「裏の裏」
正直に言うと、和真は、自身がチータープリズンに戻ることがイヤだった。
どんな陰謀が蠢(うごめ)いているかも分からない渦中に、自分から進んで踏み込んでいくなんて、怖くてたまらない。
だが、和真には影雄につき従うという選択肢以外は存在しなかった。
ここでイヤだと言って残ったとしても、結局は何の問題解決にもつながらないし、今いる数少ない味方さえ失ってしまうことになるかもしれない。
何より、和真はもう、自分の運命を他人に委ねるようなことをしたくはなかった。
自分は、ただでさえヤァスの都合のいいように利用され、振り回されている。
冷たい監獄に収監(しゅうかん)され、看守たちに過酷な扱いを受け、ヤァスがシマリスを使ってそそのかした囚人(チーター)たちからは追い回された。
そして、ここで影雄と共にチータープリズンへと向かうことは、和真を都合のいいように利用してきたヤァスに、うまくいけば反撃できることにもなる。
それは、和真にとって歓迎するべきことだった。
方針が定まれば、あとは、できるだけ早く行動するべきだった。
ヤァスの影響下に置かれているプリズントルーパーたちによるプリズンシティのローラー作戦はすでに開始されており、のんびりしていていは、この隠れ家を発見されてしまうかもしれない。
和真たちは、それぞれに与えられた役割を果たすため、すぐに動き始めた。
影雄と和真は、チータープリズンへの潜入と、その後の活動に必要そうな道具などを整え、持ち運びのしやすいように背負い式のリュックや、身体に身に着けるベルトなどにまとめて装備し、出発する準備を整えた。
部屋に残るオルソはピエトロと共にパソコンなどを使って情報収集と影雄と和真やシュタルクへの支援を行い、千代は周囲の警戒や、まだ意識の朦朧(もうろう)としている長野の看病をすることになった。
そして、プリズントルーパーたちの中に突入するという、危険な囮の役割を引き受けたシュタルクは、自身の装甲服を整備して装備しなおし、戦いに向けての準備を整えた。
セーフハウスには、驚いたことに拳銃などの小型の銃なら用意されており、影雄は自身のホルスターに使いやすい自動式の拳銃を装備しながら、シュタルクにも使うかどうかをたずねたのだが、シュタルクは「いらない」と首を左右に振った。
「今、私はとてもムシャクシャしているけど、別に、誰かを殺したいわけではないもの」
そうして、すべての準備を整えると、和真たちはセーフハウスを後にした。
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和真と影雄は、チータープリズンからセーフハウスへと移動を行った経路をそのまま逆にたどって、チータープリズンへと戻る方法をとった。
来るときにそのまま使えたからといって、帰りもまた使えるという考えは安易なものかもしれなかった。
だが、プリズンガード内乱全体が現在騒乱状態にあり、チータープリズンでカルケル派のプリズントルーパーたちと、おそらくはヤァスの影響下に置かれている反乱したプリズントルーパーたちとの間で対峙が続いている状況では、まだ十分な警戒態勢が準備されていないだろうと思われた。
そして、その予想は当たっていた。
ピエトロの手を借りながら、不器用な鉤爪(かぎづめ)を持つ手でパソコンを操作し、チータープリズンのシステムにハッキングを行ったオルソからの支援もあり、監視カメラなどが動作していなかったこともあるが、本来の状態であれば警戒の任務に就いているはずのプリズンガードやプリズントルーパーたちの姿もなく、和真たちのチータープリズンへの再潜入は順調に進んでいった。
それに、シュタルクの囮も効果をあげているようだった。
プリズンシティの方から、轟音(ごうおん)と、数えきれない銃声が聞こえてくる。
ローラー作戦を展開するプリズントルーパーたちとシュタルクが接触し、戦いに入った音だった。
シュタルクは、そのチートスキルが強力であるというだけではなく、自分自身も十分な鍛錬を積み、戦いのための力を身に着けている。
彼女がその出身地である異世界でどんな暮らしをし、どうしてそんなふうに戦い方を身に着けているのか、和真には分からないことだったが、とにかく、味方になってくれていると頼もしく思える。
シュタルクが敵の目を逸(そ)らしている間に地下から海へと抜け、海岸線を進んだ和真と影雄は、チータープリズンから脱出するのに使った排水管へと再び侵入していた。
ただ、そのまま、チータープリズンの地下室へと入る予定ではなかった。
チータープリズンの監獄棟はヤァスの息がかかっているプリズントルーパーたちによって制圧されてしまっており、排水管がつながっているその地下も、プリズントルーパーたちによって占領されているはずだったからだ。
排水管の出口付近を誰も警戒していなかったということは、敵にはまだその排水管から和真たちが脱出したことなどは気づかれていないと思えたが、和真たちが脱出したということを知らないまま、プリズントルーパーたちが地下牢(ちかろう)を捜索(そうさく)し続けている可能性も考えられる。
そんな場世にわざわざ向かうような危険は冒せなかった。
和真たちの目的地は、排水管の途中にあった。
排水管にはメンテナンス用にいくつかハッチが作られており、そこから、チータープリズンの監獄棟の近くへと出ることができるのだ。
そこは、監獄棟の外側、その中に収監(しゅうかん)されていた和真からすれば、高い塀(へい)の外になっていて、目にすることのなかった場所だった。
囚人(チーター)たちの脱走を阻止するために何重にも作られている金網フェンスと鉄条網の囲いの中で、普段であれば、軍用犬を連れたプリズントルーパーたちが、脱走者や侵入者がいないかを見張るために周回している経路になっているところだ。
だが、プリズンアイランド全体で進行している騒乱に対処するためか、そこは今、誰の目にも注目されていない死角になっているようだった。
チータープリズンはプリズンアイランドの中でも比較的高所に建てられていたから、プリズンシティでシュタルクが暴れている様子がよく見えた。
熱エネルギーを自在にあやつるチートスキル持つシュタルクは、ローラー作戦に参加しているプリズントルーパーたちの車両を焼き払うなどして、敵を混乱させているようだった。
「ずいぶん、派手にやっている。……おかげで、ヤァスも対応に手いっぱいで、我々の動きには気づいていないだろう」
影雄はその光景を目にしながら、ニヤリと不敵な笑みを浮かべる。
和真には、どうして影雄にはそんなに自信がありそうなのか、少しも理解することができなかった。
そこへ、誰かが近づいてくる足音が聞こえてくる。
一人のようだった。
その音を知覚した瞬間、影雄はホルスターから銃を素早く抜いてかまえ、銃口を音のした方へと向け、その姿を見てようやく危険が迫っているかもしれないと理解した和真も自分なりのかまえをとる。
しかし、影雄はすぐに銃口を下におろし、和真もひとまずほっとして胸をなでおろした。
「小社(こやしろ)管理官。お迎えにあがりました」
その足音の主は、憮然(ぶぜん)とした表情を浮かべているアピスだったからだ。
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