腐蝕

 4月9日、12時。街の街路樹のそばに、穴を見つけた。直径は5ミリもないだろう。小さい穴であった。だが、不思議なことに底が見えなかった。よほど深いモノなのだろうか。試しにマッチでも落とそうかと悩んだが、その大きさは穴よりもおおきいらしく、また時間が時間なので行わないことにした。


 10日、19時。穴はそのままの場所にあった。誰も埋めようとしないのか、あるいは知らないのか。考えを片隅に置き辺りを見渡した。誰もいない。恐らく後者が正しいのだろう、そう結論づけ、これ幸いと昨日行えなかった深度調査を行うことにした。

 マッチをつける。穴に落とす。光が遠のいていき、いつしか消えた。どういうことなのだろうか。わからん。

 気味が悪いので、その場をそそくさと逃げるように離れた。


 15日、7時。あの日からどこか不気味と感じ、できるだけ穴に近づかないようルートを組んでいたが、しかし今回は急ぎの用事である。近くを通らざるを得なかった。

穴に近づき、見れば工事の立て板があり、すみません、と40代らしき男の人が謝ってきた。なんだ、ようやっと埋まるのか。

 少し安心しつつも、だが用事を思い出しタタタっと待ち合わせ場所へと走った。


 20日、5時。例の道を歩いていると、何かに躓いた。穴があったのだ。オイオイ、業者は手を抜いたみたいで、おかげでと少し恨む。

 いやしかし、穴はこれほど大きかっただろうか?躓くほどに、大きくはなかったと思うのだが。


 5月1日、0時。やはりだ。穴は拡大している。僕は昨日の夜から張り込みをしており、また3日ほど前に穴の周にあわせて目印をつけていたのだ。今、僕の目の前には印は見当たらず、また、日を跨いだ瞬間に少し、しかし確かに拡大しているのを確認したのだ。


 穴の拡散は止まらず、よって世界の寄る辺は限られ、心の楔となる土地は、もはやここだけとなった。あの穴は穴と呼べるほどの大きさではなく、大陸よりも、大海よりも、大きくなった。

 願かけても止まることはなく、唯一の友人も穴に落ちた。だが、それでも彼から電話がかかってくるのだ。

「安息の地はここにあるぞ!お前も早く落ちるんだ!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る