第2話

 俺はジャック、十六歳だ。レイネシ王国の王城の兵士だ。

 戦争は二十年ほど前に終結し、今は周辺国との争い事も無い。緊張した関係の国はあるが、国境からは遥か遠いこの王城の警備は、実にのんべんだらりとしている。

 しかし、今は少し城内がソワソワしているような、浮き足立っているような気配がする。


 約一週間ほど前、この国の戦後一番の大ニュースと言われる事件が起きた。

 ヘンリエッタ=オルグレン嬢。ユフノー公爵であるガドフリー=オルグレン公爵の長女である彼女と、レイネシ王国の第一王子であるジェド様はずっと前から婚約関係にあった。

 しかし、レイネシ王立魔法学校の卒業式で、リリアン男爵令嬢への嫌がらせの数々をジェド様に糾弾され、婚約破棄を言い渡されたらしい。

 瞬く間に国中が婚約破棄の噂話で持ちきりになったが、タイミング悪く俺が人の少ない夜警だったせいで、婚約破棄があった以上の情報を俺が耳にすることはなかった。


 だから、一週間振りに通常のシフトに戻った時、地下牢の番を他の兵士から押し付けられていたことに俺は気付かなかった。


「おい、ジャック。お前今日から昼か?」

「ウッス! そーっス!」

「その下町訛りの敬語は直せと……まあいい。今日からは地下牢の担当だ。よろしくな」


 先輩兵士に言われ、俺は目を丸くした。

 地下牢には貴族が来ることはないし、使用人も滅多に来ることはない。戦後に地下牢の数を減らしたため六つしか牢屋は無いし、基本的に地下牢に罪人がいることはほとんどない。そんな場所を警備する為に人員を割く必要はないと判断されたため、一人で警備を担当することになっている。

 大抵の場合、兵士の中でも兵歴が長いベテランか、昇格試験の勉強をしている中堅兵士が担当することが多い。何故なら、丸一日自由に過ごしていても誰にも見つかることがないからだ。

 ベテラン兵士の場合は単にサボる為、中堅兵士の場合は試験勉強の為に地下牢の担当となることが多い。

 そんな場所の担当に、兵士になって一年半の俺がなるだなんて、今思えばどう考えても厄介事を押し付けられただけだった。



 天井付近の通気口の穴からの明かりしかないため、ランプを持って地下へ向かう。階段を降りて行くと、ぶつぶつと何かをつぶやく声が聞こえてきた。


「あれっ? 今日は誰か捕まってんのか?」


 薄暗い地下牢を、ランプをかかげて見回すと、一番奥の牢屋からガタンと音がした。

 そして、白くて綺麗な細い腕が、にゅっと牢屋から出てきた。


「あなた、いい加減ここから出しなさいよ!」

「ギャッ!」


 俺は思わず飛び上がって驚いて、ランプを持った左手を前に突き出した。


 そこには、この地下牢に最も似つかわしくない、シルバーの髪の美しい令嬢がいた。

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