連続殺人犯『月と太陽‐アンダイイング‐』

朧塚

空の明かりが消えて、不死の怪物が生まれる。

 まるで月と太陽のように、灯花(ひか)と氷歌(ひょうか)は比べられた。

 二人は双子だった。

 氷歌の方が先に生まれたという事で氷歌の方が姉という事にされたが、成長するに従って、妹である灯花の方が成績やスポーツ、性格や容姿などで褒められるようになった。

 次第に氷歌は灯花に対して強い劣等感を抱くようになった。


 やがて、お絵描きの授業で灯花は才覚を現わすようになる。

 灯花の描き出す絵は夜空や風景、木々や花々といった美しいものだった。加えて、中学生になると、灯花は美少女である為か、お姫様のようなゴシックロリータ・ファッションのデザインの女の子を多く描くようになった。二人共、美しいものは好きだったが、それを絵にして形に出来るのは灯花だけだった。……氷歌には出来なかった。


 やがて、灯花は星撞ステラとして活動するようになる。

 ネットに自身の絵を投稿していき、瞬く間に人気になっていった。

 そんな妹に対して、氷歌は強い嫉妬と憎悪を燃やしていた。

 やがて、大学を卒業して、氷歌は平凡な事務職の仕事に就き、灯花はプロのイラストレーターになった。


 自分の人生を生きていない…………。

 才能や運命、幸福も、全て可愛らしい妹に取られてしまう。

 氷歌にとって、そんな絶望ばかりが人生を覆っていた。

 自分は永遠に妹の影で生きていくのだ。

 心の何処かで妹の死を願っていたし、心の何処かで妹の破滅を願っていた。


「プロのイラストレーターになって、好きな事を出来ていいなあ、って思う」

 氷歌は少し嫌味を交えて妹に言う。

「そんな事無いよ。あんまり自分の好きなものは描けない。今、ゴシックロリータ・ファッションなんて流行っていないし、もっと、時代に合わせた絵にしていかないと。私は氷歌の方が凄いと思うな。安定した収入で生活出来ているんだもの」

 妹はそんな事を言うのだ。

 氷歌はゴスロリは好きだったし、それを着てもお姫様のように様になり、絵としても表現出来る妹が嫌いだった。


 氷歌は平然とそんな事を言う、灯花が憎らしくてたまらなかった。

 自分の退屈で平凡で、何も無い人生…………。

 全ては妹比較されるだけの人生。


 氷歌は妹を憎み続けて人生が終わるのだろうと思った。

26歳の時だった。

 

 妹がサイコキラーの手によって殺害された。

 それを知った時、氷歌は絶句していた。

 

 生前の妹はひたすらに過去のイラストをけなしているようなSNSでの記述が散見された。万人受けするような絵をこれまで描いてこなかった。それが悔しい。みなに好かれるようなデザインをしていきたい。妹は妹で劣等感があったのだと思う。イラストレーターの仕事は安定しないからだ。

 そういった事が二、三年程続き、妹はサイコキラーの標的にされたと聞かされた。


 巷で有名な殺人犯であるアーティスト殺しの『スワンソング』。

 灯花の死体は美しく彩られていた。

 お姫様のようなロリータ・ファッションを死に装束として着せられて、絞殺されていた。大量の色取り取りの薔薇が部屋には敷き詰められていた。満天の星空のようなイルミネーションが部屋を彩っている。犯行声明文はアンティークの額縁に飾られて、美意識を捨て去って、絵柄も変え、ひたすら商業主義に走った星撞ステラを始末した、という、呪詛に満ちた言葉が並んでいた。


 灯花は……一卵双生児の妹は、殺人犯に殺されてしまった。

 妹の葬式の日、氷歌は泣かなかった。


 氷歌は殺人犯にとっての憎しみは無かった。

 むしろ、解放ばかりがあった。


 自分はずっと、妹の影だった。

 彼女は光を放つ存在で、自分は影。

 自分は光になりたかった。

 日の当たるスポットライトの下にいたかった。

 光なる存在の妹は死んだ。

 殺人犯に殺された…………。



 一年後の事だった。

 スマホを弄っていると、ある人物からLINEに連絡があった。

 スマホゲームか何かのキャラのような奇妙なアイコンだった。

 何となく、氷歌はその人物のメッセージを許可した。


<妹の死について知りたくないか? 殺人犯の正体などは?>

 メールは簡潔だった。

 悪戯だろうと思って、そのアカウントをブロックしようとしたが、何故かブロック出来ない。スマホをハッキングされたのだろうか? 氷歌は咄嗟に、貴方は何者だ? と、返した。


<俺は素質のある人間に興味がある。君は妹の死を内心喜んでいるんじゃないか? 君は妹を殺した殺人犯に対しての憎しみや、妹の死の悲しみを感じないように見えるな>


 ストーカーか?

 そう言えば、妹も監禁されて、ストーキングされて殺害された。

 このLINE・IDは殺人犯からのメールなのだろうか?

 アーティストばかりを標的にする連続殺人犯『スワンソング』からのLINEなのか……?


<俺は『スワンソング』では無い。ただ、組織を作りたいと考えている。組織といっても、小規模のグループだけどな。星槻氷歌(ほしづき ひょうか)。君は才能がある。何故、妹の死を嘆き悲しまない?>


 氷歌はそのメールを見て少し考える。


「決まっているじゃないっ! 私はずっと妹の事を、灯花の事を殺してやりたかった。何故、私は優劣を付けられる? 何故、私は劣っている? 妹は死後も作品の称賛を受けている。けれども、私は無名のままだ」


 ありたっけの妹に対する幼少期からの呪詛を、メールの主に対して書き込んだ。

 まるで取り憑かれたように、洗脳されたかのように、氷歌は自然と長文の呪詛の文章を送っていた。


<そうか。俺の名は『腐敗の王』と言う。俺も犯罪者だ。いずれ、スワンソングを仲間に引き入れたい。そして、お前自身にも素質を感じている。氷歌、君は、何者かになりたがっているな?>


「何を考えているの? ストーカーさん」


<君の心の中にある。暗い感情を理解しているつもりだ。君は中高生の時に剣道部に所属していたね。県大会に行きたかったが、実力が無かった。それもコンプレックスに感じているね?>


「貴方は何がしたいの? それとも…………」

 …………、私に何をさせたい……?


 画像が転送されてきた。

 それは凄まじい殺され方をした死体だった。

 人間が生きながら腐っていった人間の死体だ。

 この画像の送り主が行った事なのだろうか。

 写真は何枚もある。


 氷歌は息を飲んだ。

 次には、老若男女の剥製が並んでいた。

 まるで、その剥製は生きているかのようだった。


<君は俺達と“同類”の素質があると思うんだが、どうだろう? 少し考えておいて欲しい。どうだろう? 君の退屈で劣等感に満ちた人生を変えられると思うんだが>


「分かった。私に何をすればいい?」

 氷歌はメッセージを返す。


<君のやりたい事をやればいい。君が何がしたい?>


 氷歌は考えていた。

 自分の妬ましい人間でも殺して回りたい。

 TVの有名人だとか、YouTube動画を作成して粋がっている連中だとか。

 動機よりも結果が必要だ。

 自分がどうしたいかだ。


 …………。栄光が欲しい…………。

 氷歌の命運は、このLINEメールを送ってくる相手とのやり取りで決定された。彼女自身の意思によって。



 一週間後の事だった。

 氷歌の元にあるものが送られてきた。


 それは折りたたまれた日本刀だった。

 刀身が綺麗に革製のケースの中に折りたたまれている。

 氷歌は日本刀をケースから取り出して、畳まれた刃を組み立てていく。


 自分は二十七年生きていて、何も満たせなかった。

 他人よりも優れているものなど何も無い。

 ならば、自分の栄光となるものを生み出す必要があるのではないか?


 破壊と混沌…………。

 おそらくは、それを“腐敗の王”なる者は、氷歌に対して望んでいる。氷歌は自らの人生に対して強く悲観していた。自分には栄光となるものが無い。誰も自分の存在など見向きもしない。“腐敗の王”なる存在は、そんな自分に栄光の道標を与えてくれる。そんな気がした。とてつもなく邪悪な魅惑だった。


 彼女は何度も、一人、部屋の中で、その刃を手に取って虚空に向かって振るっていた。身体の中から力が漲ってくるかのようだった。自分は生命を支配出来る存在になれる。そんな力強さが、手にした刃にはあった。これは謎の存在からの、知恵の実なのだ。



 十二月の寒空の下だった。


 風が髪を撫でる。

 ナポレオンジャケットにショートパンツ。

 髪の毛は腰まで伸びていたので、それが風で揺れている。

 腰には、例の日本刀を帯刀していた。


 氷歌は標的選びを決めていた。

 正直、誰でも良かったが、これは“ゲーム”であり“ルール”のようなものが欲しかった。呪い続けた妹はもういない。だから殺したい程の相手なんて存在しなかった。


 最初の犠牲者は、無名のユーチューバー。

 俳優見習いみたいな奴だ。

 二十代前半の男性。ファンの数は三千人と言った処だろうか。


 その男性の首を日本刀で斬り落とした後、大型の冷蔵庫に詰め込んで凍らせた後に、腹から胸を裂き、解体して、内臓をレースとフリルと宝石で飾って、クリスマスツリーのオーナメントのようにして、山奥の木に吊るす事にした。

 山には野犬が多い、解体した死体が見つかる頃には野犬に喰い荒らされるだろう。氷歌を導いた謎の人物は、彼女に、証拠の消し方、殺人の際に痕跡を残さない方法、そして、殺人の美学のようなものを教えてくれた。


「また、来年の今頃にでも、同じ事をやるよ。“腐敗の王”。貴方は人の心を腐らせて、生命と死を操る」

 氷歌は木に吊るした臓物にレースを織り込んでいく。

 洗った内臓は桃色で、飾り付けた煌びやかなルビーの方が、より煌々と赤く輝いていた。

 空は月が無い、星月夜だ。

 星空が輝いている。


 血塗られた栄光の道が眼の前には広がっていた。


 氷歌は、連続殺人犯(シリアルキラー)としての栄光を希望として生きる事を決意した。彼女を導いた存在は彼女の新たなる人生に対して命名した『アンダイイング(不死)』と。



 やがて。

 世間には沢山のシリアルキラー達の犯罪によって騒がれる。

“腐敗の王”を名乗る人物は、何枚も、氷歌に連続殺人犯達の行った犯行現場、死体写真を送り続けていた。ある者は銃で頭を吹き飛ばされていた。ある者は頭と手足を切断されて皮を剥がされ生きながら解剖されて真っ赤なオブジェに変わっていた。ある者は両腕と下半身を切断されて凌辱されていた。ある者は全身をドロドロに溶かされていた。


 自分も同じステージに昇る事が出来る。


 太陽の下、彼女は渡された刃を隠し持つ。

 どうせなら、日の光の下でも犯行に及びたい。

 自分はもう、決して日陰ものなどでは無いのだから。

 次の標的は誰でも良かったが、有名人を殺害しようと決めていた。

 芸能人だとか、俳優だとか、そういった人間がいい…………。

 他人の栄光を失墜させ、自らの栄光へと変える。


 それが自らに課せられた使命なのだと。


END

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連続殺人犯『月と太陽‐アンダイイング‐』 朧塚 @oboroduka

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