「糸口」

「よォ、アピス。いろいろ面倒をかけてすまない。……しかし、不機嫌な顔も美人だな」

「小社(こやしろ)管理官。そういうセリフ、エルフの女性全員に言ってるって、ウワサになってるんですよ? 」


 アピスの姿を見て笑みを浮かべ、冗談とも本気ともつかない言葉を口にした影雄に向かって、アピスは冷ややかな視線を送る。


 和真の判断基準で言うと、影雄は男性としてなかなか魅力的で、女性からすればそんな影雄から褒(ほ)められるのは嬉しいはずと思うのだが、どうにも世の中はそんなに単純にはできていないらしい。

 和真にはまだよく分からないことだった。


「それより、小社管理官。何が起こっているのか、説明してください」


 声は容易に届くが、手はすぐには届かない、そんな距離を和真たちとの間において立ち止まったアピスは、まず、影雄に向かってそう問いただした。


「今までは、あなたが管理官ということで、私には言えないこともあるのだろうと思って協力し、従ってきました。ですが、もうこれ以上は、何の説明もなしには従えません。囚人(チーター)たちの反乱は起こるし、首輪を装着しているのにチートスキルが当たり前のように使われるし、あげく、プリズントルーパーたちの約半数が反乱を起こして、プリズンシティでは戦闘の真っ最中。……何か知っているのなら、全部、教えていただけませんか? 」

「ダメだ」


 しかし、影雄は即座にアピスの要求を拒否する。


「何故ですっ!? 」


 そんな影雄を、アピスは感情をむき出しにして睨みつけ、いつも肌身離さずに持ち歩いている魔法の杖をかまえ、その先端を影雄へと向けた。


「真実を話してください! そうでなければ、私は、あなたがやろうとしていることを信じていいかどうか、分からないんです! そうでもしてもらわないと、あなたが私にウソをついて、いいように利用していないという保証は、何もないじゃないですか! 」


 和真はアピスのその言葉で、現在の混沌(こんとん)とした状況では、誰もが不安の中にいるのだということを理解した。

 和真はすでにヤァスによって自分が利用されていただけだということを理解しているが、アピスのような、監獄を運営する側にあって和真よりも多くの情報を知っているはずの人間でさえ、疑心暗鬼に陥(おちい)っている。


「前には反乱を起こしたプリズントルーパーたち! 後ろには、また反逆するかもしれない囚人(チーター)たち! こんな状況で、私一人で動くことさえ難しい! それなのに協力しているんですから、私には知る権利があるはずです! 」


 アピスのその言葉には、大きな説得力があるように思えた。

 そしてそれは、和真だけではなく、影雄も同じように感じたことだったのだろう。


「分かった。……まだすべてを話すことはできないが、かいつまんで、俺たちが何をしようとしているのかを話そう」


 影雄はそう言うと、アピスに、断片的ではあったが、影雄が把握している現在の状況について伝え始める。


 チータープリズンで立て続けに起こった騒乱、囚人(チーター)たちの暴動と、プリズントルーパーたちの反乱は、無関係ではないということ。

 この事件の裏では、まだ全容をはつかめてはいないものの、陰謀が進行中であり、それを阻止するために影雄たちが行動しているということ。

 そして、事件の元凶が、ヤァスという存在にあるということ。


「セシールが、問題解決の糸口になるかもしれないんだ」


 そして影雄は最後に、アピスにどうして協力してもらわなければならないのかについて、その重要性を強調した。


「セシールは、ヤァスに従わされている。脅(おど)されているのか、何か、弱みを握られているのか。……俺は、彼女からヤァスの目論見についての情報を得て、ヤァスの陰謀を阻止し、そして、セシールを、彼女を救いたいと考えている。……だから、アピス。キミの協力が必要なんだ」


 アピスは、話しを終えた影雄のことを、黙ったまま見つめ返していた。


 和真には、彼女の心情がなんとなくだが分かる。

 和真もまた、何を信じていいのか、何が正しくて何が間違っていて、自分はどうすればいいのか、少しも分からないような状況になったことがあるからだ。


 影雄の口調は、一切、ウソをついているような気配を感じられないものだった。

 和真がこれまでに知っている情報から見ても違和感のない内容であったし、この場で影雄がウソをつく理由も思い当たらない。


 だが、アピスには、影雄の言葉以上の情報は何もないはずだった。

 彼女にはこの場で、影雄を信じるか、信じないかという二つの選択肢しか存在せず、そしてそのどちらを選ぶかは、何の事前情報もなしに直感で決めるしかないのだ。


 アピスの沈黙はしばらく続いた。

 影雄の言葉を信じると決めるのは、決して容易なことではないはずだった。


 だが、最後には、アピスは影雄のことを信頼すると決めたようだった。


「分かりました。……小社管理官、あなたは軽薄(けいはく)かもしれませんが、ウソをつくような人ではないはずです」

「ありがとう、アピス」


 影雄はそう礼を言って、アピスにうなずいてみせる。


 アピスもうなずき返すと、それから、一瞬だけ和真の方にも視線を送り、すぐに影雄へと視線を戻して、手で進む方向を示した。


「こちらです。……セシールと連絡を取って、彼女を呼び出してあります」


 アピスはどうやら、影雄のことを信じてよいのかどうか迷いながらも、手筈(てはず)はきちんと整えてくれていたようだった。


 和真たちはアピスの案内で金網フェンスと鉄条網の間を駆け抜け、そして、一度は脱出したはずのチータープリズンの内部へ、再び侵入を果たした。

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