「無双」

 和真とヤァスがいる基地の司令部の建物全体を激しい揺れが襲ったのは、その時だった。


 同時に、周囲に激しい爆発の音がいくつも響き、ガラスが砕(くだ)け散る音や何かが破壊される轟音(ごうおん)、銃声、そして砲声が聞こえてくる。


 その喧騒(けんそう)を引き起こしている者たちは、和真とヤァスがいる部屋にも現れた。

 数発の銃声と共に、基地司令官の執務室のガラスが砕(くだ)かれ、その窓から一斉に侵入者たちが突入してくる。


 それは、数人のプリズントルーパーたちと、このチータープリズンの管理官である影雄だった。


 影雄たちは建物の屋上からロープを使って懸垂(けんすい)降下し、最小限の時間で突入を果たすと、素早く着地して銃口をヤァスへと向けていた。

 そして、ヤァスを包囲することに成功した影雄は、ニヤリと不敵な笑みを浮かべる。


「和真! ……待たせて悪かったな! 」


 それから影雄は自身のかまえた拳銃ごしにヤァスの方を睨みつけた。


「ヤァス! 大人しくするんだな! 俺たちの銃口が貴様を狙っているのは、見えているんだろう? 」


 しかし、ヤァスは、余裕の笑みを崩さなかった。


「やれやれ、小社管理官。それで勝ったつもりなんですか? ボクが、大勢のプリズントルーパーたちを支配下に置いていることは知っているでしょう? ボクが一言命令すれば、小社管理官、あなたの左右にいるプリズントルーパーたちも、ボクの味方になるんですよ? 」

「ふん。ハッタリ、だな」


 影雄はヤァスの言葉を笑い飛ばし、一歩、前へと進み出る。


「お前のカラクリは、もう分かっているんだ。あの、乙部楓というチーターにチートスキルを使わせたんだろう? だが、チートスキルが使用されていれば、エルフたちの魔法で判別がつく。ここに連れてきた仲間たちは、全員確認済みだ! 」


 そして、その影雄の言葉に答えるかのように、プリズントルーパーたちは影雄に歩調を合わせて前進し、左右に広がってヤァスへの包囲を狭めていく。

 彼らの銃口は1ミリもブレることなくヤァスを狙い続け、そこにつけ入る隙は無いように思えた。


「なるほど。……では、こうしましょう」


 しかし、ヤァスはそう言うと、ショックを受けたまま呆然としていた和真を突き飛ばした。

 和真は何の抵抗もできずにヤァスの盾にされてしまい、ヤァスは影雄たちが和真に命中する危険から発砲を躊躇(ためら)っている間に、素早く部屋の外へと逃げ出して行く。


「クソッ! 追えっ! 奴を逃がすなっ! 」


 影雄が叫び、プリズントルーパーたちはヤァスを追って駆け出した。

 彼らは床の上に転がった和真の上を次々と飛び越えていく。


「おいっ、和真!? お前、どうしたんだっ!? 」


 影雄もプリズントルーパーたちに続こうとしたが、床の上の倒れたまま動かない和真の様子に気がつき、慌てて和真に駆けよった


「和真! おい、和真、しっかりしろ! ヤァスに何かされたのか!? 」


 しかし、和真は影雄の言葉に、何も答えることができなかった。

 そんな気力はもう、和真にはなかったからだ。


「クソッ! おい、ヘリをこっちに回してくれ! 」


 和真の様子を確認し、緊急事態だと判断した影雄は、自身が身に着けたヘッドセットに向かってそう怒鳴っていた。


────────────────────────────────────────


 影雄の指示で基地の司令部の屋上へと降下したヘリは、和真を担ぎ上げた影雄をロープで引き上げ、すぐに高度を取って飛び上がった。


 ヘリの後部座席に座らされた和真は、呼びかけ続ける影雄からの言葉には相変わらず何も答えられないまま、その虚(うつ)ろな瞳で、戦いの様子を見おろしていた。


 和真の目には、激しい戦いの様子が映っていた。

 ヤァスの位置を和真の発信機で把握したカルケルは急襲作戦を展開し、ヤァスのいた司令部を攻撃、選りすぐりのプリズントルーパーたちが突入を実施していた。


 いくつもの銃口に閃光がまたたき、装甲車に装備された機関砲から曳光弾が放たれ、和真の眼下を飛び交う。


 戦況は、カルケルに指揮されたプリズントルーパーたちに有利なようだった。

 奇襲に成功したカルケルたちは反乱側が確保していた多くの兵器が動き出す前に司令部への肉薄に成功しており、また、ヤァスに支配されたプリズントルーパーたちの反撃の動きも鈍いものであるようだった。

 どうやら、催眠チートによって支配されているプリズントルーパーたちは統一された指揮系統が整備されていないらしく、それぞれの持ち場で場当たり的な対処を行うしかできないようだった。


 カルケルの側が反乱側の防衛線を打ち破るのは、時間の問題かと思われた。

 だが、その時、司令部の建物の一部で、巨大な炎が吹き上がる。

 その炎、正確には高熱を凝縮(ぎょうしゅく)して放たれた衝撃波は、優勢に戦っていたカルケルの部下たちを吹き飛ばしてしまった。


 そして、その衝撃波の中心に、ヤァスの姿があるのを、和真の目は確かにとらえていた。


 ヤァスは、大勢のプリズントルーパーたちから銃口を向けられながらも、その顔に余裕の笑みを浮かべている。


 そんなヤァスに向かって、一斉に攻撃が開始された。

 カルケルの攻撃目標は、言ってみればヤァスただ一人であり、そのヤァスを拘束するか殺害するかしてしまえば、この騒動にも決着がつくはずだった。


 だが、プリズントルーパーたちの攻撃はヤァスには通用しなかった。

 ヤァスは自身の眼前に高熱が凝縮された壁を作り出し、ヤァスを狙って放たれた銃弾はそこですべて蒸発してしまったからだ。


 シュタルクと同じチートスキルを、シュタルク以上の威力であやつるヤァスの姿を見て、プリズントルーパーたちは動揺する。

 ヤァスはそんなプリズントルーパーたちを見回すと、獰猛(どうもう)な笑みを浮かべた。


 そして、ヤァスによる蹂躙(じゅうりん)が始まった。


 ヤァスが使うチートスキルは、シュタルクのものだけではなかった。

 和真がこれまでにコピーしたチートスキルを、ヤァスは、オリジナルを上回る威力で使いこなし、プリズントルーパーたちはその攻撃になす術もなかった。


 まさに、ヤァスは[無双]していた。


 その光景を目にしながら、和真の頬を涙が伝い落ちる。


 結局、自分は最初から最後まで、ヤァスに利用されただけだった。

 自分には、本当な何のチートスキルもない。

 自分は、主人公ではない。


 決して、主役になることができない。


 その事実に絶望したままの和真は、声もなく、思うままに無双し続けるヤァスの姿を見ていることしかできなかった。

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