第6話
「死にたい……」
「死にたくない助けてって泣いてたっスよね?」
「もう良いの! あんな大勢にっ! 身体をっ……! しかも重いって……! うわーん!」
地下牢に戻ってからのヘンリエッタ様は、粗末なベッドの上でシーツを身体に巻き付けたままうずくまって泣いていた。身体は全く見えなかったが、全裸であることを考えると気が引けたので、俺はヘンリエッタ様を背にして話見張っている。
「……まあ、デブではなかったっスよ」
「お黙り!!!」
ヘンリエッタ様が何かを投げたのか、柵に当たってガシャンと音がして、俺はビクッと肩が震えた。
「綺麗だと思っただけっスよ……代わりの服は来ないんスかね?」
「し、知らないわよそんなの!」
チラリとヘンリエッタ様を横目で見ると、頭まですっぽりシーツに包まっていた。何故か顔が赤くなっている。
罪人とはいえ公爵令嬢だ。正式な手続きを踏んだ投獄であればこんなグダグダな処罰になるはずがない。貴族の投獄の場合は、使用人の一人くらい居てもいいと思うのだが。俺もヘンリエッタ様がここにいることを知らなかったことを考えると、兵士同士の引き継ぎも曖昧なままなのは確かだ。
……もしかすると、諸々の手続きをすっ飛ばした王子の独断なのだろうか? となると、ヘンリエッタ様の服を用意する使用人は来ない可能性が高い。
「ヘンリエッタ様、俺ちょっとヘンリエッタ様の服取ってくるっス。いつまでもその格好じゃ風邪引くっス」
「……うん、可愛いのにして頂戴な」
「はぁ? ンな贅沢言ってんじゃねーっスよ。着れるだけマシだと思うっスよ」
「そ、そんな言い方しなくたって良いじゃないのよ」
「他になにがあるんスか。じゃあ大人しくしてるっスよ! ワガママ令嬢様!」
「ちょっと!」
ヘンリエッタ様の少し元気がないわがままを背中に、俺は自室に戻った。
俺の部屋には田舎で暮らす妹の為に買った王都からの贈り物が、木箱に詰めたまま、まだ送っていなかったはずだ。
釘抜きで四隅の小さな釘を引き抜くと、中に草木染めのリネンのワンピースがあった。王都で流行りの庶民の服を送ると喜ばれるから、時々洋服を送っていたのが良かった。妹が長く着れるようにとわざと大きめの服を買っているのが幸運だった。ヘンリエッタ様は細身だったから、丈が短く感じることはあっても、着れないことはないだろう。
俺は一瞬炎の中のヘンリエッタ様の裸体を思い出し、ブンブンと首を振った。今はそれどころじゃない。
他に何か……と考え、俺は「鑑定眼鏡」のことを思い出した。その名の通り、鑑定が出来るモノクルだ。鑑定と言っても、店先に並んでいる商品の名称が判る程度だ。それでも、傷口を見れば怪我の度合いが判るし、買い物の際は劣化品や偽物を見分けるのにも使える。それなりの価値があるため、買うと結構な値段がする。
俺はそのモノクルをかけて鏡の前に立った。俺の顔を見つめると、ぼんやりと文字が見えてくる。俺には「人間」と表示されている。今度は先ほどヘンリエッタ様に叩かれて怪我をしたところを見つめた。ヘンリエッタ様が巻いてくれた布の上に、ぼんやりと「裂傷」と文字が浮かんだ。
よし、久しぶりに使ったが壊れてはなさそうだ。
俺はワンピースを抱えて、モノクルをかけたまま地下牢へと戻った。
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