「セシール」:2
突然叫び始めたセシールの姿に、和真たちは皆、呆気に取られてしまっていた。
叫ぶセシールの姿は、つい先ほどまでの、おどおどとした様子からは少しも想像できないものだったからだ。
「わたしっ! わたしがっ! わたしが、アヴニールをっ! 」
セシールの声は震えだし、その眦(まなじり)には涙が浮かび始める。
和真には、彼女がどうして、こんなふうに涙を流し始めるのか、少し氏も理解することができなかった。
ただ、それは、いろいろなものを我慢して、ぎりぎりで耐えていたのに、些細(ささい)なきっかけでこらえていたものが溢(あふ)れ出した、そんな印象だった。
「わたしが、やったんです! アヴニールを! 友だちだったのに、時間の動かない冷たい氷の中に! わたしは、何も覚えていない! 覚えていないけど! わたし以外に、あんなこと、できる人はいないんだから! 」
そして、セシールは、取調室の机の向こう側でうずくまったまま、すすり泣き始める。
誰も想定していなかった状況に和真たちは戸惑い、「おい、どうする? 」とでも言いたそうな顔でお互いの顔を見合わせていた。
だが、影雄がアピスに目配せをし、和真も遠慮がちに軽く頭を下げて見せると、アピスは溜息をつき、それから、セシールに向かって一歩前に踏み出す。
アピスはセシールとは幼馴染であり、少なくとも、和真や影雄よりも彼女について理解できるはずだった。
だから、ここはアピスにセシールを説得してもらうのが一番だというのが、三人の間で決まった結論だった。
「セシール。少し、落ち着いて」
セシールを過度に刺激しないようにゆっくりとした足取りで一歩ずつ前へと進みながら、アピスはできるだけ優しい声で語りかける。
「アヴニールにあなたが良くしてもらっていたのは、私だって知っているわ。あの人は、私にとっても姉のような人だったのだもの。……だけれど、アヴニールは半年前から行方不明で、私にはその行方が分からなかった。小社管理官が言ったこと、そして、あなたが今打ち明けてくれたことは、本当のことなの? あなたが、アヴニールの時間を止めてしまったの? 彼女は、今、どこにいるの? 」
アピスは話し続けながらセシールへと距離を詰めていったが、セシールが隠れている机まであと一メートルほどにまで迫ったところで、セシールが鋭く叫び声をあげてそれ以上の接近を拒んだ。
「こっ、来ないでっ! 」
セシールは、怯(おび)えたような、動揺したような声だ。
和真は、本心ではすべてをぶちまけたいほど追い詰められて辛いのに、それを、セシールは必死に我慢(がまん)しているように思えた。
アピスはセシールに言われた通りにその場で立ち止まり、どうすればいいのかを難しそうな顔をしながら少し悩み、それから、セシールの説得を再開する。
「何かあったのなら、悩んでいたのなら、私に相談してくれればよかったのに。アヴニールほどには頼りにならないかもしれないけれど、私たち、幼馴染でしょう? 力になるから」
「で、でも……、わたしが、自分でやったことなのに、今さら、あなたに頼るなんてできない……っ! 」
優しい口調のアピスの言葉にセシールは一瞬だけ机の影から顔を出して瞳を潤ませながらアピスの方を見たが、しかし、すぐにまた顔を引っ込めてしまう。
一見、進展がないように思えたが、アピスは手ごたえをつかんでいるようだった。
「ほ~ら、そんなに、遠慮しないで」
アピスはセシールに向かって親しげな声をかけながら、さらに一歩、前へと進み出る。
「あなたがアヴニールにそんなことをするなんて、何か事情があったはずよ。どんな事情かは分からないけど、私も一緒にどうすればいいのか考えてあげるから、ね? 」
「じっ、事情も、何も! わたしは、何にも覚えていないの! どうしてアヴニールにあんなことをしたのかっ! だ、だけど、全部、わたしが自分からやったんだって、聞いてっ! 」
「ふぅん? それは、誰から聞いたのかしら? よぉく、思い出してて? 」
「だっ、誰から、聞いた……っ? 」
アピスに問いかけられ、セシールは必死に何かを思い出そうとしたが、彼女は何かを思い出すことはなかった。
「アレ……? なんで? 」
セシールは、呆けたような顔で、戸惑ったように瞬(まばた)きをくり返す。
「どうして、私、覚えてないの? 」
そう呟くセシールは、すでに、アピスがすぐ近くにまで接近していることに、まったく気がついていなかった。
そんなセシールに、アピスは突然、飛びかかる。
「うおりゃっ! 」
「ぅひゃぁっ!? アピスっ、何するのぉっ!!? 」
突然つかみかかって来たアピスを振り払おうとセシールはパニック状態で暴れ、その拳がアピスの顔面を何度かかすめるが、アピスはそれをもともせず、セシールを背後から羽交い絞めにして拘束してしまった。
「観念なさい! アンタ、昔っから取っ組み合いで私に勝ったことないでしょう! 」
もう逃げられないと悟って涙目で大人しくなるセシールに向かって、アピスは少し荒くなった息を整えながら、勝ち誇ったような笑みを浮かべる。
和真は二人の体格を見比べながら、なるほど、セシールとアピスでは、アピスの方がケンカは強そうだと妙に納得していた。
何というか、セシールはアピスよりも一回り以上小柄で、ローブを身に着けていてもその身体が華奢(きゃしゃ)なことが分かる。
それに対してアピスはエルフらしい長身に、相応の筋肉を身に着けていて、華奢(きゃしゃ)なセシールを膂力(りょりょく)で圧倒できるようだった。
ただし、身体の一点のボリュームだけは、セシールの方が圧倒的に豊満であり、アピスの方が明らかに貧弱だった。
たとえるなら、セシールは山脈地帯を持つが、アピスは平原しか持たない。
和真が、アピスの身体の一点と、セシールの身体の一点のボリュームを比較していることに気がついたアピスは、いら立たしげな表情で和真のことを睨みつけ、短く呪文を唱えて魔法の杖の先端を和真の方へと向けた。
その瞬間、魔法の光でできた光球が和真の顔面を直撃し、一瞬で和真の視界は真っ白になる。
「ぎにゃーっ、目がっ、目がぁーっ!? 」
突然視力を奪われたショックと痛みで、和真は床に転がり、のたうち回った。
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