第7話
「これ……妹さんへの贈り物だったの?」
「うん。まあ良いっスよ。他にも送る予定っスから」
「でも……」
「女の子が全裸でいる方が問題っスよ。着替えて着替えて」
わがままを言ったり遠慮したり、忙しいお嬢様だなぁ。俺は檻の隙間からワンピースをねじ込むと、ヘンリエッタ様に背を向けた。
擦れる音がしてしばらくの後、ヘンリエッタ様が「もういいわよ」と言った。
「ど、どう……?」
「……似合わないっスね」
高貴な顔が庶民的なワンピースの上に乗っかっているような違和感があって、なんだかムズムズする。整った顔立ちのせいで、ワンピースが浮いて見える。
「褒めてくれたって良いじゃないのよ!」
「いや、だからっ! 顔が綺麗すぎて似合わないって話っスよ!」
「なっ…!」
ヘンリエッタ様がびっくりした顔の後、顔を真っ赤にして睨んできた。
「な、なんスか! 褒め甲斐のないお嬢様だなぁ!」
「うるさいわね! この馬鹿! それより……」
ヘンリエッタ様がワンピースの裾を掴んでもじもじとする。
「し、下着ってないのかしら……」
「あっ! 下着! いやー、完全に忘れてたっス」
しまった。うっかりしていた。妹や母親の服を買うことはあっても、下着を買うことなどなかったから考えが回らなかった。つまり、今のヘンリエッタ様はワンピースの下に何も……
「へぶぅッ!」
「変なこと考えていたわね!」
ヘンリエッタ様が柵から右手を突き出して、俺の頬を引っ叩いた。女の子のビンタというよりは、鈍器でぶん殴られたような重い一撃だった。
口の中が切れたような気がする。じわりと口の中に血の味が広がった。
俺は慌てて空きの牢屋に放置してある壁掛けの小さな鏡を覗き込んで、モノクルで鑑定する。鑑定結果に「裂傷」と表示された。口の端が切れてしまったようだ。
そういえば、まだこのモノクルをヘンリエッタ様に試していなかった。
「ヘンリエッタ様!」
「何よ」
「親父じゃないんで詳しくは分からないかもしれないっスけど、今俺がかけてるモノクルで鑑定してみるのはどうっスか?」
「鑑定?」
俺はモノクルを外して、ヘンリエッタ様に見せた。
「これ『鑑定眼鏡』なんスよ。お貴族様の使うやつの簡易版なので名前しか出てこないっスけど、簡単な病気とか怪我の鑑定もできるっスよ」
「つまり、それでわたくしを視れば、わたくしの状態が分かるということね」
「そーっス。あくまで簡単にっスけど」
俺はモノクルをかけ直してヘンリエッタ様を見つめた。ぼんやりと文字が浮かんでくる。
──オリハルコン。
ヘンリエッタ様の姿の上にぼんやりと浮かぶ文字に、内心混乱しつつ再度鑑定をしてみる。
──オリハルコン。
やはり、そこにはオリハルコンの文字が出ていた。
「ど、どうだったの?」
「……」
「ね、ねぇジャック。何か言いなさいよ」
「……『オリハルコン』」
「えっ?」
俺はモノクルを外し、目を擦ってから再度モノクルをかけ、ヘンリエッタ様を見つめた。
──オリハルコン。
ヘンリエッタ様の説明として、やはりオリハルコンの文字がそこに浮かんでいるのだった。
悪役令嬢は、どうやらオリハルコン製のようです。
◆
ヘンリエッタ様にモノクルを手渡すと、身体を丸めるようにしたり両手を前に出したりして自分を観察し、やはり同じように「オリハルコン」と表示されているのを確認したらしい。
モノクルを返した後、半泣きになり「わたくしの身体、一体どうなっちゃったのかしら」と弱々しく呟いた。
俺は改めてモノクルをかけ直し、ヘンリエッタ様の身体を上から下まで眺める。
「上から…『オリハルコン』『オリハルコン』『オリハルコン』『ヴァージn』フギョアッ!」
「どこ見てんのよ!」
今度はヘンリエッタ様に左手でビンタされ、俺はまた鈍器で殴られたような衝撃を頬に食らった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます