「キミは主人公じゃない」
和真には、ヤァスの言ったことが理解できなかった。
和真には、チートスキルなんて存在しない。
だが、そうであるのなら、自分がここにいる理由、これまでの出来事は、いったい、何だったというのだろう?
和真は、自身がチートスキルに目覚めるからという理由でこのチータープリズンへと収監(しゅうかん)され、ヤァスに将来起こるかもしれない[惨劇]を防ぐカギとなるかもしれないと言われて利用され、そして、その後に起こった出来事の中で実際に和真は[劣化コピー]のチートスキルに目覚めたはずだった。
「理解できない。そういう顔をしていますね? いやぁ、実に間抜けな顔です! 記念に、写真に撮っておきたいくらいだ! 」
戸惑っている和真を嘲笑(ちょうしょう)すると、ヤァスは、自身の目の前の机の上に置かれた、和真が先ほどまで身に着けていた首輪を持ち上げて見せる。
「和真くん。これが何か、知っていますか? 」
「く、首輪、だろ? 囚人(チーター)に、チートスキルを使用させないための」
和真は戸惑ったまま、自身の知っていることを答えたが、ヤァスは首を左右に振る。
「違う、違う。大ハズレ! 」
「じゃ、じゃぁ、それは、何だって言うんだよっ!? 」
和真が気色ばんで叫ぶと、ヤァスはさらに笑みを深くし、もう、嬉しくて、楽しくてたまらないという顔で和真に答える。
「これは、ただの首輪じゃありません。……何のチートスキルもない人間に、疑似的にチートスキルを目覚めさせるための装置なんですよ! 」
和真がヤァスの言葉をすぐには受け入れることができずにいると、ヤァスは再び、声をたてて笑った。
「あっはははははっ! 実に、実に滑稽(こっけい)ですよ! 和真くん、キミには最初から、何のチートスキルもなかったんですよ! ただの一般人、キミはその辺にいる、ありきたりな人間に過ぎなかった! それを、この素敵な[オモチャ]で、チーターに仕立て上げていただけだったんですよ! ああ、すっかり騙(だま)されて! ボクの手の平の上で踊り狂って! 今まで笑いをこらえるので大変でした! 」
ヤァスは笑い続け、そして、その笑い声を耳にしながら、和真の中で混乱した思考がぐるぐると回っている。
自分が、ただの一般人?
元々は、何のチートスキルもなかった、ただの人間?
そんな和真に、ヤァスが今、手に持っている首輪の機能を使って、無理やりチートスキルに目覚めさせた?
「な、なんで、そんなものがあるんだよ……? 」
呆然としたまま、和真は呟く。
ヤァスが言っていることは、つまり、和真に渡されていた首輪は、何のチートスキルも持たない人間に、人工的にチートスキルを目覚めさせるための、特別な装置だったということだった。
だが、それは、このチータープリズンの、そもそもの存在理由と矛盾する。
この場所は、チートスキルを使って無双しがちなチーターたちを収監(しゅうかん)し、チートスキルなしでも日常生活を送れるように更生する、そのための施設のはずなのだ。
それなのに、どうして、何のチートスキルも持たないような人間に、チートスキルを目覚めさせるような装置が存在しているのだろう?
「せっかくですから、教えて差し上げましょう。……あの小賢しい小社管理官やオルソ管理官には秘密にさせていただいていましたが、[一般人に人工的にチートスキルを目覚めさせる]、それこそが、このチータープリズンの本当の設立目的だったのですよ! 」
和真は、文字通り、天と地がひっくり返るような気持だった。
今までそういうものだと思っていたこと、自分が信じていたことが、まったくの正反対だったのだ。
「もっとも、その目的は、うまくいっていませんでしたがね」
愕然(がくぜん)としていた和真に、ヤァスは肩をすくめてみせる。
「長い年月をかけて、多くのチーターをかき集めて研究して、できたのは、チートスキルを疑似的に目覚めさせることができるだけもの。それも、この首輪という補助輪なしでは、取るに足らないような貧弱なチートスキルしか発動させられないという、できそこないです。……できることと言えば、オリジナルに劣るチートスキルを使用者に与えるだけのモノでした。……ただし、その研究の過程で、チートスキルの使用を抑制する機能という、予想外の成果は得られましたが」
そして、ヤァスは立ちあがると、ニヤニヤとした笑みを浮かべながら、その場に棒のように突っ立っているだけの和真のすぐ近くまで歩みよってくる。
「ねェ、和真くん? ……今まで、楽しかったでしょう? 」
そして、和真の耳元に顔をよせたヤァスは、猫なで声で言う。
「自分が、憧れのチーターなんだって。チートスキルを使って、無双できるんだって。……自分は、特別なんだ。この世界の主役なんだって、そう思ったでしょう? 」
ヤァスは、和真の耳元で笑みをこぼし、心底見下したような口調で言う。
「でも、残念でした! キミは、主人公じゃなかったんですよ! 」
和真は、その言葉を聞きながら、全身に震えが走るのを感じていた。
和真の世界が一瞬で暗転し、永遠の暗闇の中に閉じ込められたような気分だった。
自分は、和真は、この物語の主人公ではなかったのだ。
「なっ、なっ、ならっ、どうしてっ」
ショックで呆然自失となりながら、うわごとのように和真はたずねていた。
それを、どうしても聞かずにはいられなかった。
「誰でもよかったって、言うんなら! どうして、俺を選んだんだ!? 」
その和真の問いかけに、ヤァスは、静かに嘲笑(ちょうしょう)した。
それから、ゆっくりと、失意の底にいる和真にもよく聞こえるように言う。
「キミの言うとおり、誰でも、そう、誰でも、良かったからですよ」
ヤァスは、ゆっくりと、和真を絶望させるための言葉を紡(つむ)ぐ。
「キミでも、ね」
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