時空を超えて 慈愛を込めて 想いよ届け

銀鏡 怜尚

Prologue

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 地球に危機が迫っていた。私は強い絶望感と罪悪感にさいなまれている。


 およそ25年前からスタートしたテラフォーミング計画で、いちばんの課題だった大規模な植樹計画が功を奏し、火星の一部の区域で大気組成を大きく変化させることができた。しかしながら、地球に比べて乏しい太陽エネルギー、小さな重力、低温環境、低い大気圧、不安定な電気供給、課題は山積しており、移住先で適応できるかどうかは不透明だった。


 背に腹は代えられない。一時的な滞在先としてでも良いということで、地球人口の何百、何千、いや何万分の1かもしれないが、未来を担う若き要職、農業生産の研究者、医療従事者、建築家、その他技術職、エンターテイナー、生き延びる人間がトリアージされる予定だ。かつてない壮大すぎるプロジェクトだ。


 しかし、私の見立てでは移住は難しいのではないか、と思っている。いくら何でも拙速ではないか。重力が地球の3分の1しかない火星において、酸素濃度が仮に地球と同じにできても酸素分圧が満たないのではないか。


 トリアージでテラフォーミングの対象にならなかった人類の大部分は、日本から遠く離れた大陸中央部あるいは地下シェルターなどへの一時避難となる。しかし、これとて安全を確約する方法ではない。どちらにしたって危ない。そして何よりも悩ませたのは、テラフォーミングの先発部隊に、私の娘が内々に選ばれているのだ。

 さきがけと言えば聞こえは良いが、私からすれば犬死にしに行くようなものだ。地球外の天体での過酷さを侮ってはならない。私はどうしても我慢がならなかった。


 私はパンドラのはこを開けることにする。技術的にクリアされても、倫理的な問題がクリアされていないし、一つ間違えれば、いまの私たちはどうなるのか分からない、長年議論されてきたが解決がなされていない問題。タイムパラドックス。下手したら、地球の現在の人類がどうなっているか分からない。


 しかし、このまま指をくわえているわけにもいかなかった。この送信ボタン、もとい禁断のスイッチに、私は手にかけた。

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