「ローラー作戦」:1

 和真たちは二人ずつ三つの組に分かれて、交代で休息をとることにした。

 常に一つの組が見張りについていて、何か異常があれば他の二つの組に調べることになっている。


 最初の見張りはオルソと千代の二人が担当し、影雄とピエトロ、和真とシュタルクの組は休みを取った。


 チータープリズンでの騒乱は朝から起こっており、それ以来まともな食事をとっていなかった和真はまず、部屋に備蓄されていた食糧で食事をとった。

 それはレトルト食品や缶詰などの保存食だったが、影雄が和真と同じ日本出身ということもあって日本で売られている製品が多く、和真にとっては嬉しく、懐かしい気持ちになるものばかりだった。


 空腹が満たされた後、和真は床に敷かれたマットの上で横になり、毛布にくるまって少しでも睡眠をとろうとしたが、なかなか寝つくことはできなかった。

 今は囚人(チーター)たちの攻撃から逃げ回ったり、チータープリズンから脱出したりした後で疲れていたし、満腹になればすぐに睡魔が襲ってきて眠りに落ちると思っていたのだが、今の和真には気になることが多すぎた。


 ヤァスの目論見と、そのチートスキルの正体。

 自分がチータープリズンに収監(しゅうかん)されるきっかけとなったという、[惨劇]

とは何なのか、本当に起こり得るものなのか。

 そして、囚人(チーター)たちの反乱に代わって起こっているという、プリズントルーパーたちの反乱。


 ヤァスの陰謀は和真が思っていたよりも遥かに広範囲に、深く浸透しており、その目的が阻止しなければならないことだと分かっているにもかかわらず、和真にはなす術がない。


 チータープリズンに収監(しゅうかん)される前の和真は、自分にもチートスキルが目覚めれば、それですべてが変わるのだろうと考え、チーターたちを羨(うらや)ましいと思っていた。

 そして、実際にチートスキルに目覚めることになった時、和真は有頂天(うちょうてん)だった。


 自分こそが主人公。

 世界は、自分を中心に回っている。


 和真はそんなふうに思っていたが、しかし、そんな考えはあっさりと壊されてしまった。


 すべてはヤァスの思惑通りに進んでいて、和真はその中で、何とか生き延びて、無事に日本へと帰り、あの、退屈でしかたのなかった日常に帰る方法を模索(もさく)している。


(こんなはずじゃ、なかったのになァ)


 和真は、つい数週間前までの自分が抱いていた、安直で子供っぽい想像を自覚しながら、これから自分がどうなっていくのかを考えてみた。


 今の和真には、暗い未来しか想像することができなかった。


────────────────────────────────────────


「和真くん。起きてください」


 和真がようやくまどろみ始めた時、和真のことを千代が揺り起こした。


「んぁ? なに、お姉ちゃん? もう、交代? 」


 和真が寝ぼけながらそう言うと、千代ははにかんだような笑みを浮かべる。


「あの、和真くん、寝ぼけてますね? 」

「……へっ? ぅ、ぅわぁっ!? 」


 やがて自分が何を言ったのかに気がついた和真は、恥ずかしくなって、毛布をかぶって丸くなった。

 全身が、カーッ、と熱くなっていくのを感じる。


(お、俺には、姉ちゃんなんていないのにっ! )


 和真は一人っ子だったはずなのだが。

 どうやら、無意識のうちに(こんなお姉ちゃんがいたら)などと考えていたらしかった。


「まったく、しかたのない和真くんですね」


 千代は、和真の間違いを怒ったりはしていないようだった。

 まんざらでもないと思ったのか、あるいは、聞き流すだけの度量があるのか。

 毛布に丸まっている和真のことを、少し機嫌良さそうな様子でツンツンと人差し指で突っつく。


「でも、起きてください。問題発生なんです」


 恥ずかしさで今すぐこの場所から消えてしまいたかった和真だったが、千代のその言葉で、まどろみの間にすっかり忘れていた現在の状況を思い出した。


「何があったんですか? 」

「どうやら、反乱に加わっているプリズントルーパーたちが動き出したみたいなんです。プリズンシティにかなりの数のプリズントルーパーたちが向かってきています」


 毛布から顔を出した和真に、千代はそう教えてくれた。


 反乱を起こしているプリズントルーパーといえば、ヤァスの意向を受けて動いているはずの部隊であるはずだった。

 そして、ヤァスが自身に従うプリズントルーパーたちを動かしたとなると、その狙いは、ヤァスの目論見を阻止するために動いている和真たちである可能性が高かった。


 ヤァスは和真をエサにして囚人(チーター)たちに暴動を起こさせたのだが、その和真が、手中に収めていたはずの長野や、洗脳して支配下に置いていたはずのシュタルクと共に姿を消した。

 そして、逃げ出した和真たちの姿がチータープリズンにない以上、残る捜索(そうさく)場所はプリズンシティしかないと判断したのだろう。


 和真が起き出していって、全員で情報交換を行った部屋へと入ると、そこにはすでに和真と千代以外の全員が集まっていた。

 影雄はノートパソコンを操作して情報収集を行い、オルソは宝玉を使ってアピスと連絡を取っている最中、ピエトロは閉めきられたカーテンの隙間から外の様子をうかがい、シュタルクは壁に背中をあずけながら、静かに精神統一をしているようだった。


「敵は約一個大隊、装甲車に分乗してプリズンシティの端に展開。……これは、ローラー作戦でもしかけてくるつもりらしいな」


 緊張した雰囲気に和真が固唾(かたず)を飲んでいると、ひとまず一通りの情報を得られたらしい影雄がそう言い、それから、ノートパソコンの画面から視線をあげ、その場にいる全員に声をかける。


「状況を整理しよう。みんな、集合してくれ」

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