「説得」
〈現状を打開する? ……小社(こやしろ)管理官、いったい、どういうことですか? 〉
「話すと少し長くなる。……ところで、アピス。キミはヤァスという名前に聞き覚えは? 」
〈は? あの嘘くさい笑みをいつも浮かべている、気味の悪いチーターですか? 〉
影雄にヤァスという名前を気かされたアピスは、露骨(ろこつ)にイヤそうな顔をする。
以前、和真にチーターについて語った時もそうだったが、アピスはとにかくチーターという存在が嫌いな様子だった。
「そう、その、ヤァスだ。……我々の調査では、今回の騒動、そのヤァスが裏で糸を引いている」
〈はァ? いったい、どういうことですか? そもそも、ヤァスは管理部のオブザーバーとして、監獄のために働いていたはずでは? 〉
「ああ、そうだ。……だが、どうやら、その立場を利用して、何かをしようとしているんだ」
影雄の言葉に、アピスはしかめっ面を作る。
アピスにとって影雄の話はあまりにも突拍子(とっぴょうし)もないことで、とても信じるつもりにはなれなかったのだろう。
だが、話を聞くつもりはあるようだった。
〈小社(こやしろ)管理官。私にやらせたいことと言うのは、そのヤァスに関連することなのですか? 〉
「そうだ。奴についての情報がいる。……そして、その情報を、キミの知り合いが持っているかもしれないんだ」
〈私の知り合い、ですか? 〉
「そうだ。……セシールという名前に、聞き覚えは? 」
セシールという名前を聞いた瞬間、アピスはその表情を曇らせる。
それから、悲しそうな声で、影雄の問いかけを肯定してみせる。
〈はい。よく、知っています。……故郷が同じで、幼馴染みたいなものでしたから〉
「そのセシールが、ヤァスに関係しているんだ。だから、知り合いのキミがうまいこと彼女をおびき出して、我々が彼女と直接、話をできるようにして欲しいんだ」
〈……。小社(こやしろ)管理官のお話は、分かりました。ですが、難しいと思います〉
アピスは影雄の言葉を頭から疑っているわけでは無いようだったが、その返答は歯切れの悪いものだった。
「どうして? 」
〈セシールとは、もう何か月もロクに話をできていないんです。なんだか、避けられているような感じで。嫌われるようなことをした覚えは、ないんですけれど〉
自身の問いかけへのアピスからの返答に、影雄は「ふむ」と呟き、興味深そうな顔をする。
「アピス。セシールが、キミを避けるようになったというのは、半年くらい前からじゃなかったのか? 」
〈えっ? そ、そうです。おっしゃる通りです。ですが、小社(こやしろ)管理官、どうして分かったんです?〉
「これまでの調査のおかげさ」
驚いたアピスの表情を見てニヤリと不敵な笑みを浮かべた影雄は、一度息を整え、それから彼女を説得しにかかる。
「いいか、アピス。セシールがキミを避けるようになったのは、キミのせいではない。ヤァスが、自分の目論見のために彼女を巻き込んだからだ」
〈巻き込んだって、何にです? 〉
「それを今、調べている。直接、セシールに問いただしたいんだ。それでヤァスが何を企んでいるのかが分かれば、現在の状況を打開する突破口になるかもしれないし、セシールも元に戻れるかもしれない」
影雄の言葉に、アピスは魅力を感じているようだった。
真剣な様子で悩みこんだ彼女は、やがて、すべての疑念や不安を消し去ることができたわけではないものの、何かを決意したような表情を浮かべる。
〈小社(こやしろ)管理官。ひとつ、お願いしても? 〉
「聞こう」
〈もし、セシールが今回の騒乱に、何らかの理由で関わっていたとしても、その罪を免除していただけないでしょうか? 減刑していただけるだけでも、けっこうです〉
そのアピスからの要求に、影雄は少し意外そうな顔をし、それから微笑んで見せる。
「分かった。俺とオルソの権限が及ぶ範囲で、できるだけの努力はさせてもらおう。だが、できるのはその約束だけだ。結果は確約できない」
〈十分です〉
どうやら、アピスは協力してくれるようだった。
真剣な顔をしている彼女に向かって、影雄は少しからかうような口調で言う。
「しかし、キミも友達想いな女性だな。協力の見返りが、友達の減刑だなんて」
〈あの子は、元々、内気で気の弱い性格なんです。自分からこんなことに関わるようなことは、絶対にしないコです〉
アピスは影雄にからかわれていることは分かっている様子だったが、それを無視して、はっきりとした口調で言う。
ここ数か月の間疎遠になっていたということだったが、アピスはセシールのことを信用しているようだった。
〈では、私の方から、セシールを何とか呼び出してみます。うまくいったら、小社(こやしろ)管理官に連絡させていただきます〉
「ああ。それでいい。よろしく頼む」
〈善処(ぜんしょ)します。……ところで、このこと、カルケル獄長にも伝えてよろしいのでしょうか? 〉
「いや、それは待ってくれ。カルケル獄長のことだから、調査などという寄り道をせずにヤァスを捕らえに動くかもしれん。プリズントルーパーたちの反乱は、おそらくヤァスが周到に仕組んだもので、反乱したプリズントルーパーたちはヤァスの指揮下にあるはずだ。そこへカルケル獄長が乗り込んで行ったら、戦争になる。……できれば、同僚たちを救ってやりたい。そうするのは、いよいよ追い詰められてからだ」
〈分かりました。……では、準備ができましたら、こちらから連絡します〉
アピスは最後にうなずくと、短く呪文を唱えた。
すると、宝玉の光が消え、宝玉は元に戻った。
「やれやれ、協力してくれて助かった」
アピスの説得がうまくいって、影雄は安心したようにソファに深く腰かける。
和真も、ほっとしたような気持だった。
ヤァスに対抗するための方針が見えてきたからだ。
「さて、あとは、アピスさんからの連絡を待つだけだね」
それから、そう言って立ち上がったのはオルソだった。
「部屋は十分な広さがあるし、ベッドもマットも、毛布もある。次の行動まで、交代で休むことにしよう。これからまた大変だから」
そのオルソの提案に、反対する者は誰もいなかった。
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