Side F 30(Fumine Hinokuchi) 外国人共演者

 続いて、衣装を合わせる。衣装は、テレビでよく見るようなツナギ、いわゆるブルースーツを着用すると思いきや、意外とポロシャツとか、女性ならシャツにパンツにジャケットとかオフィスカジュアルコーデであった。ブルースーツは、訓練とか取材を受けるときに着用するそうで、もちろんそれを着る場面もあるのだが、普段は違うようだ。

 とは言いながら、カジュアルコーデであっても、あたしがこのような服を着ることはなかった。美意識の高い今村さんは、こういうファッションもするかもしれないが、あたしにはまだ敷居の高い服装だ。しかしながら、いざ袖を通してみると、ウエムラさんによる完璧なまでのメイクで、あたしが知るあたしとは別人が鏡に映っていた。これでトートバッグなんか肩から掛けてみたら、いかにも平日の都営三田とえいみた線に乗っていそうだ。

 今村さんは、さすがと言うか、美人の特権でカジュアルコーデながらめちゃくちゃ似合っている。カジュアルなのにエレガントで、そのまま雑誌モデルの撮影に出られそうだ。実際にこんな美人が研究所にいたら、見惚みとれてしまって研究どころじゃなくなるかもしれない。


 この映画は、あたしと今村さんを除き、全員外国人である。日本に滞在する外国人俳優もいるらしいが、アメリカとかヨーロッパとかアジアから、撮影のために来日させた俳優もいるという。特に、NASAという組織は、各国の天文学のエリート研究者の集まりであり、多国籍にこだわったそうだ。

 今村さんも、セルビア人の母親を持つハーフだから、純日本人の出演者はあたしだけである。そして、今村さんを除く共演者のほとんどは、今日が初顔合わせの人物ばかりだ。改めて思うと、緊張してきた。


「お、君たちの上司役の俳優が来たようだな」

 武蔵監督は事もなげに話すが、その顔を見てあたしは驚いた。Theoテオ Schillingシリングだ。演技の道を志す前から、その名と顔を知るくらい有名な、ドイツ人男性俳優だ。齢50を過ぎていると思うが、まったくそうは見えないくらい若々しく、しかしながら年齢とともに熟成される渋味と色気を具備していた。

「コニチワ。ハヂメマシテデス! My name is Theo Schilling. Are you the lead actresses in this movie? (テオ・シリングです。あなたたちはこの映画の主演女優ですか?)」

「Yes. I'm Irena Milankovitch. It's my honor to meet you.(はい。イレーナ・ミランコビッチです。お会いできて光栄です)」

 会えただけでも僥倖ぎょうこうなことこの上ないスーパースターなのに、上司役として共演し、そして開口一番、ぎこちない日本語による挨拶と英語の質問で、あたしは頭が真っ白だった。でも、英語が堪能な今村さんは、流暢りゅうちょうに応答する。

「ア、アイ・アム・シ、シオン・カドカワ」

「They're very beautiful new face actresses. I'm looking forward to shooting!(とても綺麗な新人女優さんたちだ。撮影が楽しみだよ)」


 外国人の特権というのか、日本人じゃ恥ずかしくて言えないようなセリフをサラリと言う。でも、イケメン俳優だから気障きざなはずのセリフも、格好がついている。


 その後も続々と、出演者と思われる人物が現地入りした。

 世界的に有名な俳優は、シリングさんだけのようだ。『ハーシェルの愁思』は、若手研究員が中心の天王星探査プロジェクト・チームの話だから、出演者の多くは若手俳優/女優ということになろう。ということは、シリングさんはプロジェクトリーダーのMichaelミハエル Tokioトキオ Keplerケプラー役で間違いないだろう。


 実はこの期の及んで気になっているのは、作中で、美砂研究員は、同僚のドイツ人の男性研究員と恋に落ちることになっているのだ。言わば、彼が作中の男性主人公である。

 椎葉美砂を憑依させてしまえば、あとは美砂の思うがままに、あたしを操作してしまえば良いのだが、身体を貸しているあたし本人は、交際相手がいたことがないどころか、この年を迎えてもなお、初恋らしい恋も経験していない。異性に興味はないことはないが、『好き』という感情を経験したことがない。


 だから、もし、どこかのタイミングで憑依が解けたときに、彼を拒絶してしまわないだろうか。特に作中は、その彼と手を繋いで旅行したり、彼からハグをされたりするシーンがある。


「『モーリッツ』のお出ましだな」武蔵監督は言う。

 Moritzモーリッツ Heinrichハインリヒ Herschelヘルシェル。それがあたしが演じる美砂が恋に落ちる相手の男性主人公だ。

 扉を開けて入ってきたのは、あたしの知らない俳優さんだったが、高身長で、鼻筋が通り、白い肌、明るいブロンドと青い瞳、顔の輪郭は少し角ばってはいるが、それが逆に逞しさを代弁していた。


「紹介しよう。ドイツ出身で、駆け出しだが、表現力の高さと見ての通りの圧倒的なビジュアルで、ハリウッドでも売り出し中の若手俳優、Alexanderアレクサンダー vonフォン Braunブラウンだ」

「はじめまして。あなたが、詞音さんですネ。僕は、アレクサンダー・フォン・ブラウン。長いのでアレクと呼んでくださいネ」と言って微笑み、手を差し出す。

「は、はじめまして。ひの、あ、違った。門河詞音ですっ」

 シリングさんも格好良いが、アレクさんは、男性ファッション雑誌の表紙から飛び出してきたようなイケメンだ。そんな人が、ニッコリと握手しようとしているのだから、あたしは完全に舞い上がってしまった。


 握手で手が触れると、漫画のように顔からプシューと蒸気が噴き出しているのを自覚した。顔はやかんの如く真っ赤っ赤になっていることだろう。

「お会いできて嬉しいです」

 彼の笑顔は『キラースマイル』に違いない。きっと直視できない。

「ににに、日本語、お上手なんですね」

 この映画は、ほぼ全編英語だ。モーリッツと美砂との会話も英語である。ちょっと外国人特有のなまりはあるが、それでも流暢と表現して差し支えない。

「僕は、映画だけじゃなくて、できればプライベートでもあなたと仲良くなりたいのデス。武蔵監督が、新しい映画のキャストを探しているときに、ヒロインがあなただと知って、僕にやらせてくださいと手を挙げました」

 ホント? とあたしは心の中で呟いた。

「あなたは最高に美しい。僕にとっての女神様デス。だからどうしても仲良くなりたくて日本語、めちゃめちゃ勉強しました。あなたが好きデス。あなたと結婚したいくらいに!」

 アレクさんはあたしの前にひざまずいた。

「えええ~!?」


 突然の告白に面食らって、頭が真っ白になった。あたしだけじゃなかったはずだ。

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