「セシール」:1
アピスが和真たちを案内したのは、監獄棟の内部にある取調室の一つだった。
和真も、不本意ながら何度か利用することになった場所だった。
監獄棟は反乱に加わらなかったプリズントルーパーたちが制圧しており、あちこちに見張りに立っていたが、その中を、和真たちは堂々と進んでいった。
アピスに案内されているし、影雄はこのチータープリズンの運営を管理、監督する管理部の管理官で、そこに敵がいないと分かっていれば、堂々と行動しても何の問題もなかった。
和真だけは例外だった。
囚人(チーター)たちの暴動で激しい戦闘が起こり、多くの死傷者が出た後だったから、プリズンガードもプリズントルーパーたちもピリピリとしている。
そんな中を、囚人服の和真が堂々と歩いていたのでは、疑いを持たれる危険が大きかった。
こういった理由で、和真だけは、つけたくない手錠をつけなければならなかった。
「セシールとの約束の時間は、もうすぐです。……あの子は慎重な性格だから、小社管理官たちが部屋にいると分かると逃げてしまうでしょう。ですから、うまく隠れていてください」
「分かりました」「分かった」
アピスの指示に和真と影雄はうなずくと、取調室の中にダンボール箱を用意し、その中に隠れて、セシールがやってくるのを待つことにした。
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十数分ほどが経過した後、セシールがやって来た。
「あ、アピス、きゅ、急に、話って、何? わ、私の両親に何かあったみたいだって……」
「大丈夫、すぐに教えてあげるから。……でも、今の状況を考えれば、人目につくところはまずい。幸い取調室は今誰も使っていないから、さぁ、入って」
どうやらアピスは適当なウソをついてセシールを呼び出したようだったが、セシールは気が動転していて、普通なら一度は疑ってみるべき話なのに信じ切っている様子だった。
セシールはアピスにうながされるまま取調室の中へと入り、ダンボール箱の中に隠れている和真たちの存在にも気づかずに、のこのこと部屋の真ん中部分まで進んでいく。
セシールに続いて取調室の中へと入ったアピスは、そのまま奥には進まずに、部屋の唯一の出入り口である扉をふさぐような形で立った。
「そ、それで、アピス? 私の両親に、何があったの? 」
やや不自然な行動であるはずだったが、セシールはまだアピスを疑っていない。
どうやら、気が動転しているというだけではなく、人を信じやすい性格をしているようだった。
そんなセシールの様子に、アピスは少し呆れ、そしてかなり心配そうに、深々と溜息をつく。
「はぁ……。セシール、アンタ、昔っから変わらないわよね。いくら、幼馴染の友達だからって、少しは疑うべきよ」
「……ぇ? どういう意味? 」
セシールはまだ状況が分からないらしく首をかしげ、アピスの言葉の意図を問い返す。
そして、その言葉を合図にしたかのように、ダンボール箱の中から影雄が立ちあがってその姿を現した。
「こういうことだ、セシール」
和真もタイミングをずらしてしまったが、影雄に続いて慌ててダンボール箱の中から姿を現した。
「ひっ、ひぃいっ!!? 」
突然現れた、自身がまったく想定していなかった二人の人物の姿を見たセシールはまず、和真が哀(あわ)れに思うほど狼狽(ろうばい)し、悲鳴をあげた。
だが、それからセシールは、素早く魔法の杖をかまえ、魔法の呪文を唱えようとする。
和真は攻撃が来ると思って急いで横に逃げたが、セシールが魔法を放つことはなかった。
セシールの行動を予見していたアピスが鋭い声で魔法の呪文を唱え、セシールが持っていた魔法の杖を弾き飛ばしてしまったからだ。
セシールは急いで魔法の杖を取り戻すべく、壁にぶつかって床に転がったそれに飛びついたが、一瞬早く、アピスが魔法でセシールの魔法の杖を引き寄せ、奪い取ってしまった。
魔法の杖を奪われたセシールは手の平を和真たちへと向ける。
おそらく、彼女の持つチートスキルである[時間停止の氷]を使おうとしたのだろうが、しかし、何も起こらなかった。
「無駄よ。ここは取調室なんだから、チートスキルを使えないように作られているのよ。あなたも知っているはずでしょう? セシール」
アピスのその言葉を聞いて、「しまった」といった表情を浮かべたセシールは、他にないかないかを探し、そして何もないことを確認して、ひとまず取調室の机の影に隠れた。
「セシール。別に、我々はキミを取って食おうとか、傷つけようとか、そんなことは考えていない」
机の影に隠れながら、怯えたようにうなり声を漏(も)らしているセシールに、影雄は優しい声で問いかけた。
「我々が知りたいのは、ヤァスのことだ。奴が何を考え、何を望み、何をしているのか。囚人(チーター)たちに暴動を起こさせ、プリズントルーパーたちの反乱も引き起こしたのは、ヤァスだということはもう分かっているんだ。だが、我々はまだ、ヤァスの目的をつかんでいない。だからキミに、それを教えて欲しい。……奴を、止めるために」
「そ、そんなのっ! わたし、知りません! 」
セシールは、しかし、影雄の要求を叫ぶように拒否した。
そして、机の裏に隠れて、和真たちに背を向けてしまう。
その頑(かたく)なな様子に、影雄は肩をすくめ、アピスの方へ視線を向ける。
アピスは「ああいう子なんです。気が弱いのに、頑固なところもあって」と言いたそうな、呆れたような視線を影雄へと返した。
「恐がらなくていい。我々は、キミを助けたいんだ。だから、アピスも協力してくれたんだ」
影雄はセシールを説得してどうにか情報を引き出そうと、優しい声で語りかけながら一歩前に踏み出した。
シマリスから情報を聞き出した時は容赦ない拷問(ごうもん)をくわえたが、セシールはアピスの友人であり、シマリスの時ほど過酷なことは行わないつもりでいるようだ。
「キミは、ヤァスに無理やり従わされているんだろう? 何か弱みを握られて、脅されているだけなんだろう? キミが、アヴニールを[時間停止の氷]の中に閉じ込めたということはもう、知っている。だが、キミは望んでそうしたわけではないはずだ。ヤァスに無理やりやらされたことなんだろう? ……さぁ、教えてくれ。そうすれば、我々もキミのために協力すると約束する」
和真にとって、影雄のその言葉は決して悪くない条件だと思えた。
セシールが無理やりヤァスに従わざるを得ない状況に陥(おちい)っているのであれば、影雄の助けは嬉しいはずだ。
「ちっ、違います! 」
だが、セシールは絶叫した。
「わっ、わたしが! ぜ、ぜんぶ! わたしが! ……わたしが、自分でやったことなんです! 」
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