「協定」

〈あー、あー、よォく聞けィ。お前たちはすでに、完全に包囲されている。取調室の出口は一つだ、逃げられると思うなよォ? 大人しく、このカルケル様に従え。チータープリズンでは、オレ様こそがルールなのだということを、忘れたわけではないだろう? 〉


 どうやらカルケルは、和真たちがいる取調室のすぐ外側まで来ている様子だった。

 おそらく、大勢のプリズントルーパーたちも一緒だろう。


 自身を名指ししてきたカルケルの言葉に恐怖して萎縮(いしゅく)してしまった和真のことを横目にしながら、影雄は小さく舌打ちをする。


「完全に気づかれずに行動できるとは思ってはいなかったが、まさか、こんなに早くこちらのことに気づくとは。……アピス、お前、カルケル獄長に何か話したりしていないだろうな? 」

「そんな、何も話してませんよ。小社管理官の方こそ、ここに来るまでの間に何かヘマをやらかしたんじゃないですか? 」


 アピスに睨みつけられた影雄は、「ま、カルケル獄長が優秀だってことかな」と言って肩をすくめてみせ、それから、真剣な表情をアピスに向ける。


「一応聞くが、この取調室に、裏口みたいなものは? 」

「ありませんよ、そんなもの。そこの扉以外は頑丈な作りで、チートスキル対策も施されています。私の魔法でも、どうにもなりませんよ」


 影雄とアピスがこの状況を脱出する方法を模索している間にも、カルケルからの呼びかけが続いている。


〈大丈夫だァ、安心しろォ、和真くゥん。大人しくカルケルおじさんの言うことを聞くなら、乱暴なことはしなァい。約束だ~。だ~か~ら~、さっさと扉を開けよォ~〉


 その言葉が終わると、今度は、取調室の扉を、外部からガリガリとひっかくような音が聞こえてくる。

 まるでペットが家の中に入れてくれと催促(さいそく)するために前足で扉をかくような音だったが、それをやっているのは恐らく、カルケル自身だろう。


 その音にさらに恐怖を強く感じた和真は、「ひぃっ!? 」っと悲鳴をあげ、頭を抱えてその場にうずくまった。


 和真とは対照的に冷静さを保ちながら思考を巡らせていた影雄は、ふと、何かを思い出したような顔をする。


「ところで、アピス。取調室の扉って、カギ、かかるのか? 」

「いいえ。取り調べ中にトラブルがあってもすぐ外部から突入できるように、カギはありませんね。少なくともこちらからは封鎖はできません」

「とすると、妙だな。カルケル獄長は、自由に入って来られるのに、こちらに呼びかけて来ているわけか」


 自身の問いかけに首を左右に振ったアピスに、影雄は興味深そうに自身のあごを指でなで、それから、うずくまっていた和真に気軽な感じで指示する。


「よし。和真く、カルケル獄長の要求通り、扉を開けてやってくれ」

「え、ええっ!? だ、大丈夫なんですか、そんなことして? 」

「大丈夫だ。カルケル獄長は、無理やり突入しようと思えばいくらでもできるのに、こちらの自発的な行動を促している。……こちらときちんと話をする意思があるという、何よりの証拠だろう」


 和真は、扉を開けた瞬間カルケルからどんな目に遭わされるか分かったものではなく、扉を開けるなんて絶対にイヤだったが、影雄は確信を持っている様子だった。

 それでも和真は扉を開けたくはなかったが、しかし、自分たちがこの取調室に閉じ込められてしまっている以上、何らかのアクションを起こさなければ、事態は何も変わりはしない。


 和真は渋々(しぶしぶ)立ち上がると、影雄から言われた通り、扉を開く。


「ひっ!? 」


 そして、扉を開いた瞬間、和真は恐怖で固まった。

 そこにはカルケルが、満面の笑みを浮かべながら立っていたからだ。


────────────────────────────────────────


 カルケルは、ピクリとも動かなくなった和真の頭越しに部屋の内部を見渡し、そこにいる人物たち、影雄、アピス、アピスに拘束されたままのセシール、その三人の姿を見て、鼻を鳴らして笑った。


 それから、背後に控(ひか)えていたプリズントルーパーたちに、「貴様らは、そこで周囲を警戒していろ」と命じ、固まったままの和真の横をすり抜け、たった一人で取調室の内部へと入って行った。

 固まっている和真の目の前で、ゆっくりと扉が閉まっていく。


 取調室の中へと入ったカルケルは、そこにいた和真以外の全員からの視線を集めながら、それをものともせず、堂々と中央部分まで進んでいった。

 そして、取り調べ用のイスに何の断りも入れずに腰かけると、机の上に両足を投げ出し、イスに深く腰かけながら頭の後ろで両手を組んで見せる。


「いやはや、おもしろい。実に、おもしろい」


 ふてぶてしい態度を見せたカルケルは、そこで、不敵な笑みを浮かべて見せた。


「プリズントルーパーの一部が離反して以来、音信不通になっていた管理官の一人、小社管理官。それに、反乱した側にいたはずのセシール。そして、コソコソ外部と連絡を取っていたアピス。実に、珍しい組み合わせだァ」

「まぁ、こちらも、いろいろと事情が重なっていてね」


 深淵(しんえん)の闇のような暗いサングラスの奥から向けられるカルケルの視線に肩をすくめてみせると、影雄は、大勢のプリズントルーパーたちを突入させるでもなく、単身で乗り込んできたカルケルの意図を確認する。


「カルケル獄長。状況は複雑だが、だからこそ、率直にいこう。獄長が一人で乗り込んできたのは、どういう意図からだ? 」

「[協定]を結ぼうと思っている」


 影雄からの質問に、カルケルは余裕そうな笑みを浮かべながら答える。


「小社管理官。そっちが知っていること、やろうとしていること、洗いざらい教えろや。さすがの俺様も、今回の事態には後手後手で、正直、情報がまったく足らんのだ。だが、この状況を見るに、小社管理官。アンタは何か情報を得ているはずだ。反乱に参加したセシールから情報を聞き出すために、アピスと協力してたってところだろう? おまけに、囚人(チーター)どもが暴動を起こしている最中、血眼(ちまなこ)になって探していた和真くんともツルんでると来てる。……少なくとも、俺様よりは何が起こってるのかに詳しいだろ? 」

「協力するのはやぶさかではないが……。しかし、カルケル獄長。[協定]を結びに来たという以上は、我々にも見返りがあるのだろう? 」

「そりゃ、簡単な話さ。小社管理官、アンタの話を聞いて、俺様が納得できれば、チータープリズンをあげてアンタのやろうとしていることに協力してやる。……まぁ、どんな話を聞けるか次第だが、な」


 カルケルの言葉に、影雄は満足そうに微笑み、うなずいてみせる。


「取引成立だな」


 どうやら、和真が固まっている間に、話はまとまったようだった。

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