマクスウェル家が王都では『どのレベルの貴族なのか』ということについては、生前のトーヤやこの時の俺、そしてミーシャやレナも含めて全く知らないでいた。後に『王都』に行くことで嫌でも知ることになるのだがそれもまたもう少し先の話。
「まあ、いつもの協力要請だ。もちろん俺もリリーも魔獣討伐に参加するぞ」
「ほ、本当ですか! ありがとうございます!」
「当たり前じゃない。この村には辺境伯以外に貴族はいないし、兵士もそこまでの数はいないもの」
「父さん、魔獣の話は本当なの?」
俺は三人のやりとりを見て質問をぶつける。
「うむ。まだはっきりとはわからないが森の動物⋯⋯特に小動物が集団で移動を始めたり、鳥も最近になってほとんど見かけなくなったりと少し異変が起きているんでな。ただ確証はない」
「そうなんだ」
「ま、実際に魔獣が出てもここの兵士以外に南の国境付近にある『防衛の要』となる城塞がある。そこには頼りになる歴戦のハゲが⋯⋯」
「ハゲ?」
「あ⋯⋯い、いや⋯⋯っ! 頼れる歴戦の騎士様がいるんだ。他にも強者揃いで城塞を固めているから心配はいらないぞ!」
「そ、そうなんだ。それに辺境伯様もいるしね!」
「ん? ま、まあ、そうだな」
「?? 父さん?」
「ささ! それじゃあ私と妻はマクスウェル家に用があるからちょっと行ってくる。トーヤ、留守番頼むぞ。あと、オーウェン君もゆっくりしていってくれ」
「はい! ありがとうございます」
そう言って、父さんと母さんは俺たちとは逆にマクスウェル家の別荘へと向かっていった。
「それじゃあ、トーヤ。何しよっか?」
「とりあえず残りのおやつを全部平らげてから考えよう!」
「クス⋯⋯賛成!」
*********************
——マクスウェル家 別荘
ウォルターとリリーの二人がマクスウェル家に着くと門番をしている衛兵が二人の顔を見るや否や、急にかしこまって背筋を伸ばす。
「お、おおお、お待ちしておりました、ウォルター様! リリー様!」
「ちょ、き、君⋯⋯そ、そういうのはやめてくれよ」
「いえ! そういうわけにはまいりません! そんな失礼なことは決して⋯⋯」
「ウォルター⋯⋯しょうがないでしょ、こればっかりは。さあ、行きましょ」
「ご案内します!」
緊張した面持ちで二人を家の中へ案内する衛兵の後ろで、
「こりゃ、絶対にトーヤやレナと一緒に
「そうね。マクスウェル家だけは無理ね。それに今、ここの主人はアルじゃなくて息子のローランド君だもの。そのローランド君を守る衛兵や配下であれば⋯⋯わかるでしょ?」
「ああ⋯⋯ローランド君か。良い子なんだけどな〜⋯⋯アレがなきゃな〜⋯⋯」
「クスクス⋯⋯さあ、そのローランド君とのお話しよ」
「はぁ〜⋯⋯」
*********************
「ほ、本当ですかっ!!!!!!」
「あ、ああ⋯⋯」
「やったーーーーーっ!!!!! ウォルターさんとリリーさんと一緒に魔獣討伐ができるなんて! ここに来てよかったぁぁぁーーーー!」
ローランドが二人を尻目に喜びを爆発させる。
「あー、ローランド君? まだ魔獣は出たわけじゃないんだろ?」
「え? あ、まあ⋯⋯そうですね。ただ、森の異変を見ると魔獣出現のときの感じに似てるかとは思います」
「そうね。やっぱり『アル』が言ってた通り、近隣の村に騎士団と術士団を待機させたのは正解だったかもね」
「うむ。まあ、魔獣が出現すると想定して考えた方が間違いはないからな」
ローランドはウォルターとリリーが相談している様子をまるで乙女の様に恍惚した表情で聞き入っていたが、それを見たウォルターがため息を吐きながらローランドに話しかける。
「ロ、ローランド君。あと、アノ話だが⋯⋯」
「あ! は、はい! バスケル・ハイツーク辺境伯ですね。今のところ特に目立った動きはないようです」
「そうか。でも、アルの情報は見過ごせないし、それにあいつの言ったことはだいたい合っていることが多いからな〜」
「そうね。アルの情報収集能力は高くて正確だったしね⋯⋯昔から」
「ち、父は昔からあんなに情報収集能力が高かったんですか?!」
ウォルターとリリーが言っている『アル』という者はローランドの父親であるアルベルト・マクスウェルのことを差す。
ローランドとオーウェンの父親アルベルト・マクスウェルは『第一騎士団団長』という王都や周辺の街であれば誰もがその名を知る有名人であるが、ことサイハテ村においてはその素性を知る村の人間はほとんどいない。ちなみにトーヤやレナ、ミーシャも然りだ。
それにオーウェンの希望もあり、トーヤ、レナ、ミーシャにもマクスウェル家の話は隠している。理由は三人に変に意識されて対等な関係が築けないことが嫌だった為である。
「そうよ。あなたのお父さんには『大陸間戦争』でとってもお世話になったわ」
「うむ。敵にまわしたくい男ナンバー1だな、アルは」
「す、す、すごい! ウォルターさんやリリーさんからそこまでの評価を受けているなんて⋯⋯父は本当にすごいんですね!」
「おいおい⋯⋯ローランド君。何を言ってるんだ。君の父親は第一騎士団の団長だぞ? そんなの当たり前だし、俺たちの評価なんて大したことない⋯⋯」
「何をおっしゃいますか、ウォルターさん!」
すると、ローランドが声を荒げて否定する。
「ロ、ローランド⋯⋯君?」
「ウォルターさんはあの『大陸間戦争』で大活躍した有名な『第七騎士団』の団⋯⋯」
「わ、わー! ローランド君! しー! しー! あ、あまりそのことは大声で言わないでぇーー!」
「いえ、大丈夫です! 屋敷の中の者は皆、承知しております故⋯⋯それよりも⋯⋯」
ローランドがウォルターに対し「いかにウォルターさんがご自身の偉大さをわかっていないか」という話を延々と聞かされた。
「わ、わかった! わかったよ、ローランド君! だ、だから、くれぐれもこの事は子供たちには内緒にしてくれよ?」
「は、はい! もちろんです!」
「クスクス⋯⋯ローランド君はあなたのことが大好きですからね。しょうがないわ」
「い、いえっ! リリーさんもウォルターさんと同じくらい尊敬しております。なんせ、あの当時最強の一角を担っていた『第一術士団』の副団⋯⋯」
「ローランド君⋯⋯めっ!」
今度はリリーがローランドの唇に人差し指をくっつけて『お口チャック』をする。
「〜〜〜っ!!!!!! す、すすすすすす⋯⋯すみません!」
ローランドが顔を紅潮させて固まる。
「ふー⋯⋯全く。ローランド君は普段はあんなに立派な立居振る舞いなのに⋯⋯」
「す、すすすす、すみません。お二人の前ではどうしても⋯⋯興奮と緊張で⋯⋯つい⋯⋯」
「そうね。アルベルトが『ローランドは二人の大ファンだからいろいろとよろしく頼む』って言われたときはどういうことかわからなかったけど⋯⋯今、思えば納得ね」
「す、す、すみません。弟やトーヤ君たちの前ではこういうことはありませんので!」
「うむ。そこだけは本当によろしく頼むぞ、ローランド君」
「は、はは、はいぃぃぃっーーー!!!」
オーウェンやトーヤらの前では『かっこいい素敵なお兄ちゃん』だが、ウォルターとリリーの前ではただの『熱狂的なファン』の一人でしかなかった。
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